第30話 お父さん

自伝かどうかは置いて


当時、世の中には実際にそんなこともあるんだ・・・と、少なからず衝撃をうけた話


厳密にはゾッとしたわけではない


もう30年も前の話になる



大学を卒業したあと、就職せず先輩と一緒に神戸の三ノ宮でスナックと居酒屋を始めた


居酒屋は、阪急電車の三宮駅・山側ビルの5階にあり、キャパは80名程度の店


焼き場に男子3人、ホールに女子3人の学生アルバイトを雇っていた


オープンしてから1年はそこそこ繁盛していた(その2年後、かなりの借金を抱え閉店)


店は23時半にラストオーダー、0時半に閉店というスタンスで営業していた



ある夏の日


いつものように閉店後、片付けをして1階のゴミ捨て場に向かう


5袋ほどのゴミを山のように積んでいると・・・


道を挟んで反対側 (海側)に、阪急三ノ宮駅の西口の構内があるのだが


終電も出てしまい帰りそびれた若者に混じって、ウチのホールの女の子が、ポツンと立ってこちらを見ているのに気づいた


「あれ、Mちゃん何してるの?電車は?」声をかける


バイト自体は1時間以上前に上がっている


呼ばれたMちゃん(当時19才)は、とぼとぼ道を渡ってくる


「電車、乗らんかったん?」


「はい・・・」


「なんで乗らなかったの?どうすんの?西明石まで」


西明石までは13駅30分程度


「どうしたらいいのか・・・」とはっきりしないので


「タクシー代あげるから、ほら、あれに乗って帰んなさいよ」


通りで客待ちしているタクシーを指しながら5000円を渡す


「いえ、そんな」という彼女の背を押しながらタクシーに近づき


「西明石駅まで行ってください。駅からはこの子に訊いて」と、半ば強引に押し込める


「いえ、あの・・・」何か言いたそうな彼女を無視して、運転手に"行ってくれ"と手を振る


冷たいようにも思えるが・・・


実は数日前から彼女の態度が怪しかったこともあり、少し遠ざけていた



その翌日


彼女はシフトに入っていたので普通に出勤し、夜は23時20分に帰った


俺はまた、いつものように0時45分ごろゴミ捨て場に降りてきた


と、また駅の構内から彼女が俺を眺めている


おいおい・・・


無視するわけにもいかんので、手招きして呼び寄せる


「何してんのよ?」


「・・・・・・」無言でうつむく彼女


「俺になんか、用事あるの?」


「・・・・・・」反応がない


「なんでこんなことしてるの?家の人も心配するやないの?」


すると彼女が「あの・・・」と顔を少し上げる


「なに?」


「お話、させてもらえないですか?」


「お話って・・・俺、もう帰るで?こんなこと続けられても困るからタクシーで帰んなさい」


そういってまた財布をだそうとすると


「あの!少しだけでいいんで!」と俺の腕をつかむ


「じゃあ、どうしたいの?」


「・・・・・・」無言の彼女


当時俺は特定の彼女がいたわけでもなく、一人暮らしを満喫していた


そんな気は無かったのだが、23才の若かりし自分・・・


「じゃ、今晩だけウチくる?」と言ってしまった


「ちょっと待っててよ」


店のある5Fに戻り、数分で戸締りをすませ、再度1Fに降りてくる


「家の人には電話しときなよ」と彼女に言うと、さっき電話したと言う


えらく段取りが良いな・・・


苦笑しながら2人して駐車場に向かい、彼女を乗せてマンションへと向かう


車の中で改めて「話ってなに?」と尋ねる


まあ、おおよそ分かっているので意地悪な質問なんだが・・・


何も答えないので「俺が、好きなのか?」と聞く


「うん」頷く彼女


「う~ん・・・何とも答えられないな・・・」


「付き合ってらっしゃる方おられるんですか?」


「いや、いないけど」


「私、がんばりますから・・・ダメですか」


こうなってくると俺も、かなり揺らいでくる (家に連れ帰っといて揺らぐも何もないのだが)


