第36話 諜報戦

今回はいつものような話ではない。


どうか心して、お読み戴きたい。


謂わば国vs国の覇権争い、民主主義vs共産主義のイデオロギーのぶつかり合い


その渦に巻き込まれた、紛争の最先端に生きる男達の事件簿なのである。



普段から中華圏のお客様も、予約を戴ければ普通に乗船してもらっている


2020年初めの頃、詳しくはお話出来ないのだが "とある筋" からお達しがあり


「釣り客と称し海上調査せんとする、疑わしき輩と遭遇した場合、十二分に警戒し、慎重な行動を取る事」との周知がなされた


確かに数年前、そのような集団を2度ほど乗せた事があるため、スパイ活動は確実に身近で行われている、と日頃から感じていた


とある春先。


地元のローカルラジオ番組にスポット告知で出演させて頂いた際に


「◯日であればまだ予約いけますよ」とアナウンスしたところ、番組終わりに早速知り合いから電話


連れの連れが6名で釣りをしたいと言ってるが大丈夫か?との問い合わせ


何処でどんな釣りをしたいかを確認し、電話を切る


当日。


朝5時半の港に6名の男性陣がやって来た。


だが、見るからに日本人ではない。


釣りに行くのにパスポートが要るわけでもなし、知り合いからの紹介でもあったため、そこはあまり気にしない


代表者が「タナカです、宜しくお願いします」と挨拶してきた


この方は日本人かも知れないが。


しかしとりわけ、テンションが低いのか機嫌が良くないのか


決して褒められた目つきではない、短髪の男性が1人いる


まあ、そこもそれほど気にせずスルーし、6人の釣り客を乗せた船は、渡嘉敷島に向けて出航した


泳がせ釣り(生きた小魚を針に掛けて泳がせる)で、底の大物を狙う予定だ


1時間半後、漁場に着く。


全員が沖の釣りは初めてというので、タナカ氏を介し、丁寧に釣り方を説明する


小さな孤島に接近し、なるべく波風の影響を受けない比較的浅場を選び


左右に3名ずつ振り分けて、釣りがスタートする


餌となる小魚は前日に釣っておいた。



・・・30分経った。


50cmほどのハタ系の魚を数人が釣り上げる中


例の目つきの悪い男性は、右手後方に陣取って釣りをしていたのだが


あまり釣りに集中していない様子で、時たま(釣りの説明をしている際に気づいたのだが)胸に下げた双眼鏡を持ち、沖を眺めている


"何だぁ?集中力無いな・・・というか、さっきから何を眺めているのだ?"


男性が双眼鏡を向ける先の沖を操舵室から眺めてみるのだが、特段なにも見えない


ただ広い海原が拡がるだけだ


その後も10〜15分置きに船の位置を変えながら、皆コンスタントに底物を釣り上げては歓声を上げている(完全に中華系の方々)のだが


例の男性だけはまだ1匹も釣れない・・・いや全く釣る気がない


それどころか段々と表情が険しくなり、双眼鏡を構える回数も増えてきた


確実に怪しい。


この男の目的は、釣りではない。


先ほどから、俺には見えないが、沖の「何か」を調べているのだ。


そう結論付けると、いま釣りをしている他の5人も怪しく思えてくる。


俺が怪しんでいることを悟られた時点で、6人がかりで何かを仕掛けてくるかも知れん


これは国と国との威信を掛けた探り合い・・・諜報戦だ。


怯えている暇はない


こうなったら日本人の誇りにかけて、この共産スパイどもを出し抜いてやる!!


腹を括った俺は落ち着きを取り戻した

 

操舵室の窓からさり気なく顔を出し、右舷後方の男に注目する


男はもう、双眼鏡をいっさい顔から離さなくなった


口をへの字に結び、一心に沖を見つめている


"本当に一体全体、何があるというのだ・・・?!"


改めて俺が沖に目を凝らした瞬間だった


不意に男が立ち上がり、船外に身を乗り出すと


「うげ*#$〆〒€★÷*・・・!!」


大量に撒き餌。



船酔いには双眼鏡を眺めたら良いなどと、いったい誰が教えたのだ。


※タナカ様ご一行様にはあらぬ疑いを掛けてしまい、大変失礼してしまった・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る