第21話 六甲山(ある警官の調書)

数ヶ月ぶりに、神戸の三ノ宮を訪れた


三ノ宮は、海と山に囲まれた街として貿易とともに栄えてきた


旧居留地などのお洒落スポットもあり、若者に人気の観光地として賑わっている


この三ノ宮の山側には、六甲山(ろっこうさん)という山塊が横たわる


子供のころ、六甲山は


源平の合戦で山に追い詰められた平家の武士の生き残り6名が


捕われの身となる前に山中で自害し、その六人の甲(かぶと)が今もなお、彷徨っているというのだと教えられた


怨念の山だと。


しかしどうやらこの説は、いろんな伝承がごっちゃになってできたフィクションらしい。


さてこの日、六甲山を越えたところにある鈴蘭台という街に住んでいる、知り合い宅に泊めて貰うことになっていたのだが


その知り合いの仕事終わりが遅く、できれば深夜まで時間を潰してから来てほしい、と言われていた


そんなわけで1人、なんだかんだ飲んだあと、23時頃タクシーに乗った


有料道路を使わず、428号線という、昔ながらの山道を越えてもらう


この道を通るのも久し振りだ・・・


交通量の少なくなった深夜の山道を走っていると、少なからず不気味な感じは受ける


「運転手さん、あの」


「はい?」


「突然変な話ししますけど、なんか怖い話とか、ご存じないですか」


「怖い話ですか・・・」


「いやあの、久し振りにこの道を通るもので、何か噂話とかないかな、と」


「ああ、このあたりにまつわる感じの話ですかね」


「そうですね・・・なんか、あります?」


しばし考えていた運転手だったが


「でもねえ・・・」


なんだか言いにくそうだ


「なんか、ヤバいですか」


「う~ん・・・この話、してもいいのですが・・・お客さん、戻れなくなるかも知れませんよ?」


「えっ?戻れない、とは・・・」


「ああ、この世にです」


またえらくブッ込んできたぞ笑


「うわ、それは、聞きたいなぁ・・・」


「そうですか。では、お話ししますけど。この一帯ね、埋まってるんですよ、たくさん」


「それは・・・死体が、ってことですか?」



能楽に「船弁慶(ふなべんけい)」という作品がある


兄・頼朝との不和から都落ちした源義経が、尼崎の港から西国に逃れる途中


乗っていた船が武庫山(現在の六甲山)から吹き下ろす風で、どんどん沖に流されていく


そのうち、荒れた海上から、壇ノ浦で滅んだ平家一門の怨霊が現れる


平家の総大将・平知盛の怨霊に太刀で戦う義経に対し、太刀だけではどうにもならないと


弁慶は経文を唱えてアシストし、最期には怨霊を追いやる、という話


しかし平家一門の恨み辛みは消えることなく


この武庫の地に留まり


今も尚、怨霊達は源の血脈を探し求め、所縁の者を見つけては、呪い殺すのだという



「いわば1185年壇ノ浦での平家滅亡からこのかた、800年もの長きにわたる"死のかくれんぼ"が、今もこの地で続いているのですよ」


ブッ込まれた上に、そんな歴史ホラーとは思わなかったな笑


それにしても・・・


「子供の頃に聞かされた話はそこから来てたのか・・・」独り言のように呟く


「えっ?お客さん、この話をご存知で?」


「まあ・・・それに近い話を、ですけどね」


「まさかと思いますけど話ついでに伺いますが、お客さん、姓は?」


「私ですか?・・・ああ、『源』じゃないです笑 それにアレでしょ?頼朝も義経も、今じゃその家系は途絶えてるんですよね?」


確かそんな話を聞いたことがある


「ええ、仰るとおりです。それにあの頃の『源』は、武家社会では流行り名でしたから」


石を投げれば必ず源さんに当たるというくらい、にわか源が多かったのだ


「でしょうねえ笑 あ、ちなみに私は吉見です」


「えっ・・・どちらの?」


「どちらとは?」


「どちらのご出身・・・」


「ああ、能登ですよ」


バックミラー越しに運転手の顔が少し歪んだような気がした


いや・・・笑ったのかな?


「これはこれは・・・なんとまあ。とてもレアな方にお会いしたかも」


「・・・どういう意味です?」


「壇之浦の合戦で、源氏側の"海の大将"は義経でしたが、"陸の大将"は源範頼(みなもとののりより)という、義経の異母兄でした。この範頼も、最期は異母兄である頼朝に謀反を疑われ幽閉されましたが・・・その子孫が、今も能登で続く吉見一族なのです」


「え!マジですか!偶然でもなんか、嬉しいなぁ!!」


「ところでどうします?このまま山、越えますか?」


「えっ?もちろん、鈴蘭台までお願いしますよ」


「う~ん・・・」


「どうされました?なんかあるのですか?」


運転手が無言で指をさす先の、ナビ画面。


「あ・・・あれ?」


いま、前方に照らし出されているのは確かに舗装道路なのだが


ナビ上のタクシーは、等高線で表されただけの、道なき山肌を進んでいる


「どうして・・・」


「嫌な予感はしましたけどね。私、戻れなくなるかもって言いましたよね・・・まだ進みます?」


その会話のうちにも前方の舗装道路が消え、ガタガタ砂利道に変わる


ガードレールも消えてしまった


そのうち遠くライトの先に、無数の甲冑が照らし出される


なるほど・・・

あれは坂東武者の残党どもか


すでにタクシーは消え

俺の乗る、馬の蹄が月夜に響く


おっとどうやら儂は、あの日の武庫に戻ってきたようだの。


是非も無し。悪霊知盛、我と決すべし。




「わからないんですよぉ本当にぃぃ!!」


運転手は恐怖に震えながら同じことばかり言う


「突然、消えたのね。」


こんな真夜中に俺は

こんな山の中で、何を聞かされてるのだろう


山向こうの鈴蘭台からパトカーで駆けつけた警官は


いい加減、不可解な話を繰り返す運転手にイライラしてきた


ところでさっきから・・・


この辺りには野生の馬でも棲息しているのだろうか?


ふふ、まさかな。

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