第27話 彼女が伝えたかったこと

「私の幻想だと思ってましたけど、お姉さん、来てたのじゃないかな」


那覇のクラブで働くY子さん。


コロナ禍に翻弄され店は休業、彼女には補償もない


現在、辛うじて見つけた、実家近くの惣菜屋で調理補助としてパートをしている


全く、暮らしは楽ではない


かといってコロナが収束し、再び夜の街に戻るかと言えば正直、分からないという


まだ28才、器量の良い子だが。


さて、彼女の夜の先輩に、A美さんという7つ年上の女性がいた


同じクラブで、キャストの中で最年長のA美さんには、とても可愛がってもらっていた


しかし2020年、世の中がコロナに翻弄され、4月20日から5月14日まで、沖縄で1回目の緊急事態宣言が出された


飲食店は午後8時までの時短。


A美さんは、クラブのオーナーから系列の飲食店へと配置替えを打診された


A美さん自身、それなりにお客様も付いていたが


オーナーは若い子の中から選抜したメンバーを残し、規模縮小を図った


A美さんにはまだやれる自信があったし、小5の息子さんもいたから、稼ぎが必要だった


しかしながらオーナーの意向も理解できるし、配置先も考えてくれるというから、その話を受け入れた


ところが、コロナ禍での飲食関係は軒並み大打撃を受けた


海外からの旅行客、国内の観光客が一気に減ったため


転籍予定の系列の飲食店も、今後の運営計画の大幅な変更を余儀なくされた


そして


そのままA美さんは、約束が履行されることなく自宅待機となった


休業補償など無かった


他のツテも当たってみたが仕事が見つからず・・・

あるにはあったが、最低賃金を下回る金額でのホテルのベッドメイクだとか、交通費は自腹とか。


彼女には、お金が必要だった


自分の母親、息子、そして自分の3人が住むマンション


住まう環境や息子の学校など、色んなしがらみがあった


2か月間、だましだまし食い繋いだが、蓄えも底を突いてきた


そして彼女は一大決心をした


那覇の「辻」と呼ばれる風俗街に身を投じたのだ


ところが、だ


働き始めてちょうど1か月が経った頃、2回目の緊急事態宣言が出た


2020年8月1日から9月5日まで。


観光客は更に減り、風俗街に客が回ってこなくなった


噂では、九州まで出稼ぎに行く子がいるという


A美さんは悩みに悩んだが、既に進退窮まっている


息子を自分の母親に託し、住み込みで鹿児島まで出稼ぎに行くことを決めた


当然ながら母親や息子には、風俗などと知られたくないから、飲食店だと伝えた


Y子さんとはずっとLINEでやりとりをしていた


本当のことを伝えていた


Y子さんも、可愛がって貰った本当のお姉さんのようなA美さんのことを、常に気にかけていた


「でも段々、来なくなったんですLINEが」


鹿児島に赴いた初めのころは、寂しい・帰りたい・でも頑張るといったLINEのやりとりを、1日一回は交わしていたのに


A美さんは忙しいのか疲れてしまったのか


3日に一回、1週間に一回と、LINEの来る間隔が開いてきた


Y子さんからは、どうですか元気ですかと、ほぼ毎日投げかけていたのだが。


そして12月。


「年末には帰るから」と2週間ぶりに返事が届いたきり、ぷつりと音信が途絶えてしまった


電話も掛けてみたが、呼び出すだけだ


2021年1月25日。


A美さんから電話が掛かってきた。


電話に出ると、年配の女性が「そちらはどちら様ですか?」と問いかけてくる


Y子さんが氏素性を伝えると相手の女性は、A美の母親ですと名乗った


1月20日の朝方、住み込みの1DKで首を吊っていたA美さんが発見されたのだという


嫌な予感はずっとあった


まさかそれが現実になるとは。


だがY子さんは深い悲しみのあと、無性に腹が立ってきた


子供はどうするの。

残されたお母さんにどうしろというの。

どうして何も言ってくれなかったの。


身勝手すぎる。


葬儀らしい葬儀もなく、線香だけを上げに行った


A美さんの母親は、我が娘が鹿児島まで行って住み込みで風俗で稼いだお金のほとんどを、毎月仕送りしてきてくれたことを教えてくれたが


首を吊るにまで至った原因までは、今も何もわからないのだという


その晩


Y子さんは布団に入り、脳裏に浮かんできたA美さんに問いかけた


「何があったの?残された2人、どうするの?」


もちろん、何も答えは返ってこない


それから1か月が過ぎ、3月になった


Y子さんはいつの頃からか


夜、就寝時に、追憶の先に浮かぶA美さんと会話することが日課になっていた


A美さんの霊が出るわけではない


Y子さんのイメージが作りだすA美さんだ


会話と言っても、脳裏に浮かんだ言葉を投げかけるだけだ


A美さんからは何も、返答はない


おばさん(A美さんの母親)生活保護申請通って、パートも見つかったよ


◯◯くん(息子さん)、6年生はクラス持ち上がりなんだって


そんな他愛もないことを、脳裏に浮かぶA美さんに語りかけるのだ


ただ・・・ずっと違和感があった


何だろうこの違和感。


4月になった


「もう夜は戻らないつもりなんです」


そうLINEをくれたY子さんに、久々に飯でも喰おうやと返し、飲みに行った


そこで今回の話を聞かせて貰うことになったわけだ


「そんなことが・・・誰を恨んでいいのか、やりきれない話やね」


「はい。でもここにきて違和感の原因が分かったんです」


「え、なに?」


「わたし、お姉さんを思い浮かべるたびに、服装がウェディングドレスっぽいことに気がついたんです」


「えっ?どういうこと?」


「わたしの幻想だから突っ込まないでくださいね。お姉さん、鹿児島で男の人がいたんじゃないのかな〜って思うんですよ」


「あー。それが何か、原因になったんじゃないかと。」


「毎回ウェディングドレスなんですよ、白の。でも、顔は悲しげなんですよね。もしかしたら私に、何か伝えたいんじゃないかな・・・って。」



そして、5月23日。


Y子さんから、A美さんの死には事件性があり、捜査が今も続いているそうです、とLINEがきた


「ちょっと待って?!どういうこと?自殺じゃなかったってこと??」


「はい、それ以上はおばさんもまだ聞かされてないそうですけど。ただ、この整体師の男に見覚えないですかって警察から写真見せられたそうです」


「じゃあ、この前のウェディングドレスの話・・・」


「ずっと私の幻想だと思ってましたけど・・・お姉さん、来てたのじゃないかな・・・なにか伝えたくて」


※その後、その男は逮捕されました

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る