今まで全く、そういう目で見ていなかった彼女であったが


その晩、理性は一瞬で吹っ飛んでしまった



そんなこんなで、付き合いだしたのかどうかよく分からないまま1週間が過ぎた


あれから2回、彼女はウチに泊まっていた


そんな金曜日の20時ごろ、店に電話が掛かってくる


違うバイトの子が、電話ですよと俺を呼ぶので


このクソ忙しいときに・・・とイラッとしながら、誰から?と聞くと


「Mさんのお父様みたいです」と言う


えっ・・・俺と彼女とのことだろうか?・・・


ドキドキしながら電話に出る


「お電話かわりました」


「あ、店長さん?ウチの娘どうするつもりなん?遊んでるのか?!」


いきなりかい


俺はムッときて


「遊んでるとは、どういうことです?何でそう決めつけてらっしゃるんです?」と返す


「ということはやっぱりおたく、娘と関係あるんやね?」


「何ですかいきなり?そんな言い方ありますか?なんなら明日でもそちらに伺いましょうか?!」


「ええ是非きてくださいよ、お待ちしてますから!!」


そういって電話は切れた


あ~あ。勢いに任せて面倒臭いことになってしもた。


ちょうどこの日、彼女は休みで、何がどうなってるのか確認できない



翌日、土曜日の昼。


俺はM家の応接にいた


彼女が親に連絡しているものと思っていた外泊は、実は無断であり


問い詰められて父親に白状したという格好


父親はどこからどう見ても南国系、真っ黒なトドという風貌の方


その父親の語るところによると・・・


自分も妻も再婚同士で、娘2人(Mちゃんとお姉ちゃん)は妻の連れ子だという


だから父親として、本当の父親以上にいいかげんなことはできないのだ、と言う


そんな事情を聞かされ、ぶっちゃけて話をしているうちに、なんとなく打ち解けてきた


「これ、飲む?奄美の黒糖焼酎だけど」


そういって出された一升瓶を父親と2人で飲んでいるうちに、2人とも酔い潰れてしまった


なのでその日は泊まらせていただいたのだが


気の弱そうな母親とともに紹介されたお姉ちゃん(俺より3才下)だけが


何故か素っ気なく、俺に敵意があるように感じられた



それから2週間、娘の彼氏として合格したのかどうかもよく分からんが


何かいうとウチに泊まろうとする彼女を


逆に家に帰さねばならんという使命感で深夜、強引に西明石まで送る日々が続いた


ある晩、西明石駅近くまできて彼女が「帰りたくない」とゴネだした


せっかくここまで戻ってきたのだから・・・と彼女を説得するのだが、言うことを聞いてくれない


仕方がないので駅の周辺を車で流していいると、そのうち「明石キャッスルホテル」というビジネスホテルを発見した


「じゃあ、今晩ここで泊まるか?明日朝イチに送ってくから。それでいいか?」彼女は納得する


もうすでに深夜2時を廻っていたが、空いていたツインの部屋を借りる


疲れ切っているので、ベッドに横たわるとそのままシャワーを浴びずに寝落ちする


・・・と、ウトウトしかけた俺の上に彼女が乗っかってきた


「ちょっちょっ、俺もうそんな元気ないぞ・・・」


「ううん、このままでいい」


そう言って彼女は、仰向けに寝ている俺の上に覆いかぶさってくる


こんな状態で寝られへんがな・・・


そう思いながらも眠気には勝てず、そのまま再び寝落ちしかける


彼女の「お父さん!」という叫びに目が開いた


彼女は俺をギューッと抱きしめている


その時は寝ぼけていてスルーしたが、再度彼女が「お父さん!」と言いながらギューッと抱きしめてくるので


「ちょっとちょっと・・・さっきから何を言うてるの?」と起きようとすると


「ううん、なんでもないから、このまま・・・」


俺が起き上がるのを押さえつける


そのあと数分、俺の上にいた彼女だったが、納得したのか俺の横に降りて、スヤスヤと寝始めた


その寝息を聞きながら俺も眠りについた


翌朝7時に彼女を家に送り、土曜日の仕込みのため、店に戻った



翌日曜日の昼、彼女の姉から電話が掛かってきた


妹のアルバイトを辞めさせて欲しいという内容


そして俺に、会う時間を作ってほしいと言う


突然どうしたのだろうか?


その日の夕方、お姉さんと三ノ宮で落ち合った


そこで聞かされた話・・・


「店長さんを巻き込んではと思い、恥を忍んで打ち明けます。ウチの妹と父は、その・・・ややこしいのです」


・・・えっ?


「だから深入りしないでください。母と話し合ってバイトも辞めさせることにしたのです。この問題は家族で解決します」



それ以来、彼女と会うことは無かったが・・・


一度だけ、深夜のゴミ捨てを駅の構内の隅から見られていた気もする


そして今でも、彼女の「お父さん!」という叫びを、鮮明に思い出す時がある

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る