第15話 あの日手放した幸福

「いいのあった?」


「うん、良さげなのあった」


 小粒の雨が振る中、2人はファッションセンターしなむらを訪れた。当初の予定では薬局や聖良せいらと出会ったドラッグストアで物資を調達する予定だったがもう一つ大きな問題を見つけた、荷物を入れるためのバックがなかった、キャンプ用の大容量の物ならあるがあれば少し動きにくい、昨日ホームセンターに行った時のバックは逆に少し小さい。ちょうどいい大きさの物を探しにここに来た、ついでにタオルや下着なんかを調達しに来た。


「あ、結構本格的に降り出して来たな」


 降り注ぐ雨の光景と音を聞いていると心が浄化される気がする、流行りのASMRって言う奴かな?


「永遠、ちょうどレインコートあったからこれ着ましょう」


「あんがと」


 ここで必要な物は調達した。次は薬局、レインコートを纏い外に出た。


「この雨なら血の匂いもかき消せそうだな」


「実際あいつらはどのぐらい鼻が効くの? そもそもなんで血の匂いに敏感って知ってんの」


「どれぐらい効くは分からん。知ってるのは人と化物の狭間で戦い続けた大切な友達に教えてもらったからだよ、なんでそんな能力があるか分からんけど嗅ぎ分けれるらしい」


「ごめん、変な事聞いちゃったわね」


「別に、辛さはお互い様だろ」


 いつもならここで会話は終了していただろう、しかし今は違う、特段会話が弾んでいる訳ではないが距離は少しずつ縮まっている、それまで気になっていた事も自然と聞けるほどに。


「なんで金持ちの癖に普通のアパートに住んでるの?」とか、「なんで急に名前で呼び出したの?」とか。別にこれと言った理由はない、ただ大学から近くのアパートを選んだだけだし、名前は若菜わかなが言っていたのを単純に思い出した、あの状況で無意識に名前を叫んだ、それからは流れのまま名前で呼んでいる。


永遠とわから聖良せいらにもいくつか質問した。「なんでそんなに無愛想なのか?」とか、「親友と呼べる人はいるのか?」とか、デリカシーのない質問をしたと思う、なんで唐突にこんな事を聞いたかも分からない、2日前の聖良せいらならビンタされて終わってる、しかし今なら聞ける、少々不満げな表情をしつつ永遠とわの質問に不本意ながらしっかり答えた。それは予想していたよりも遥かに重く話だった。


 彼女は少し昔の事を話し始めた、それは中学の頃。


元々かなり明るく活発的な少女だった、言いたい事をはっきり言える性格はその頃から変わっておらずその発言力、明るさ、男女問わず人気者だった。


事が起きたのは中学2年の夏頃からだった、彼女に嫉妬した1人の女とその取り巻きによってイジメが始まった、と言っても聖良せいらに直接被害が及ぶ事は一切なかった、彼女にそれが出来るほど肝が据わっていればそもそもイジメなんて起こっていない。


 内容としては至って簡単、聖良せいらに近づき仲良くしている女をターゲットに複数人で囲い込み「今後一切彼女に近づくな」と脅しをかける。


初めは本当にそれだけだった、聖良せいらに助けを求めた生徒の話を聞き直接奴らに文句を言いに行った事もある、しかし彼女達は聖良せいらに対する嫉妬ではなくイジメの快感を覚えてしまった。良くなるどころか悪くなる一方、1人の生徒を必要に狙い出した。


 イジメが起こっている事実は知りつつも誰も助けようとはしなかった、ただ1人、聖良せいらを除いて。


「ねえ、またアイツらにやられたんでしょ?」


「いいよいいよ、物投げられただけだし、ちゃんと帰って来たから聖良ちゃんが気にする必要なんてないよ」


「はぁ、由美ゆみがそれだから標的にされるのよ、あなたが手を出すなって言うから大人しくしてるけどこれじゃあいつか爆発しちゃいそう」


 彼女は特別聖良せいらと仲が良かった訳ではないが、イジメを恐れて離れて行く人が多い中、標的にされてもいつも変わらず接してくれる。いつも不思議に思い何度か聞いた事もあったがその度にはぐらかされる。


「聖良ちゃん、たまには遊びに行かない? 土曜日とかどう?」


「私はいいけど…そんな事してるってバレたら余計大変な事になるじゃない、現にそうなった奴いたんだから」


「大丈夫だよ、辛い事があっても聖良せいらちゃんと話してたらプラスの方に行くから」


 由美ゆみと遊びの約束をしてそれぞれ別の方向に帰った、土曜日は朝から夕方まで思いっきり遊び倒した、カラオケ、ボウリング、由美ゆみがたまにしているカフェ巡りもして凄く楽しい1日だった。もっと2人で色んな事をしてみたい、そう思えた。


