第49話 こども110番の車
「こども110番の車」というステッカーを昨年4月から、ウチのメンバーが業務上運転する車、全てに貼らせている(もちろん俺も)
それまでは「安全運転宣言車」というシールを貼らせていたのだが
なお一層、安全運転に心掛け、かつ地域活動も兼ねる、という意味合いで変更した
ステッカーには 「こまったときは こえをかけてね」 という言葉が入っている
配った当初は「本当に声を掛けられたらどうするんです?」という声もあったが
概ね「見回り隊」的な使命感が芽生えてきたようだ
貼らせてから半年が過ぎた頃、皆に効果を聞いてみたが
本当に声を掛けてきた子供は皆無だった
まあ、そんなものだろう
ただ一人、坂下くん(29)だけは
「もしかしたらあれ、何かのサインだったのかも知れません」
そんな話を聞かせてくれた
とあるショッピングモールで買い物をすませ、隣接する立駐の5Fに停めていた車に近づくと
小学生と思われる女の子が、坂下くんの車をじーっと見ている
近づいて声を掛けようとした時、遠くから男性の声で「○○!」と呼ぶ声がして
その娘は我に返ったように、慌てて呼ばれた方へ掛けていったという話
「その呼び方がアシバー(チンピラ)っぽかったんですよね・・・我が子を呼ぶには乱暴すぎるというか」
DVや虐待のサインを見落として、周囲が気付いたときには手遅れだったという事件が頻発している
特に沖縄では、生活苦からくる子供の貧困・DVの蔓延が社会問題となっている
それもあっての 「こまったときは こえをかけてね」 なのだが・・・
実態は 「こまっているけど はなせない」 のだろう
そのステッカーを紹介してくれた同い年のJ社長と、先日久しぶりに飲む機会があった
J「ちょっとこの前、怖い体験をしてな」
俺「ん、どうした?」
「◯◯(商業センター)でフォーラムに参加したんだよ。前半終わって休憩中にトイレに行ったんだけどいっぱいで、非常階段から一階下のフロアに移動したんだけど真っ暗でなあ。まあでも構造は一緒だから、誘導灯沿いに歩いたのさ。トイレも真っ暗だったけどドアが開けっ放しで、入ると感知式で電気付いたから用を足してたんだよ。そうしたら誰かが入ってきた気配がして。そっち向いたんだけど衝立で見えなくて。あ~、誰か他にも上から来た奴がいたんだな~って思ってたの」
「まるでうちのビルの一階上の共用トイレみたいな話(あり乾杯#169)だな・・・笑」
「笑ってるのも今のうちだわ・・・用を済ませて洗面台に向かったら、ちょうど開けっ放しのトイレ入口から人が出ていくところだったのよ」
「トイレせずに?髪型でも見に来たのかね?」
「女の子だったのさ」
「は?」
「女の子だったんだよ身長120センチくらいの。黒髪ショートの」
「えっこわいこわい笑 どゆこと?」
「わー(俺)もドキッとしてさ・・・後ろ姿見えたの一瞬だけど、白い半袖ブラウスにピンクの肩紐付きのスカートはいた子」
「ウソでしょ?」
「ホントなんだって。で、その服がさ・・・薄汚れてたんだよ」
「どういうことよ??」
「一瞬その子、なにかしら犯罪に巻き込まれたのかと思って、すぐ我に返って追いかけたんだよ」
「うんうん」
「でもいないんだよ通路に。前にも後ろにも」
「うそやろ・・・」
「すぐ上の階に戻ってフォーラム関係者に伝えたのよ『おかしなこと言ってるようだけど』って。俺自身は会の続きがあったから会場内に戻ったんだけど。で、全部終わって出てきたら『館内アナウンス流して館内確認もさせたのですが該当するような女の子は居ませんでした』って言われて」
「なんだよどういうことよ?心霊現象ってことかいな?」
「わからない・・・それ以上、何も出来ないし、俺の錯覚か?なんて自信も無くなってきたから、その日は帰ったんだよ」
「え~なんだったんだろうなぁ」
「それが11日前。で、2日前に・・・」
「えっ続きあんの?」
「これ聞いてもらいたくて今日、誘ったんだよ」
J社長の事務所が入る、ビルの6階。
同じフロアには数社、事務所が入っているのだが
それぞれの会社の従業員全員が、事務所の鍵を持っているわけではないようだ
朝7時~7時半に共用給湯室に入ると稀に、他社の女性が、事務所が開くまで待っていることがある
その際、給湯室の電気を付けていてくれたらこちらも心構えが出来るのだが
たまに真っ暗の中に立っていることがあるのだ
その日、朝6時過ぎに事務所に着いたJ社長
神棚の榊(さかき)の水を替えようと給湯室に向かう
まだ暗い共用通路を歩き、給湯室の前に来ると
左手に持っていた榊立て(花瓶みたいなもの)2本を落とさないように右手に持ち替え、給湯室左壁にあるスイッチを探り当てて「パチ」と電気を付けると
目の前に、背を向けて立つ黒髪の女の子
薄汚れた白い半袖ブラウス
薄汚れたピンクの肩紐付きスカート
「うわうわ!うわあああ!!」
思わず叫んだJ社長は、慌ててその場を走り去る
「ところがね。そのとき急に "まって・・・まって・・・" って声の聞こえた気がしたんだよ。そうしたら急に、いっぺー(すごく)悲しくなってきて。事務所戻ったらもう、涙が止まらなくて。『ごめんね!!ごめんね!!』って必死に謝ってた」
「・・・その子どうなったの・・・」
「エレベーターホールから人が降りてきた気配がして、気持ち落ち着けてから事務所出てみたんだよ。そうしたら他の事務所に誰か出社したみたいで明かりが付いてて。通路にも。だから、電気付けたままだった給湯室に戻ってみたのさ」
「・・・どうだった?」
「誰もいなかった」
「誰なんやろう、その子・・・」
「わーに感情が溢れてきたとき、不思議なんだけど母親が我が子に謝ってるような気持ちだった。あの子、虐待されてた何処かの誰かじゃないのかな、と思う」
「お前の子じゃないのか?」
「どぅーちゅい(1人者)だっちゅうねん」
「う~ん・・・けど明らかにお前に付いてきてるよな?」
「『こまったときは こえをかけてね』。俺の車、どこかで見たのかな・・・」
今この瞬間にも
誰にも知られず虐待に耐えている沢山の子どもたちが、日本中に存在するのだろう
我々には、何ができるだろうか
「こまってなくても はなしをしよう」
そんな空気を、つくれるのだろうか・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます