第9話 声の主
世の中には
手をかざすだけで病気を治すような人がいる
沖縄のユタもそうだ
病は気から、というが、確かに人は、悩み事が払拭されるだけで元気になるものだ
心配事=ストレスは、決して身体には良くない
ところが
取引先のO部長は、以前から躁鬱の激しい人で
怒りっぽくなることはないのだが、とても笑っていたかと思えば、急に
「うん・・・うん・・・」と腕を組み、下を向いて険しい顔になる
こちらが頓珍漢な話をした訳ではない
ある時、一緒に飲んでいて、ご自分からその話を振ってきた
「俺って躁鬱激しいって言われてるんだよ。Tくんも感じてたかも知れないけど。」
「あ、いや・・・何か悩み事でもあるのですか?」
「いやいや全く。そりゃぁ日々、小さな考え事はあるが、そんなの誰でもでしょう。俺ね、頭の中で声が聞こえるのよ」
「声?誰の?」
「例えば今も、飲んでるだろ?盛り上がって大笑いなんかした時に、いつもいつもじゃないが『調子に乗るな』って醒めた声がするんだよ」
「それは、もう1人の自分が言ってる感じ?」
「それがなぁ・・・母親くらいの歳のおばさん?お婆さん?なんだよ。俺、55の時に母親が83で他界したんだけど、母親の声ではないんだ」
「えっ・・・それは、何となく聞こえるんですか?幻覚みたいに?」
「いや。ほら、自分の声って骨や内臓から響くからはっきり聞こえるだろ?それくらいクリアに、突然聞こえるんだ」
「マジすか?」
「でな、声が聞こえるようになったのが2年前、母親が死んだ後、暫く経ってからなんだよ。で、これは、人に言っちゃいけないような気がして、内科や精神科にも行かなかったんだよ」
「今も、行ってないんですか病院?」
「行った。躁鬱の薬、処方されただけだった笑」
「その声って、ずっと喋ってくるのですか?」
「いや、毎回、ボソッと一回だけなんだが、一度、幻覚だと思って無視して騒ぎ続けたら『調子にの~る~な~』って、言い含めるように二回目が聞こえたんだ」
「すみませんここまで聞いておいて・・・それ、ホンマの話ですか笑」
「"ホンマ"の話なんだよ」
そんな告白話を聞かされてから2年以上経ち、当時部長だったOさん、先日、社長になられた
社長に就任される前に、お祝いを持って会社訪問したのだが
その際、久々に話す機会があった
といっても先方にも当方にも連れがいたため、深い話はできなかったが
帰り際、O社長が俺の耳元でボソッと
「あれ、自分だったかも知れん」
そう言ってきた
帰り、U部長(ウチの社員)の運転する車の助手席で考えていた
あれは未来の自分からの戒めの声で、その声に従ったから社長になれた・・・そういう意味だったのか。
そんな声が聞こえるなら、俺は聞いてみたいと思うのだろうか
いや聞こえないのは今現在が、間違っていないからではないのか
「なあU部長、頭に声が聞こえる事、あるか?」
「なんすか突然。声?・・・ありますよ」
「それってどんなん?」
「『いけいけ〜!』とか、『やっちゃあか〜ん!』とか」
「あ〜自我の声な」
「はい。でもそれって、誰にでも聞こえますよね?」
「まあ、そうよな。いやそれが、人が喋ってるみたいにハッキリ聞こえたら怖いな~って話」
「あ〜それは怖いっスね」
やっぱりOさん・・・それ、自分じゃないと思うなぁ。
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