第14話 人の想い

1月に来られていた常連の釣り客から伺った話


少々、長話になります。




神戸在住の里津子さん(76)はここ数日、言いようのない頭痛に悩まされていた


旦那さんを癌で亡くされてから、一人暮らしの我が身を御近所の皆さんが何かと案じてくれるものだから


皆に要らぬ心配を掛けぬようにとこの数年、体調管理には人一倍、気を付けてきた


名古屋に住む息子夫婦は、何かあれば直ぐに飛んでいくよと言ってくれるが


まだまだ元気に歩けるし大丈夫、本当に何かあればすぐに連絡するから、とこれまでやってきた


ところが突然の、原因不明の頭痛


初めは朝方、ただ何となく痛いかな・・・という程度だったのが


今では頭蓋の中央に向かって絞り込まれるように痛いのだ


脳内出血かと思ったが手足が痺れているわけでもなく


立ち上がれるし、普通に歩行もできる


この冬場は一段と冷え込みが厳しいし、そんなことにも影響されているのだろうか・・・



頭痛が始まってから6日目の朝、どうにもこうにも我慢ができなくなり


祝日ではあったが朝一番、掛かりつけの町医者のF先生の自宅に、直接電話してみた


「う~んそれはちょっと早急に調べたほうがいいですね・・・ウチの設備じゃしっかりした診断もできないし、大きな病院紹介するので直ぐに診てもらいましょう。いつが空いてますか?」


「じゃあ明日でも・・・」と言うと先生は、確認して折返します、と電話を切った


数分後、電話が掛かってきて


「今日の午後からでも行けませんか?」と提案され


そんな急に?祝日だけど?と思ったけれども、「わかりました」と返答する


「じゃあ今日の午後3時からで予約入れますので、◯◯病院。脅かす訳じゃないけど、もしかすると検査に時間がかかるかも知れないので、一泊するくらいのご準備されておいてください。あと、CT撮るだろうから、今日はこれからお食事は我慢してくださいね」


"なんだか大事(おおごと)になってきたけれど・・・早いうちに調べてもらえるなら、それに越したことはないわね"


里津子さんは宿泊も兼ねた身支度をすませたあと、自治会長さんが作ってくれた緊急連絡先一覧から、タクシー会社に予約の電話を掛ける



それから3時間後、午後1時半になった。


「じゃあお父さん、ちょっと行ってくるわね」


そういって仏壇の遺影に手を合わせたのだが・・・


なぜだか急に、「この写真を持って行かなければ」という思いになった


何もなければ夕方戻ってこれるかも知れないのに、私、おかしいかな?・・・おかしいよね?


そう思いながらも結局、旦那さんの遺影をカバンに入れた



午後2時半。


病院に着き、裏口の時間外入り口から入る。


この日は、前日の祝日に対する振替休日だったこともあり、病院内にはほとんど、人の気配がなかった


"F先生はいったい、どんな扱いで私のこと連絡してくださったのかしら・・・"


その後、問診~CT検査~MRA検査を経て、所見を聞くころにはもう、午後7時を廻っていた



「数センチの未破裂脳動脈瘤が見られます。明日、改めて専門医から詳しくご説明させていただきますので、よろしければ今晩、お泊りになられますか?」



脳動脈瘤・・・そんなものができていたなんて。


いままで全く、自覚症状なんて無かったのに。


急に自分のことが重病人に思えてきて、一気に身体が重くなる


家に帰ろうという気力もなくなり、病院にいたほうが少しでも気が休まるかも・・・と宿泊することにした


提供された部屋で、カバンから旦那さんの遺影を取り出す


「お父さん連れてきて良かったわぁ・・・私一人じゃ心細かったよ・・・」


旦那さんの写真をベッド脇に立て掛け、あれこれと想いを巡らせているうちに、眠りに落ちた



翌日早朝、里津子さんは、凄まじい縦揺れで目を覚ました


1995年(平成7年)1月17日、5時46分のことだった



里津子さん宅は全壊したため


里津子さんは名古屋の息子さん夫婦宅に引っ越され、脳血管手術もすぐに行われ、無事終了したという


それから7年後の83歳で亡くなられたそうだ



「俺なぁ、あの当時、里津子さんにものすごく何度も何度もお礼言われたんやけどなぁ・・・ちょっと違うんよね」


ウチの釣り客のF先生(68)が続ける


「『わたし本当なら今、この世に居ないのよ。先生のおかげ。感謝しきれないわよ』 そう言うて、会えば必ず手を握ってくれるんやけどね。それは違うのやなぁ」


「なにが違うのです?」


「俺、あの日・・・16日の朝な、電話で話を聞いてる最中に、何度もお爺さんの顔が浮かんだのや」


「お爺さんって、お婆さんの旦那さんの?」


「そうや。お爺さんはもともと、俺が通ってた中学の理科の先生でな。俺が入ってた釣りクラブの顧問してて。それからもず~っと、大人になってもず~っと一緒に釣りに行ってたんや。いわば師匠やな、釣りの。」


「え!そうやったんですか・・・そんな以前からのお知り合いやったんですか」


「先生が癌で亡くなる前に、こんこんと言うてはったんや俺に。母ちゃん頼むわな、って」


「ああ・・・」


「それ思い出したのもあるけどな。奥さんと電話してる間ずっと、先生の「頼むわな!頼むわな!」ゆう声が聞こえたんや。その声が聞こえんかったら俺、火曜(17日)の予約にしてたと思うねん」



死してなお人の想いは残り


我々はいつも、そんな想いに抱かれているのかも知れない。

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