ZOTTO
蒼翁(あおいおきな)
第1話 大阪南港
ここに載せている話は勿論、全て実話だ
今でもゾッとする大阪時代の話をひとつ・・・
ある夏の夜、仕事を終えてそろそろ帰ろうかと考えていると
年齢は2つ下だが同期入社の営業マン・Yが俺の机にやってきた
同期だが、年上だからと立ててくれているのか
彼からは普段「兄ィ」と呼ばれていた
「兄ィ、仕事終わるんか?」
「おーそろそろ止めよかな」
「ほんなら今から釣り行かへんか?」
時間は21時を回ったくらいだ
「今からって、何処へよ」
どのみち帰るか飲むくらいしか、やることはなかった
「南港でな、チヌ(黒鯛)が爆釣しとるらしいねん」
このYも、俺と競う相当の釣りバカだ
「南港て、あの荷揚げクレーンのとこか?」
「おーそやそや」
よっしゃーほな行こかーということになり
大阪天満宮を、Yの運転する営業車で出発したのが22時
Y曰く、釣れだすのは夜中からという事
餌はボイルしたコーン、釣り具は今回リールを使わず
5mの渓流竿に5mの糸を結び付け、あとは小さなオモリと針、これだけ
お互い、普段から色んなシチュエーション用の釣り具を会社に置いている
例えば今から沖でマグロ釣るか!となっても大型魚専用タックルをバッチリ用意している
・・・さて、高速に乗ると20分もすれば南港の荷揚クレーン前だ
ここは我々の秘密のポイントで、今ではもう進入禁止になったらしいが、当時は車で港の奥まで入っていけた
波止を進み、奥の広場で車を停め、降りる
真っ暗な海の反対側を振り返ると、巨大なクレーンが何基も闇にそびえ立っている
車から竿やエサを降ろし仕掛けを組み、釣りをスタートしたのが23時過ぎ
釣りは、開始から入れ食い状態になった
渓流竿(川魚用)を使っているため、竿がグイングイン曲がり、スリリングで面白い
真夜中、真っ暗な波止場でYと2人
「うおー引くなぁー!」
「やばいやばい!」
大騒ぎしてチヌ釣りを満喫していた
と、Yが突然「兄ィ、あれ」波止の右手沖を指差す
「えっ?」指された方向を向くが、真っ暗な海しか見えない
「なに、なに?」
「兄ィあれ見えんか?なんか、来よるぞ」
そう言われ、再度目を凝らしてみて気が付いた
70フィートほどある(1feet≒30㎝)船が、無灯火で音もなく近付いてくる
「なんや、あれ・・・」
「遭難船か?!」
俺とYは、漆黒の海から突如現れた擦り傷だらけの漁船らしき船体にゾゾゾーッと血の気が引いた
そしてその船が近付くにつれ、かすかにエンジン音が聞こえてきた
漂っているのではない、接岸しようとしているのか・・・?
えっ?
こんなところに??
船体には船番その他、記載がない
「なあ、Y・・・あれ密漁船ちゃうか・・・」
「ホンマやな・・・」
我々は釣りどころではなくなった
船が接岸しようとしている場所と我々との距離は30mというところか
灯りもないので我々の存在は見えない筈だが・・・
「なあ兄ィ、何かわからんけど、ここ居たらヤバないか?」
「なぁ・・・せやけど、もう少し様子見てみようや」
我々は既に竿を置き、しゃがんで身を低くしている
船は完全に波止の岸壁に接岸したが、船着場ではないためビット(船のロープを括る、裕次郎が足乗せてたアレ)が無い
10分ほど船は接岸したまま、干渉タイヤをキィキィ言わせながら漂っていた
我々の立っている面が、海面から5mくらいの高さにあるため
船の上部しか見えず、人の気配が確認出来なかったが
突然ドン、とデッキ辺りから、幅2mほどの板が岸に渡される
そして6名の男が降りてきた(登ってきた、という表現が正しいかもしれない)
男どもは、いま登ってきた船に振り向き、なにやら大小、丸いものを運び上げている
「なにしとるんやろ・・・」
「わからん・・・」
我々は息を殺して成り行きを見続けた
船から積み下ろした「何か」を持ち
6人の男どもは3・3に分かれ、板の延長に等間隔で拡がる
そして
シャンシャンシャンシャンシャン!
ジャ〜〜〜〜〜〜ン!!
シャンシャンシャンシャンシャン!
ジャ〜〜〜〜〜〜ン!!
シャンシャンシャンシャンシャン!
ジャ〜〜〜〜〜〜ン!!
「えっ?銅羅?!」
「太鼓か?!」
我々は顔を見合わせる
男たちの奏でる、よく中華街で聞くような音色が止んだあと
船から次々と人が降りてきた
男もいれば女もいる、シルエットでは子供も・・・支えられて老人も・・・
次から次と、暗闇のクレーン倉庫に人が降り立った
その数、約40名
まさにこの瞬間、我々は・・・
密入国の現場を見ている?!
「兄ィほんまヤバいわ!あいつら蛇頭とかちゃうん?!」
「見つかったら死ぬかな?!」
「マジや!あかんあかん!!」
あんな大きな音を立てて祝い?景気付け?をするからには
この場所はおそらく、公安や警察には知られていないのだ
その場に捨て置いてもいいようなものは放置し
音を立てぬよう竿やランディングネットだけ小脇に抱え、車の背後に回る
静かにリアハッチを開け、それらを車内にしまい、ハッチを閉じる
細心の注意でそれぞれ運転席・助手席をあけ、車に乗り込む
「ここまではバレてへんよな?」
「エンジン掛けたら飛ばすぞ兄ィ!」
Yがキーを回す
ブォン、エンジンが掛かる
その瞬間、30m先の集団が一斉にこちらを向いた!
「気づきよった!早よ出せ出せ!」
「うわっ!!」
Yは必死に車をターンし、闇の波止場を走る
「ライト!ライト点けろや!」
「点けたらバレるやろ!」
「アホ!海に落ちたいんか!」
這々の体で港を離れた
その後
車のナンバー見られてへんやろか?!
疑心暗鬼のまま2日間を過ごした、ビビリな2人だった
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