第61話 真相は闇

2022年3月


とあるアパートに住む母親(33)と娘(5)が失踪した


2人は出掛けた痕跡はあるが、コンビニでその姿が映されたあと、足取りは途絶えてしまった


2023年3月。


火曜日の18時半、国道58号線沿いにある居酒屋に、常連客のJ社長は立ち寄った


40代前半の若夫婦が切り盛りしているのだが、創作沖縄料理が美味いので、知る人ぞ知る人気店だ


キャパは30人

予約しなければなかなか入れない


夫婦とも穏やかな人柄で仲が良く、喧嘩もしないし些細な言い合いもついぞ見たことがない


ところがこの日は二人とも、何やらトーンが低い


ニコリともしない


すでに座敷やテーブルには10名ほどの先客が居たが、顔見知りばかりで面倒な客がいるわけでもない


J社長は夫婦の間に、不穏な空気が流れているような気がした


微妙なレベルの、ぎこちなさ。


J社長の座るカウンターの、背後の座敷で背を向けて飲んでいた顔見知りの事務の女の子に声を掛ける


「へんなこと聞くけどさ・・・あの2人、なんかあったの?」


「あ〜やっぱりそう思います?私6時から来てますけど、ずっとあんな感じで」


「喧嘩したのかな・・・」


「さぁ〜多分皆んな、変だなっておもってるけど気付かないフリしてます」


そうか、俺だけじゃなかったか。


いつもは注文を聞いたり料理を持ってきてくれる奥さんにも気さくに話しかけるのだが


今夜はどうも躊躇してしまう


ほどなくして、これまた常連の、近所に住むという40代のKという男性が一人でやってきた


J社長はこのKがどうも気に喰わない


イケメンで高身長だからではない、目が合えば挨拶をする程度の間柄だが


"何故かこの男は生理的に無理・・・"そう感じるのだ


Kは、J社長から数席離れたカウンターで飲んでいたが


いまいち調子が出ないのか、はたまた自分たちのように夫婦の異常を察知して居心地が悪いのか


普段なら1時間は飲んでいるイメージのあるKだが


この日は30分もしないうちに「俺、そろそろ帰るから勘定して」と店主に言う


それこそいつものノリなら、夫婦そろって「早すぎるよ~まだ飲みましょう~」と引き留めているのだろうが


今日はそれもない。

明らかにおかしい。


「じゃ、また」そう言ってKは店を出ていった


後ろ姿を見送っていた店主が、意を決したようにKを追いかけて店を出ていく


なんだ?

どうした?


数分後、店主は、青ざめた様子のKを連れて戻ってきた


店主はコップに入れた水をKに差し出す


Kはそれを一気に飲み干し、有難うと手を振ると、再びふらふらと店を出ていった


翌日。


2日連続で店を訪れたJ社長は、昨晩は何かあったのか、と店主に聞いてみた


「お話しても、信じてもらえないと思います」


「どういうこと?」


「あ、でもJさんなら大丈夫かもしれない・・・」


店が一段落したタイミングで、店主はJの隣に座り、話しはじめた


昨晩。


「じゃ、また」と出ていったKを追いかけて店を出た店主は、国道に向かっていたKを呼び止めた


「Kさん!今日は本当に、すみません・・・」そう言って深々と頭を下げる


「ん?どうしたよ?」


「あの・・・ちょっと、良いですか?ここじゃ暗いし」


「あ、おぉ。」


店主は、少し離れた街灯の近くまでKを促し、歩いていく


怪訝な表情のK


街灯の下まできた店主は立ち止まり、深刻な顔でKを見る


「なになに?どうしたよ?」


店主は辺りをキョロキョロ見回したあと、口を開く


「・・・お気付きになりませんでしたか?」


「は?なにを?」


「さっきまでの店内・・・」


「え?それは、言っていいの?」


無言でうなづく店主


「え・・・あれだろ?お前さんと奥さん、何か揉めてたってことなんだろ?」


ふう、と溜め息をつく店主


「違います、入口すぐの2名席のことです」


「えっ?」


入口左手に、2名用のテーブル席がある


あるが、この日はすっと空いたままだった


「え・・・誰も居なかったよな?」


「Kさん何も、感じませんでしたか?」


「なに?なにを?誰も居なかったじゃない?」


「・・・」


それじゃダメなんだという風に首を振る店主


「ちょっとマジ、なんなの?」


昨晩Kは18時40分ごろ店に訪れたが、18時前に一度、来店する旨を電話で伝えていた


Kからの電話のあと、何気に包丁を手に取った店主が


不意に背中をバンバン!と叩かれて振り向くと


奥さんが引き攣った顔で見つめている


いや、恐怖に歪んでいる


奥さんは無言のまま、入口を指差して震えている


指差された方向を見た店主は、手に持った包丁を落としかけた


「いつの間にか2名テーブルに親子が座ってるんです」


「え?親子って?」


「それが2人とも濡れているのか、髪がぴったりと顔に付いていて・・・絶対この世の者じゃないと思ったから、恐ろしくて動けなかったのです」


「・・・・・・」


「前にKさん、ご近所で失踪した母子の話されたの憶えてらっしゃいます?失踪当時の服装とか、事細かに聞かせてくださいましたよね」


Kの顔がハッとする


「それ、思い出したのです。座っている親子、Kさんの仰ってた格好と同じだったのです。私ら2人、動けず立ち尽くしていたら、常連さんが入って来られて・・・だけど全く、親子に気付いていないのです」


Kは口を半開きにして、明らかに動揺している


「親子はただ俯いて向かい合わせでテーブルに座ったままで・・・お客さんもいるし、恐怖でしたが、いつも通りに営業をはじめたのです。そうして30分ほど経ったころに・・・」


店主はKを見つめて黙る


「俺がきた・・・」


「はい。それまで微動だにしなかった母子が、Kさんが入ってきたとたん、Kさんを見上げたのです」


「・・・?!」


「Kさんが席についてからもずっと、親子は首を曲げてKさんを見たままで・・・私らはそれに気付かない振りをして、いつも通りに料理作って・・・」


「ちょ、ちょっと待って・・・今は?いま店の中は?」


「それが、Kさんが店を出たと同時に2人が消えたのです、掻き消されたように。まるでKさんを追いかけていったみたいに。・・・だから、呼び止めたのです」


「ちょ、ちょっと・・・水・・・水飲みたい・・・」


「とりあえず店に戻ってください」


男性は店に戻り


店主から渡されたコップの水を飲み干したあと、ふらふらっと店を出ていった



「・・・それってどういうことなんだろうか」J社長は独り言のように呟く


「事件のこと調べたのです。昨日はなんと、一年前に親子が居なくなった、その日でした」


「その失踪事件は未だ解決してないの?」


「はい。ですが昨日Kさんの様子を見ていて思いました。Kさん、失踪に絡んでるんじゃないのかな」


そしてKはそれ以来、店に来なくなった


いや、その日から忽然と姿を消してしまったらしい。



「どう思う、T。まるでお前のサトウキビの話の前日譚みたいだろ?」


「あれは2020年だからもっと前だけどな・・・それ、いつの話?」


「3月20日」


まさに前日か・・・

まあ、たまたまだろうけどな。

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