第16話 時は壊れ時間だけが過ぎてゆく

 由美ゆみは保健室に運ばれた、私が教室に着いた時には苦しそうに助けを求めていた。すぐに救急車が呼ばれ、私はそれまでの間由美ゆみのそばでじっと座っている事にした。


「由美、大丈夫なの? なにがあったの?」


「気にしないで、ほら、私も聖良ちゃんに会いたくて無理しちゃったみたい、持病が悪化しただけだよ」


「それは違う、持病の悪化なんかじゃない、アイツらの仕業よ! 絶対なんかしてる! 私が突き止めてやる!」


「流石だね、やっぱりかっこいいよ聖良ちゃんは」


「なによ急に」


「ちょっと頼み聞いてくれる? 喉乾いちゃったから水筒持って来てほしいな、多分私の机の上にあると思う」


「分かった、安静にしてなさいよ! すぐ戻って来るからね!」


 聖良せいらは保健室から少し離れた教室へ走って行った、ちょうどそのタイミングで救急車のサイレンが聞こえて来た、急いで教室に向かう。


聖良せいらが教室に入ると静かだった教室がざわつき始めた、それに隠れるようにゲス美と取り巻きは笑っていた、水筒を手にし再び保健室に戻る。


「由美! 持って来た…わよ」


 そこに由美ゆみの姿はなかった、戻って来るよりも先に運ばれて行ったのだろう、結局由美ゆみの頼みを叶えてやる事は出来ず、今は必死に安全を祈る事しか出来なかった。


「由美なら絶対大丈夫、私がしょげてる場合じゃない…よし!」


 誰かが慌ただしく階段を駆け上がる音が聞こえて来た、音からして複数人の様子、一体どうしたのだろう。


「あそこです!」


 現れたのは救急隊員と教師だった、「え?」(ちょっと待って、おかしい!)そう心の中で叫んだ。今ここに由美ゆみはいない、運ばれたと思っていたら目の前からタンカーを持った人達がこちらにやって来る。


「永江さん! 志崎さんの体調は落ち着いて来た?」


「先生…由美が……」


 聖良せいらは言葉が出なかった、それを見た先生が慌てて中に入ると、そこには由美ゆみの姿がなく、救急隊員達も唖然としていた、血相を変えてなにがあったか尋ねて来た、頼まれて水筒を取りに行った間に居なくなっていた、救急車が来たのは音で分かっていたから運ばれたと思っていた、ありのままに起こった事を全て話した。


 すぐに他の先生、隊員の方達に連絡を取った、聖良せいらの言葉が正しければ救急車が学校に到着したタイミングではまだここにいた、正門から外には出ていない、もう一つの出入り口はちょうど清掃の人がいた、誰も来てないと言う。時間が進むにつれて慌ただしくなる教師達。


「まさか、そんなね」


 ボソっと独り言を吐いた聖良せいらはどこかに向かって歩いて行く、明らかに様子がおかしいが誰もそれに気付かず聖良せいらは1人階段を上がって行った。


 妙な胸騒ぎがする、足を踏み出すたび胸が締め付けられるように痛くなる、まだ彼女に何も恩を返していない、最悪な事態を考えながら聖良せいらは屋上の扉を開けた。


 天気は快晴、雲一つない空に輝く太陽、季節は秋になったが少し冷たい風と日光がとても心地よい。そんな屋上で髪を靡かせこちらを向く1人の少女がいた。


「ありがとう、来てくれるって思ってたよ」


「変な考えはやめて、まだ卒業まで1年以上あるのよ」


「懐かしいね、その約束したのって二ヶ月ぐらい前だよね、まだそれだけしか経ってないなんて、聖良ちゃんとはもっと昔から友達だった感じがする」


 靴を脱ぎ、柵を跨ぐ。


「止まって!」


…………


「今まであなたに甘えてたけどもう終わり、次は私の番、絶対守って見せるから…だから…こっちに来て」


 由美ゆみはおもむろに制服を捲って左腕を見せて来た。注射痕の様な跡がたくさん着いている、肌の色も悪い。


「見ちゃったんだよね、アイツらが聖良ちゃんの水筒に何か入れようとしてたの」


「それとあなたがどう関係が…」


「見過ごせないじゃん、大切な友達にそんな事してる奴ら、だから止めたの、そしたらね、入れようとした薬みたいやつ無理矢理飲まされたの…後で分かったけど…薬物だった」


「だったら尚更病院行こ? ごめん、これまで気付いてやれなくて、自分の事しか考えてなかった」


「謝んなくていいよ、聖良ちゃんは悪くない、私がバカだった、もっと早く助けを求めてたらよかった、もう…手遅れなの…疲れちゃった」


「待って!」


 伸ばした手が届く事はない、彼女が視界から消えて数秒、鈍い音が聞こえて来た。最後に見た彼女はいつもと変わらない、優しい声、いつも変わらない、柔らかい表情、いつもと変わらない綺麗な目をしていた。彼女が履いていた靴を抱きしめ、天を仰ぎ大粒の涙を流した。