 しかしそれは続かなかった。由美ゆみは次の月曜日から学校に来なかった、元々身体はそんなに強くないのでしょっちゅう休んでいたのは知ってる、でも1週間来ない事は今までなかった。


心配になった聖良せいらは放課後、彼女の家に向かった。久しぶりに会える嬉しさと心配の半々で複雑な気持ちになりつつも「きっと大丈夫」と前向きに考えていた。


 家に着くなり早速インターホンを鳴らした。何も反応がなかったためもう一度鳴らした、応答したのは由美ゆみのお母さんだった。


「はい、志崎です」


「あ、こんばんは、私は由美ちゃんと同じクラスの聖良っていいます」


「聖良…せい…ああ! 由美がいつも話してる子ね!」


 玄関が開き、由美ママが出て来た、中へ案内されると、「呼んでくるから座って待ってて」と言い階段を上がって行った。とりあえず問題なさそうだ、会えるワクワクが抑えられず足を上下に動かして今か今かと待っていた。


 しばらくして由美ママが降りて来た。


「ごめんね聖良ちゃん、あの子まだ体調が良くなくてお顔がげっそりしてて見られたくないからお話しするなら扉越しがいいって言ってるわ、それでもいいかしら?」


 顔が見れないのは残念だが仕方ない、今は由美ゆみと会話出来ればそれでいい。由美ママに案内されて部屋の前まで来た。


「ゆ〜み、久しぶり」


「聖良ちゃん、わざわざありがと」


「も〜心配したんだから」


「心配かけてごめんね、私は大丈夫だよ、少しずつだけど良くなってる、来週は行けると思うから心配しないで」


「ほんとに! それなら良かった、あとさ、授業で使ったプリントとかここに置いとくね、ほんとはもっと話したいけどあんまり長く喋ってたら体力使っちゃうから今日は帰るね」


「うん、やっぱり聖良ちゃんは優しいね、私も早く元気な姿を見てもらいたい」


 会話は最低限しかしてないが元気そうです良かった、帰りに由美ママからお菓子をもらい帰って行った。来週の月曜が今から待ち遠しい、喜びの気持ちを抑えられず、鼻歌を歌いながら意気揚々と歩いた。


 そして迎えた月曜日、いつもより早く学校に到着した、由美ゆみが来るのを楽しみに待っている、しばらくして廊下から「大丈夫だった?」と言った声が聞こえて来た、そして教室の扉を開け入って来た、まだ完全に回復している訳ではないのだろう、マスクを付けて顔はあまり見えないが、いつもより暗い感じがする。


「おはよう! 由美!」


 椅子から飛び上がった聖良せいらは真っ先に由美ゆみの元へ走って行った。


「落ち着きなよ〜ここは走っちゃダメだよ」


 気持ちが凄く楽になった、また今日から由美ゆみと一緒の教室で勉強が出来る、そう思っていた。それから問題なく時間が過ぎて行き、お昼休みの弁当をまた一緒に食べれると想像していた矢先、嫌な奴に声をかけられた。


「ねぇ、永江さん、ちょっと私達と来てくれるかしら?」


声をかけたのはイジメの主犯、広瀬真奈美ひろせまなみ、私はコイツの事をゲス美と呼んでいる。


言われるがままに着いて行く。場所は中庭、てっきり複数人で囲み体育館裏で武力行使でもするのかと思っていたが違った、まぁ群れているのは変わらないが。


「ねぇ、あの子可哀想だと思わない? あなたのせいで、あんなになるまで傷付けられてるなんて」


「良く今更そんな事言えるわね、小学生が覚えたての言葉使うんじゃないんだからもっと捻った事言いなさいよ、やっぱり頭悪い奴との会話は疲れるわ」


「おい、立場分かってんのかよぉ」


 1人が脊髄反射の如く挑発に乗った、それに釣られて他の数人もそうだそうだと言わんばかりに粋りだした。それを見た聖良せいらは内心ほくそ笑んで堪えるのに必死だった。


「ふふ、余裕の表情ね、けどそれはいつまで続くかしら」


「どう言う意味?」


「別に、ただあなたの大事な友達をこんなにも簡単に1人にしていいのかな? って思いましてね」


 その言葉の意味が分からなかった、いつもの脅しみたいな物だと思い込んでいた、するとなにやら周りが騒がしい、中庭から校舎を見上げると、一箇所に人が集まっている、その場所は私の教室…由美ゆみもそこにいる。


「な!?」


 周りを囲む取り巻きを押し除け教室に向かい全力で走った、ただ由美ゆみの事だけを考え必死に階段を駆け上がって行く。

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