第44話 失踪した若手社員
ある年の12月17日(金)
大阪時代、所属していた会社の忘年会があり
その年は総勢180名の参加となって大いに盛り上がる中
気がつけばあっという間に2時間が経ち、中締めとなる
壇上の司会者の合図で一本締めが行われる中
隅っこの卓で1人、下を向いて床を見つめる社員のN君が目に留まる
一本締めが終わるとN君はボストンバッグを肩に掛け、そそくさと会場から出て行った
12月20日(月)朝。
N君がどうやら行方不明のようです、と連絡が入る
その連絡を入れてきたのはN君の2年先輩の、S君
さっそく会社にS君を呼び、事情を聴く
S君によるとN君は、17日の忘年会を最後に、家にも戻らず行方がわからないとのこと
S君の連絡先を知っていたN君の奥さんが、ウチの主人が行ってませんかと19日(日)の夜、電話を掛けてきたそうだ
「僕から聞いたって言わないでくださいね。どうやらNと奥さん、木曜(16日)の晩に口論になって、奥さんの首を絞めたそうです。それも首を絞めたのは、一度や二度じゃないらしいです」
夫婦間に何か深刻な揉め事があったのか?
S君に礼を言い帰したあと、N君の家に電話を掛ける
「はい・・・Nですが・・・」消え入るような若い女性の声
「あ、わたくし、N君の会社の上司で、Tと言う者ですが」
「・・・あっ!Tさん!式にも出ていただいた!」
彼らは当時、結婚2年目であった
「うん。S君から今、ちょっと聞いた。今からでもそっちに行っていいかな?」
「はい是非!お待ちしてます!!お願いします!!」
20日(月)午後。
N君の住むマンションのある最寄駅に着き、改札を出ると奥さんは待っていた
N君と同い年、当時28才の、可愛らしい真面目そうな娘
「すみませんわざわざ・・・」恐縮する奥さんを連れ、とりあえず駅近くの喫茶店に入る
「いったい、何があったの?」
正面の彼女を見ると、この2日間ろくに寝てもいないのだろう・・・憔悴しきって顔色は悪く、唇はカサカサだ
「はい・・・お恥ずかしい話なのですが・・」彼女は語り始めた
N君は見た目ジャニーズ系
さわやかな笑顔に八重歯が光る、いかにもモテそうな顔だちをしている
結婚前から、とあるネットサイトに登録していて、それが結婚後、すぐに奥さんにばれたのだという
そのサイトとは、世の中年奥様をターゲットにした出会いサイト
そこで彼は複数の女性と関係をもち
夜な夜な"奉仕に"出かけては、そこから出勤し、夕飯を食べに帰ってくるというサイクルで生活していたという
初めは奥さんも仕事で出かけるのだと信じていたが
ある日たまたま、開いたまま忘れていったN君のPCを見てしまい、事実を知ったそうだ
ある日それを咎め、奥さんは別れを切り出したのだが
N君は泣いて詫び、一度は許した経緯があるらしい
「ところが先日どこで調べたのか、家に見知らぬ女性から電話が掛かってきたのです」
"あら、Nさんは居られないの?あなたが奥さんなのは判ってるわよ、Nさんに用事があったんだけど・・・"
その電話で、彼がまだ「闇仕事」を続けているのだと気づき
その夜問いただしたところ、俺ばかり責めるな!!といきなり首を絞めてきたという
「それでも、別れたくないんです・・・あの人しかいないんです・・・」そう言って奥さんが泣きだしたので
「わかった、とりあえず警察には届けたんだよね?今から警察に連れて行ってくれる?」と促す
忘年会のあった17日はボーナス支給日でもあったのだが
それがN君名義の銀行からごっそりカードで引き出されており
これは本気で家出したと確信した奥さんは、それでも1日ためらった後、19日(日)の朝方に警察へ届け出た
彼女が泣き止むの待ち、届け出た最寄りの警察署へと向かう
担当課で、Nの会社の者ですと伝え、対応した若い警察官と3人で、しばし話をする
途中で携帯の話になる
N君が持っているのは会社支給の携帯なので、会社の許可があれば1回だけ電波を飛ばすことができるという
「それは、どういうことですか?」
「これはNさん側で電源をONにしていないとダメなんですが、もし呼び出し音が鳴れば、1度だけなんですけど探知できます」
それはもう、すぐにでもお願いしますと同意書にサインしたのだが
社印が必要とのことなので一旦会社に戻り
押印し、再び警察に赴いた頃にはもう、夕方になっていた
書類の回送上、探知できるのは明日になりますとのことだったので
奥さんをなだめ、また明日来よう、と家に帰す
・・・正直なところ家出人・行方不明者は年間ゴマンといるし、一人一人のことに構っていられない、というのが実情のようであった
翌日、探知してもらったが、N君側の電源は願い虚しく、入っていなかった
それから1か月経った
会社では、彼を休職扱いにしていた
12月の給与も彼側から引き出されていたが、何処で引き出したのかまでは特定できなかった
