第47話 野犬

これは夢だと分かっているのに、なかなかその夢が醒めてくれないこと、ないだろうか。


"はいはいもういいから。早く起きようぜ〜俺・・・"



行きつけのバーのマスター、シュウさん(42)


小さい頃に悪さをして、何度か父親に、近所の森の木に縛られたことがあったという


小1の頃というから、相当腕白だったのだろう


真っ暗な夜の森で、闇の恐怖に怯えて泣き叫ぶシュウ少年


子供ながらに必死にもがいていると、そのうち括られたロープが緩んできて、脱出できたそうだ


実は毎回、初めから父親が解けるように緩く縛っていて、近くに隠れていたらしい


まあ、今でこそ体罰やら何やら言われそうな話だが、昔は大なり小なり、こんな折檻はあった


ただ、その木に縛られた闇の恐怖が、今でも甦るのだという


「かなりトラウマだったんだと思います」


年に数回の周期で、今でも夢に見るそうだ


・・・ただし、相当にアレンジされて。


小さな自分が、真っ暗な山奥の大きな木の幹に手を縛られ、貼り付けにされている


不意に暗闇の奥から、枯れ木を踏んだような"パキッ"という音がしたので


闇に目を凝らすと、周囲から何かが近づいてくる


野犬の群れだ


唸りもせず、ただ乾いた足音だけさせ、近づいてくる


"食べられる!!"


野犬は目の前まで近づき、低く唸り声をあげ・・・


初めの頃はそこで目が覚めていた


もう、汗だくである


ところがこの夢、シュウさんが30を越えた頃から、徐々に長くなっているというのだ


「今じゃ私、野犬の群れに食い千切られて、腹まで無くなりましたから」


痛みはないという。

そらそうだ、夢なんだから。


足から腰・上腕と、下から徐々に食べ進められ、最近では腹部もあとわずかだそうだ


痛みはなくても自分の体が食い千切られてゆく様を見るのは、気味の良いものではない


"もう夢と分かってるのだから!早く目覚めてくれっ!!"


そして。


「3週ほど前、またその野犬の夢を見たのですが、ちょっと・・・」


「・・・ちょっと?」


「腹部の下から鼻先を突っ込まれて貪り喰われているので見えないのですが、もうあと僅かで、その・・・心臓なんです」


うわ・・・(,,゚Д゚)


「それは嫌だな・・・」


「はい、私も夢とはいえ焦っているからか動悸が激しくなってきて。もし心臓に届いて、ひと噛みでもされたら、息耐えてしまうのじゃないかと」


「うっわ、怖すぎる・・・」


「で、初めてそこで『助けて!助けて!』と喚(わめ)き散らしたのです」


「・・・どうなったん?!」


「そこで目が覚めたのです。目は覚めたけど、心臓がもう、破れるかというほど早鐘を打ってるのです。落ち着くまでに数分掛かりました」


「なあ、それってさ・・・嫌なこと言うけどさ、夢が警鐘するホント、だったりしないのかな」


「心疾患があるのじゃないか、ってことですよね?そう思って、その2日後に病院行きました」


「ああ!どうだったの?」


「全く疾患は見つかりませんでした」


「良かったなあ〜!ちょっと聞いててドキドキしたわ」


「それが・・・」


「え、まだなんかあるの笑」


「見たのです。夢を。先週。これまでは数ヶ月に1度の頻度だったのに、前の夢から20日も経ってないのに、です」


「体が無意識に、思い起こさせたのかな?」


「それがですね。夢がいきなり前回の続き、今にも心臓が食い千切られる!という場面から、始まったのです」


「ええっ?!」


「もう叫ぶ間もないですよ。いきなり体の中心に凄い重量が掛かったかと思うと、ブチブチッと音がして引き千切られたのです、心臓」


((((;゚Д゚)))))))


「そうしたら、口元は動かないけど、心臓咥えた犬が言ったのです」


「な、なにを??」


「『はい。これで終わりです』って」


この話を聞いてから3カ月経つが、その後まだ、野犬の夢は見ていないという


彼曰く、見たくても2度と見られない気がする、とのこと


「終わりです」とは夢のことなのか。


俺にはそうとは思えないのだが・・・

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