第25話 秘密

繁華街のビルの一角の地下にある、馴染みの小料理屋。


扉を開けると、店の中には石畳の通路が敷かれ


その両脇には8名用の座敷の個室


石畳の通路の5m先に、6名のカウンター席が見える


俺の定位置は、そのカウンターの左端


なぜ左端かというと、左手に酒類の入る冷蔵庫があって


「ごめんTさん、◯◯の"ひやおろし"取って〜」


「はいよ〜」


女将の手伝いをすることで、昔からの常連を気取り、悦に入るためだ


夜9時。


店の扉を開けると、ちょうど正面奥のカウンターに女将が見えた


「あ〜Tさんいらっしゃ〜い」


石畳の通路を抜けると、カウンターの右手には男女2名客がいらして


俺は定位置の左端に座る


「ごめん今日、私1人なのよ〜何にする?」


「もう出前でもええで」


「あっ、さっき同じ話してました!」隣の女性が声を掛けてくる


「注文しちゃうと女将が奥に入っちゃって、お話できないですもんねぇ」


「そう、そうなんですよ笑」


そんなこんなで10分ほど経ち、隣の2人は帰って行った


店にはカウンターを挟んで女将と俺だけだ


「さてと、じゃあ何か作ってくるわね」


そう言って女将は奥の厨房へと消える


俺はスマホを取り出し、ワイン片手に仕事のチェックを始める


程なくして


コツ、コツ、コツ。


背後で石畳を歩く音がする


ん?お客?

扉開いたっけ?


コツ、コツ、コツ、コツ。

コツ。

コツコツコツ。


なんだ?

歩き回ってるのか?


入口からカウンターまでそんな距離無いんだから、用があるならこっちまで来ればいいのに。


あ、座敷を見てるのか?


コツ、コツ、コツ、コツ。


足音(たぶん女性)が一向に近付かないので、俺も背を向けたまま無視していた


が、それきり足音がしなくなった


扉が開いた音もしないし、帰らずに座敷に座ったのだろうか?


ゆっくり振り向いてみる。


あれ?

誰もいない?


席を立ち、扉に向かって石畳を数歩進んでみた


左右の座敷を覗くが・・・誰もいない。


いや確かに、今しがた誰かが歩き回ってたんだが・・・・?


ここは地下で、この店しかない。

地上の喧騒は全く響いてこない。

だから外の音だったとは考えにくい。


「・・・どうしたの?」


背後のカウンターから女将の声


「いや・・・」


怪訝に思いながらも席に戻り、この数分のことを話す


女将はカウンターの中から正面の扉を見据えていたが


「Tさんも、感じる人なんじゃない?」と言う


「えっ?・・・それは、霊的な、ってこと?笑」


「扉開いた?」


「いや、1度も開いてないと思う」


「ほら見て」


女将がまだ真っ直ぐ扉を見据えているので


初めて少し、恐怖を覚えながらも振り返ってみた


「・・・誰もおらんやん」


「座敷、送風してないのよ」


・・・あ。


扉に向いて左手の、座敷の手前にかかる「すだれ」がゆらゆら揺れている


「なんで??」


「たまに来るのよ」


「何がよ?!」


「ごゆっくりどうぞ〜」


座敷に向かい女将が静かに言うと、すだれの揺れがピタッと止まった


「うっわ?!なんで??」


正面に向き直って女将を見ると「Tさん初めてだったっけ?」と笑っている


「えっ何なんあれ?」


「たぶんお客さん。両方の座敷が空いてる時にしか来ないのよ」


「そんなん初めて聞くやん!こんな、10年も通ってて・・・」


「話しても笑われるだけだから」


「いやいやいや・・・1人のとき怖ないの?」


「慣れた、もう笑」


勝手に常連を気取っていたが、それは表だけだったようだ・・・

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