第76話 その男

23時過ぎ。


道路脇に停まっているタクシーの窓をコツコツと叩く


ジーッと俺を見る運転手


再度コツコツ、ドアを叩く


後部ドアが開く


乗り込むと、行き先を告げる前に運転手が話しかけてきた


「あの!」


「はい?」


「いえ、あの・・・いま少し、お話しても宜しいですか?」


「あ、良いですよ?」


「いま30代くらいのセミロングの女性と擦れ違いませんでした?」


「女性?・・・いや?」


「そうですか・・・あっすみません、どちらまで?」


「あ、◯◯の交差点まで。何かあったんですか?」


タクシーは発進する


「あ、すみません今、お客様お一人ですよ・・・ね、すみません」


「はい?笑」


「あっ、あの〜、すみません、お客様の前に乗って戴いた女性なんですが、その〜、なんて言うかその〜、ずっと興奮してらっしゃるというのか・・・『いやん』とか『だめぇ』とか」


「え?笑 それは、誰かと電話してるとかではなくて?」


「はい、私もイヤホンつけてイチャついてるのかなーって思ってたんですが、なんだか違うみたいで」


「どういうこと?運転手さんを誘ってたの?」


「いえいえ違います。『いやん・・・ううん・・・だ〜め。だめよぉ〜・・・うふぅ〜ん・・・やん・・・』ず〜っと小声でぶつぶつ言ってるんですよ」


「え〜っなにそれ笑」


「バックミラー見るじゃないですか。女性は私の後ろ、右奥に座ってらっしゃったのですが、たまに左向いてとろんとした目を向けてるし・・・」


「えっ?一人で乗ってたんでしょ?」


「はい、で、思い切って『大丈夫ですか?』ってお伺いしたのですよ。そうしたら『むふっ』とか『うふふっ』とか、笑うだけで」


「その人、行き先は告げたんですよね?」


「あ、お客様に乗っていただいた先ほどの場所です。で、降りしなに『また会える?』って仰ったから『えっ?』て聞き返したら『違う違う』って」


「なにそれヤバい人?笑」


「気味悪いからお金受け取って、まあ、降りていただいたのですが・・・」


そこまで言って運転手はブルッと身震いさせる


「どうしたんすか笑」


「ドア閉めて行こうとしたら『どうかなぁ・・・』って聞こえて」


「え?」


「小声ですけどはっきり聞こえたんですよ後ろから、男の声が!」


俺は反射的に右手を見る


「その直後にお客様がドアを叩かれたのです」


ほんまかいな?

怖いわ!


「運転手さん」


「はい?」


「もし私がこのあと、悶え始めたら・・・」


「はっ?」


「その男、テクニシャンです。」

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