第12話 不等価交換

 永遠とわはカバンの中を一度整理するためその場にしゃがみ込んだ、2人の男は勝ち誇った笑い声をあげている。


「しかし、お前の仲間はとんだチキン野郎だったな! 余程自分がかわいんだろうな、あっさり女を捨てやがったよ、なぁ、すげぇ美人じゃねぇか、名前は? スリーサイズ教えろよぉ」


「気持ち悪い、顔近づけないで」


 この大男は息を荒げながらの私の匂いを嗅ぎ出した、全身から汗が流れ凄まじい嫌悪感に襲われた、やはり化物なんかより人間の方がよっぽど怖い、如月きさらぎはなにも話さず帰宅の準備をしているだけ、結局男は同じ、少しでも期待したのがバカだった。


「ゲヘヘヘ、あんな上玉な女が俺たちのぉ〜ウヘヘ! グフフフ!」


……ツ……ツ


 その時何かが聞こえた、足音だろうか? 永遠とわ聖良せいらは気付いた様子、しかし2人の男は全く気にしていない、そのピンヒールの様にコツコツと聞こえる足音は少しずつ近づいてくる。


「ん? 誰かいるのか? おい! 後ろだ後ろ!」


 声を震わせながらこちらを指差した、その表情、焦り、視線が一気に自分に向く、雰囲気を察し全身の血が一気に引く感覚に陥を体験した。気付かぬ内にあと一歩で手が届く距離まで詰められていた。動揺した男は「へぁッ!?」っと声にならない弱々しい音を発した。耳をすまさなくとも心臓の音が聞こえてくる。


「ケッ! ちょうどいいじゃねぇか、そいつをぶっ放してやれ!」


「え、そ…そ、そうだな、ヘッ! ビビらせやがって」


男は化物に銃口を向け上唇を舌舐めずりした、その行為は余裕を表す行動なのかただ無意識に自身を落ち着かせる行為なのか分からないがこのままでは男は死ぬだろう、それは何故か? すぐに分かる。


外さぬよう充分引き付けた男は勢いよく引き金を引いた。が、無情にも「カチッ」と言う音が店内に鳴り響いただけ。セーフティーを外していないので当然である。


「おい! なにやってんだ!」


「うええ! なんだよこれ、使えねぇじゃ!」


「もういい! そんな奴蹴り飛ばせ!」


 そんな言葉は指一本動かす事の出来ないひ弱な男には届かない、先程まで高笑いをしていた人物とはまるで別人のごとく面影がない。「終わった…」心の中でそう呟いた男は向けた銃口を下げ、引き攣った笑みを浮かべた。しかし男の人生はまだ終わらない、離れていく化物、暗い店内でなにが起きたか一瞬分からなかった、緊張の糸が切れ力なくその場に座り込んだ。見上げるとそこには永遠とわがいた。


「如月! あんたなにやってんの、そんな奴無視してればいいでしょ!」


「イテッ! おい、あばれるな! なにぼさっとしてんだ早くこっちまで来い!」


「いや、それが…」


 男の足は痙攣した様にプルプルと震えている、下半身に力が入らず立ち上がる事も動く事も出来ない。


「まぁ安心しろ」


「へぇ?」


 永遠とわは男の肩を叩き同じ目線まで腰を落とした。


「なぁそっちの大男さん、俺と取り引きしないか?」


「取り引きだぁ?」


「そう、条件は簡単、この銃はお前達にあげる、今からセーフティーの外し方とかも教えてあげる、弾も全部あんた達のもん、その代わりそいつは……聖良は返してもらうよ」


「断れば?」


「そんなのコイツを無視するだけだろ、大人しく餌になってもらう」


「あ、お…おおおおい! 純平くん! 考えてる時間ねぇよ! 助けてくれよ!」

「ほ、ほら! さっきの奴立ち上がったぞ!」


 蹴り飛ばされた拍子に頭を棚に勢いよくぶつけ動き出すまで間を置いたが、なにも無かったかの様に再び近づいて来た。それを見た大男じゅんぺいは言いなりになるのは癪だがそんな小さなプライドは捨て聖良せいらを解放した。それと同時に永遠とわは化物の左足に銃弾を浴びせた。腿の筋肉が破壊された化物は一瞬動きが止まった。


