第69話 スィートホーム
「お前、怖い話とか不思議な話、好きだよな?」
同い年で親友のJ社長が、飲みながら聞かせてくれた話。
先日、取引先の25歳の青年が海で溺れて亡くなったらしいのだが、どうやら自殺ではないかと言われているそうだ
休憩時間や仕事終わりに、近くの浜辺で膝を抱えてボーっと海を眺めている姿を、同僚がよく見かけたという
ただ、仕事で悩みがあったとか揉め事があったとかでは無いらしい
J「なあT。異界とか、異世界とか。あると思うか?」
「ん〜あるかも知れんけど・・・なんで?その青年に関係あるの?」
彼はここ半年、夜眠りに付くと、ほぼ毎日と言っていいほど同じ夢を見ていたそうだ
夢のスタートは、夕食の準備が進むキッチンテーブル
彼の正面には8歳と6歳くらいの女の子が座っている
キッチンから女性が、料理を乗せた大皿を持ってくる
それをテーブルに置きながら「はい!お父さんも、ミナとユナも。先に食べ始めて良いよ」
そう言ってまた、女性がキッチンに戻ろうとする背中に
「おかあさんがくるまでまってるー」年下の女の子が言う
「ありがとー」微笑みながらキッチンに戻る女性の後ろ姿を見ながら
ああ、なんて幸せな家庭・・・
そして、とても懐かしい空間・・・
想いが溢れた彼は思わず
「いつもありがとう、◯◯」
彼女の名を呼ぼうとして、名前を知らないことに気付く
いやいや、こんなに愛おしい彼女の名前を忘れるわけがない
ミナ、ユナ。
可愛い娘たち・・・ん?
どちらがミナで、どちらがユナなのか・・・
思い出せない・・・
なんでだ?
俺は一体どうしたんだ??
・・・と、かならずそこで目を覚ます
妻と2人の娘の顔が、くっきりと脳裏に焼き付いている
だが、彼は、1度も結婚したことがない
当然、娘もいない
しかし、とても懐かしく、とても愛おしい家族であることは間違いない
胸が張り裂けそうに苦しい
3人に会いたい・・・
彼は心療内科の治療を受けたが、「そうありたいと願う自身の将来像」を見たのだ、と診断されたという
いや。
それは違う。
あれは自分の、本当の自分の、本当の家族なんだ
そんなふうに思えてならないのです・・・
そう、職場の先輩に苦しい胸の内を吐露していたという
そして彼は、海を眺めるようになった
広い海原を眺めながら、3人の元に帰る方法を、日々思案していたのだろうか
俺「この世界で自分を終わらせれば向こうの世界に戻れるとでも思ったんか・・・。相当病んでたんやな、可哀想に」
J「普通そう思うよな?」
「違うのか?」
「その会社の部長さんから聞いたから、嘘ではないと思う。彼の部屋に10通ほど、手紙が置いてあったそうだ」
「遺書か?」
「いや。全て同じ文面で『おとうさん はやくかえってきて』明らかに子どもの字で書いてあったらしい」
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