第2話 サトウキビ畑
2020年3月21日。
孫息子(当時6歳)がウチに泊まると言って聞かないので
土曜日午後に釣り客を見送ったあと、孫を迎えに行き
夕方から波止で小魚釣りをした後、いつもの居酒屋に晩御飯を食べに行った
その居酒屋はウチのマンションから徒歩10分程度の場所にある
マンションを出発すると、海岸沿いに3分歩き
その後、右の農道に逸れ、サトウキビ畑の中を通って辿り着く
この時期、沖縄本島の日没時刻はだいたい19時前だ
20時に店を出る頃には、すっかり暗くなっていた
「ごちそうさまでしたー」
店の若奥さんに見送られながら帰路に着く
元来たサトウキビ畑の農道に入る
等間隔で外灯が農道を照らしてはいるが、それほど明るい訳ではない
畑も暗くてよく見えない
「食べたところだから、すぐに走ったらお腹痛くなるよー」
スキップしながら先を行く孫に声を掛ける
俺は時々顔を上げて孫を確認しながら、手元のスマホを見て歩いている
・・・と、先を行く孫がタタタタッと走って戻ってきた
「じいじ!じいじ!じいじ!」
小声だが何やら慌てている
「どうした?」
俺の手を握ってきた孫に問う
「あそこに!」
孫は、少し先の畑の右手を指差す
孫の、手を握ってくる力が半端ない
怖がってるのか?
「ん?」
指差された方向を見るが、暗いのと、サトウキビの葉が長すぎて、その先の奥が見通せない
「どうしたの?」
「あの!あのね!あそこに、おばちゃんと女の子がいる」
・・・怖いわっ(ll゜д゜)
「えっ、誰って?」
「じいじ声ちっちゃくして!」
孫は後退気味だ、握られた手が後ろに引っ張られる
「よし、じいじ居るから大丈夫。ちょっと見てみよう」
何をどう見間違えたのか
孫は、俺の手を握りながら頷くと、俺の背中に隠れる
畑は真っ暗で何も見えない
孫が怖がるだろうから、ゆっくりと歩を進める
8歩ほど進んだところで、畑と畑の間に、右手奥まで続く区切りの土手があることに気付く
「そこ・・・そこ!」
孫はもう、怖くて前も見れないようだ
次の外灯までは距離があるため、月灯りが頼りだ
更に2歩進み、右手奥を覗いてみた
真っ暗な畑の土手にぼんやりと
長髪の女性と、その真横で手を繋いでいる、同じく長髪の女の子のシルエットが立っている
・・・・・!!
心臓がギュッと掴まれ、全身が総毛立つ
2人はゆらゆら揺れているように見える
こんなの誰でも分かる・・・
この世の者たちじゃないことが。
身動きできない・・・
自分の心拍数がヤバい・・・
「じいじ?じいじ?」
背中で不安げに聞いてくる孫に対し、何も声が出せない
俺は考えた
引き返して迂回するか
このまま突っ切るか
どちらも同じくらいの距離だが、もし
この目の前にいるものが危険な存在で、追いかけてきたとしたら
海岸沿いまで走った方が断然、人気(ひとけ)が多い
ただ、俺は足が悪い
孫を抱えて数分間走りきれるだろうか
そーっと後ろを向き孫を抱き上げる
なるべく静かに、穏やかな口調で
「今からちょっと走るからね、静かにしとくんだよ」
孫が頷いたかどうか判らないが、瞬時に海岸沿いに向けて走りだす
・・・だが全然、走れない
農道だから、つまずいて転(こ)けたら逃げきれない!と思うあまり、走り歩き程度しかスピードが出ない
いやもういい
逃げ切れなければそれまでだ
どんな手を使ってでも抗おう
ただただ転けないよう、走り続けた
そして遂に、海岸沿いの道が見えてきた
たむろする外人も見える
助かったか!
しかし油断せず、農道を抜けるまで走り続ける
そして舗道に出た
孫を下ろし、後ろを振り返る
農道には何も見えない
追ってなどこなかったか。
「もう大丈夫!」
そう言って孫の手を引きマンションまで戻ってきた
「じいじ、あれ、おばけだった?」
ずっと黙っていた孫が聞いてくる
「う〜ん違うと思う。2人がちゃんと帰れるよう、見ていてくれたんだと思う」
「あのおばちゃんが?」
「そうそう」
「じぃじ、どうして走ったの?」
「う〜ん、ちょっと走りたかった」
「女の子ね、手を振ってたよ」
「えっ?・・・いつ?!」
「じいじが走ったあと。畑から出てきて、手を振ってた」
「ほんとに?見たの?」
「うん、ぼくも振った」
また血の気が引くのを覚えた
・・・翌日(日曜)
昼に孫を家まで送り届け、娘には一応、昨晩のことを説明した
思い出して怖がるようなら教えてくれ、と伝えて帰ってきた
マンションに戻ってから、あのサトウキビ畑に向かう
日中に見れば、それほど見通しが悪いとも思わないのだが・・・
昨晩遭遇した場所が、正直、特定出来なかったので
ここらだったかな?と思(おぼ)しき土手を見つけ、入っていく
”もしこの土手なら、2人はここら辺りに立っていただろうか・・・“
そこに、買ってきたお菓子の詰合わせを置き
「よく分からなくて。逃げてごめんね」そう言って手を合わせた
昨夜見たものが何だったかは判らない
俺には全く、霊感がない
沖縄では第二次世界大戦中の地上戦に於いて、実に20万人が犠牲となった
そして現在
沖縄は毎年、ダントツで自殺率1位県だ(主に生活苦・DVによる)
霊感は無くとも、この島の至る所で人々の無念が怨念となり
彷徨い続けていることだけは、分かるのだ。
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