第83話 言葉

同い年でイベント会社社長の祥子さん


軽い認知症の母親と同居しており、昼はデイサービスのお世話になっていた


夜は寝室に布団を並べて寝るのだが


祥子さんが夜中、トイレに起きた際に母親も起きてくる時があるらしい


トイレから出ると真っ暗な通路に立っていて「わあっ?!」と驚かされたことが何度もあったため


「おかぁ、わたしに続いてトイレに起きる時は合図するか声掛けて?ホントびっくりするから」


「あっ、ごめんねぇ」


それ以来、自分に続いて母親が起きる際には「パンパンパン」と体の側面を叩いて音を発してくれるようになった


それで「あ、母さん起きたのね」と祥子さんが気づき


更に「いるよー」と小声で教えてくれるので、びっくりすることはなくなったそうだ


ある日、祥子さんが夜中ふと目覚めると、隣の母親が半身を起こして正面をじっと向いているので


「どうしたの?」と声を掛けると


「ん?なに?」と寝ぼけていたようだ


母親はまた布団に入り、そのまま寝てしまったので


起きたついでに、と祥子さんはトイレに立った


トイレに入りドアを半開きにしていると「パン、パン、パン」体を叩く音が聞こえる


あ、結局母さん起きたのね、とトイレを流し、出ようとすると


通路から「いるよー」と小声が聞こえる


トイレの電気をそのままにして「付けとくからねー」と声を掛け、通路を歩く


「あれ?おかぁ?空いたよトイレ」


そう言いながら真っ暗の中、バスルームやダイニングを見るのだが


母親の立っている気配がない


「おかぁ?どこ?」


結局、母親とすれ違わぬまま寝室まで戻ってきた


えっ?と思いながら寝室を開け、中に入ると


母親は先程、ねぼけて寝入ったそのままの格好で布団を被っている


「おかぁ?・・・おかぁ?」


小声で声を掛けるが、軽い寝息が聞こえるだけで反応しない


えっ?

じゃあさっきのは何??


私の勘違い?

そんなはずないんだけど・・・


隣の母親を見ながら、釈然とせず布団に潜り込む


どのくらい眠っただろうか


「しょうちゃん?ちょっと?しょうちゃん?」


母親の呼ぶ声で目を覚ました

朝6時だ


「しょうちゃん大変!泥棒が入ったよぉ!」


いきなりそんな事を言われ、なになになに?と寝室を出て、母親の指差すリビングのテーブルを見ると


綺麗にまとめてあった書類や本、ペンなどが床に散乱している


「ちょっとおかぁ!何したのよ!」


「私じゃないわよぉ、朝起きたらこうなってたのよぉ」


いや・・・母親には調子の良い時と悪い時があって、自分のしたことが全く記憶にない事があるのだ


「分かった、もういい」


床を片付けながら祥子さんは、朝方のトイレもテーブルの散乱も結局、母さんの仕業なんだろうと、仕方のないことではあるが、とても悲しくなった



今年9月。

散歩中の転倒が原因で母親は亡くなった。


祥「なんかさぁ・・・母さんが悪い訳じゃないのに、認知症のせいなのに、厳しいこと言ったり辛く当たったり。人としてダメだったわ〜わたし」


俺「いやそれは仕方ないやんか。施設入れんと一緒に暮らして、良くお世話してあげてたやんか」


「母さん、死んでからもトイレに付いてくるの。これほんとよ?パン、パンって音が聞こえるの。その後に『ふふっ』」て笑うの。でもなんていうのかな、私を思ってじゃない」


「穏やかやないね、どうしてそんな風に思うわけ?」


「ん〜正直、母さんがおかぁ(コザクラインコ)を逃がしちゃた時からイライラしてたの。だから神様に『もう私を楽にしてください』ってお願いしたこともあるの。だからかな?」

https://kakuyomu.jp/works/16816927860625905616/episodes/16817330654852216360


そんな話をしたのが、葬儀が終わって10日後くらいの頃だ


それから更に2週ほど経った10月の終わり頃、祥子さんから飲みに誘われた


祥「あのね。トムやんがね。喋るの」


トムやんとは、おかぁの次に飼い始めたコザクラインコだ


「なんか言葉教えてたん?」


「違うの。コザクラインコは言葉を覚えるのが苦手らしくて。だから一切、教えてなかったの」


「どういうこと?」


「母さんが死んでから、ふと気付いたら喋ってたの。最初は分からなかったの言葉だって。これ聞いて?」


祥子さんはスマホで撮った動画を見せてくれた


ブルーのコザクラインコのトムやんが、ケージ内でぴょんぴょん忙しなく動いている


そして時折りキュルキュル鳴くのだが


「ほら、今のよ。ほらまた。ね?」


言われて分かった

少なからず身震いした


キュルキュル鳴く合間合間にトムやんが


「イルヨ ショウチャン イル」


母親の言葉を覚えていた

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