第4話 乗ってたんだね。

昨年7月の話。

 

空が闇に包まれる頃、マンションに戻ってきた


玄関ロビーに入ろうとして、左手植木の奥に自転車が立て掛けてあるのに気付かず


その真横を通り過ぎようとして、あっ自転車・・・と左を向いた瞬間


後部座席に人のようなものがスーッと乗っているので


ビクッとして思わず「誰やっ?!」と叫んでしまった


よく見るとそれは、黒の縦長のチャイルドシートカバー


ちょうど右手の庭から「どうしたの?」と住人のF老人が出てこられたので


「あっ、いやあの・・・」自転車を指差しながら苦笑いすると


「だ、誰あんた?!」


Fさんも自転車に叫ぶ


誰の自転車なのか分からないが、置いてる場所が悪すぎる(人に見えてびっくりしてしまう)から退けましょうか、と話していると


マンション玄関から女性が出てきて


「あのぅ・・・その自転車が、何か?」と近付いてきた


「あっ、いえいえ」我々は自転車から離れる


見知らぬ方なので、住人ではなく訪問者だろう


彼女は鍵を刺し、スタンドを上げると


「じゃあ行くよ〜」


自転車を漕いで去って行った


Fさん「行くよ〜って・・・誰に言ったの?誰かいた?」


俺「いえ、ちゃんと見てませんけど、シートには居なかったはずですが・・・」


もしやずっと、あの暗闇のなか、子供が乗っていたのだろうか。


まさかな・・・



翌朝。


同じマンションに住む小3のヨシくんが「お早うございま〜す」と玄関で挨拶してくれたので


少し直感めいたものがあって聞いてみた


「お早う〜。あっヨシくんあのね、ちょっと教えて?昨日の夜8時頃に、お友達のお母さんとか、お家に来てた?」


「きのう?・・・うん来てた。かずきくんのおばちゃん。」


「あ、そうなんだ。かずきくんはお友達だちなん?」


「おなじクラス。」


「そっかーじゃあ違うかー。ヨシくんの年ならもう大きいから、自転車の後ろなんて乗らないもんねぇ」


「自転車?どうして?」


「うん、ちょっと・・・昨日ね、後ろに小さな子を乗せる自転車にね、乗って行った女の人がいたからさ」


「それ、みずきちゃん。6月に死んだの。色々ありがとうって、来てたの。おばちゃん。」


「えっ・・・みずきちゃん?」


「かずきくんの妹。5才の。」


その後、ヨシくんのお母さんからも同じ話を聞き


あの自転車の女性が、ご病気で亡くなられたみずきちゃんのお母様だったと知った


お母様のお気持ちの中では、まだ後ろに乗ってたんだね、みずきちゃん・・・

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