 それから聖良せいらは変わった、目の輝きが薄れいつもの明るさも無くなった、唯一変わらないのはハッキリと物を言う性格だけ、陽気な人気者から近寄り難い美人に。実家から遠く離れた高校に入学しても何も変わらない、黙れば顔だけで食べて行ける楽な女と軽蔑されて続け高校生活を過ごした、残念な事にそれは今も続いている。


「そうやって生きて来たから人を信じれないのよね、怖くなっちゃうから、美智子やあんたはちょっと例外かな、バカだし」


「あ、そうか……」


「あんたなら過去の事喋っても大丈夫って思ったから話したのよ、そんなに分かりやすく気まずそうにしたら真剣に話した私がバカじゃない、この話知ってるのなんてあんたを入れて3人しかいないんだから」


 聖良せいらにとってとても重く辛い過去の出来事、しかしその話をしている時の彼女はいつもより早口でほんのり顔が笑っている様に感じた、人を信じれないとは言っているが本質的にはやはり人と関わりたいのだろうか?


 そうこうしている内に薬局に着いた、一度通り過ぎるほどに話に夢中になっていた、気が付けばこんな所まで、道中は何もなかった、正確に言えば化物はそこら中にいる、しかしこの雨のおかげで足音が掻き消されているのか誰もこちらに気付かなかった。


電気が通っておらず自動ドアは2人で協力してこじ開けた、中はとても綺麗だった。素早く包帯、湿布、と予定通り色々拝借した。


「あ、聖良、ちょっと来てくれ」


「どうしたの? はぁ、昨日も言ったけど止血剤って言っても種類はいっぱいあるのよ」


「強いて言うならこれとか使えそうじゃない? 使うかどうかは別にしてさ」


「へぇ、あんた意外と知ってるのね、たしかにただ血を止めるならそうだろうけど」


「な? この前みたいにガラス片で出血とか考えたら合ってもいいんじゃね? 試しにさ」


「分かった分かった、注射器もいるから何本か持って行くわよ」


 薬や処置用具はほどほどに回収して最後に備品置き場から適当に注射器をバックに詰め込み次はドラッグストアに向かった、目的は傷口を塞ぐためのワセリンただ一つ。場所は目と鼻の先、いくらレインコートを着ているとはいえ水が浸透して来て気持ち悪い、少し小走りで移動した。


「2日ぶり? だよな、お前と会ってからまだ2日か」


「そうね、もっと一緒にいた気がするわね」


 店内の奥から「うぅぅ」と言う声がする、奴らがいる、幸運な事にワセリンは入ってすぐの棚に置いてある、何故か風邪薬と一緒の棚に置いてある。


「さぁ、行きましょう、ついでに痛み止めとかあってもいいじゃない、これも持っていきましょう」


 手際よく物を詰め込み外に向かって歩いて行く。


「アイツは見とかなくていいのか?」


「美智子の事? 大丈夫よ、別れは済ませた」


 足早にその場を離れる、やはりまだショックは残っている、それもそうだ、彼女にとって数少ない友達の1人なのだから。彼女を追いかける形で後を追う、帰り道に懐かしい物を見つけた、大破した車がまだ残っている。当然と言えば当然だが。


 そう言えば聖良せいらがここで倒れた化物のそばで膝をつき涙を流していた事を思い出した、ちょうどそこの裏路地。聖良せいらは見向きもせず素通りした。永遠とわは横目で確認すると死体は残っている、しかし違和感を感じた。


「動いてる?」


 記憶では室外機の横に倒れていたはずだが、今はそれよりも奥の方で倒れている、それに体の向きも違う様な? 雨である程度血が流されてはいるが残った血痕から見ても動いているのは明らか、わざわざ誰かが動かした? そんな事する必要なんてあるのか?


「永遠! 早く!」


「あ、悪い!」


 この事は後でじっくり考える事にした、今はとにかく早く家に帰る事を優先した。

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