奥さんについては、マンションに一人にさせるのも不安があったので
極力仲間内で交代でケアをしようと、時間のある限り会って励ましていた
「君みたいな可愛い奥さん放ったらかしてこのまま消えたりするかいな、絶対帰ってくる!!」
でも長期戦になるかもしれないから気晴らしに、昼間は近所のケーキ屋とかで働いてみたら?と
専業主婦だった彼女をアルバイトに引っ張りだすことにも成功した
ただ・・・
正直、いつまでも会社として待てる訳ではないので
実家の長崎からN君の父親に大阪まで出てきていただき、息子さんが2月20日までに出てこなければ退職手続きを取ります、と話をした
もちろん奥さんには先に、その話をしていた
そして1月の給与は手渡しで奥さんに渡し、資金源を断つことも説明した
そんな2月の5日辺りだったろうか、朝10時に彼女から電話があった
「あの!お金!引き出してたんです!だからまだ元気なんですよね!!」
資金を断ちはしたが、それが忍びなかった奥さんは、2月に入ってから5万ほど、口座に振り込んでいたらしい
「ほんとうに、よかった・・・・」電話の向こうで泣いている
この子ホンマにNが好きなんやなあ・・・いっそう不憫になる
そしてこの後、事態は急展開を向かえる
銀行から引き出されてました、の数日後
長崎のN君の父親から電話があり「どうやら息子は広島に居るようです」と聞かされる
「なので広島に向かいます」
N君は、ばあちゃん子で、ばあちゃん宛に「心配しないで」と電話があったらしく
居場所を聞くと広島、と答えたらしい
そのあと奥さんからも同じ趣旨の電話があり、今からすぐ広島に発つという
Nの電話内容をどこまで信じるかだが・・・俺も気になるので、2日遅れて広島入りした
先に現地に入っていた父親、奥さん、奥さんの母親3人は
手分けしてNの顔写真入りの手作りの捜索願いを、市内のコンビニ・ラーメン屋・その他思いつくところに配布して廻っていた
その甲斐あって、俺が広島入りした日の夕方、奥さんから
「コンビニからそれらしき人が来たと連絡が入って、今からビデオカメラを見せていただけるそうです!!」と電話が入る
その夜、報告があり、映っている男は確かにNだという
これはそろそろ、Nも根負けしてきたか・・・
更に翌日の夕方、奥さんから連絡が入る
「一風堂っていう店の方から電話があって、さっきまで写真のお兄ちゃんが食べてた、ということなので今、来てるんです!」
もう一息か・・・
「わかった、俺も今から行くわ!」
そう言って流川(ながれかわ)方面にタクシーを乗った直後、今度は父親から電話
「今、息子を捕まえました・・・」
こうして、2ヶ月弱にわたる逃亡生活は幕を閉じた
会社は退職させた
双方の家族間で話し合いが持たれたが、若い頃の過ちということで片付けられ
2人は別れず、元の生活に戻った
そして2月の終わり
奥さんから電話があり、今から会社にお邪魔しても良いかと聞かれたので
Nも来るの?と聞くと「いえ、私1人でどうしてもTさんにお話がしたいので」という
その日の午後、彼女はやってきた
色艶も戻り、少し太ったかもしれない
明るい表情で
「その節は本当にお世話になりました!!皆さんに支えて戴けなかったら私、どうなっていたか分かりません」と頭をさげる
「いやいや、そんな・・・ところでNはその後どうなの?」と聞くと
再就職の面接を受ける中で1社、拾ってもらえるかも知れないという
そうかよかったよかった、少し俺もホッとする
「実は、あの・・・今日お伺いしましたのは、ちゃんとお話しておかなければならないと思いまして」
「ちゃんと?・・・何を?」
「あの・・・口論のあと私の首を締めて、翌日出て行ったと、お話しましたよね」
「ああ、それまでにも首を締められたこと、何回もあったんだって?」
あっ・・・これはS情報だったな
「あ、言いましたっけ私」
彼女は恥ずかしそうに笑っている
「実はそのことなんです」
彼女は意を決した表情で、俺を見る
「Tさんには・・・本当に恥ずかしいのですが言いますね、実は首を締めるのは、Nの性癖なんです」
・・・はっ?
「いつも最後・・・首を締めてくるのですけど、あの日は本当に苦しくて、止めてって言うのに止めてくれないので、叩いたんです」
・・・・・・。
「そうしたら我に返って恥ずかしくなったみたいで。次の朝も、もう締めないでねって言ったら・・・帰ってこなくなっちゃったんです」
ちょっと待って?
それが理由なの?
「じゃあ、出会い系サイトの話は?」
「あ、それは本当です、だけどそれも私への当て付けらしいんですよね~」
ニコニコしながらあっけらかんと話する彼女
そんな理由で2ヶ月も飛び出した、N
どうなってんだ今の若い奴らは・・・
あ、ZOTTOしませんでした?
御免なさ〜い(^◇^;)
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