「おおい! やく教えてくれ!」


「いや、まだだ」


「はぁ!?」


「その拳銃も返してくれ、そいつだけは絶対手放すわけにはいかねぇんだ」


 言われるがままに所持していた拳銃を聖良せいらに手渡した。そして再び銃弾を、今度は右膝を撃ち抜き関節を破壊した。


「さぁ、これで教えられるな、一回だけだからしっかり覚えろよ、リロードから教えとくから」


 永遠とわは手順を一つずつ丁寧に教えた、目の前の化物は足が破壊されて這いつくばる事しか出来ないがどうしてもそちらに意識が向く、男は永遠とわの話を聞きつつ化物の動きを確認近づくたびに鼓動が速くなっていく。


「そんで最後にここを引いけば…さぁこれで終わりあとは撃ち抜くだけだ」


 照準は化物の頭に、しっかりと狙いを定め男は体を震わしながら引き金を引いた。


「…! くたばれぇ!!!」


 雄叫びと共に銃声が店内に響き渡る、放たれた銃弾は確実な頭を撃ち抜いた。安堵の表情を浮かべ小銃を床に置いた。


「これでもうお互い貸し借りなしだな、あと引き金のあたりに着いてる奴を動かせば連射フルオート単発セミオートで切り替えれる、奴らを倒すには脳を殺すかダメージを与え続けて修復速度を上回るかの2択だけだ」


「それと勝手に入って来て悪かった、出てくよ、聖良も怪我はないか? 早く帰ろう」


「あ、ちょっと、懐中電灯忘れ……」


 なにやら如月きさらぎの様子がおかしい、焦っている? 腕を掴み何かから逃げる様に離れた。初めて出会った時の事を考えれば大胆な行動をするのは別に驚きはしない、しかしこれは大胆と言うか別の意図がある様に私は感じる。


元々ここでバイトをしていたとの事なので明かりがなくとも店内のマップが頭に入っているのだろうがあまりにも強引すぎる、しかし今は黙って着いて行く事だけを考えた。


「はぁ〜なんだったんだよアイツ、あの落ち着き様と銃の知識、もしかして結構ヤバい奴だったりしたのか?」


「でも心強い武器と弾はてんこ盛りだ、コイツで暴れてやるよ グヘヘヘ」


「でもよ純平君、化物こいつどっから入ってきてんだ?」


「入れる訳ないだろ、あの2人が電子ロックを解除して入って来た所は監視カメラでしっかり見てる、あそこは自動で鍵が閉まるし外からは入れない、考えられるのはそこら辺の死体が起き上がったぐらいだろ、俺たちだってここを見つけて半日ぐらいしか経ってないんだから」


「それもそうか、いた奴らは全部ぶっ殺したと思ってたけど漏れがあったって事か、危ねぇ危ねぇ」


 2人で雑談をしていると右から足音が聞こえた。


「ん? なんだ、まだ何か用があるのか」


「さっきの奴らか? そう言えば懐中電灯忘れて行ったぜ、ほらよ」


「わざわざこんなもん取りに来るほどの物じゃねぇだろ」


「うぁぁぁあああ!」


「な!?」


 暗闇から現れた化物は純平じゅんぺいを押し倒した、助けを求めた純平じゅんぺいに近づきすぐにその化物を引き剥がした。


「くそ! もう一体起き上がって来たのか、運がねぇよほんとに」


「でもちょうどいい! 俺のマシンガンが火を吹くぜ!」


 意気揚々と銃を構えた男は次の瞬間衝撃の光景を目にした。立ち上がる化物の後方に悍ましい数の化物が現れた、それだけではなく周りも囲まれた。


「どうなってんだ!? 起き上がったって言ってもこの数…麗矢れいや! どこか開けっぱなしにしてやがるな!? このグズ!」


「そんな! 俺はちゃんと確認したぞ」


 うぁぁああうあぁぁ……化物がすぐそこまで迫って来ている。


「話はあとだまずは逃げるぞ」


「俺はちゃんとしてた、絶対ミスってねぇ」


「麗矢?」


「死ぬ? 奴らに食べられて俺の人生が終わる? ……ふざけんじゃねぇ! お前らなんかにやられるかよ! 死ね! 死ね! 死ねぇ!!!!!!!!」


 突如発狂した麗矢れいやは全方向に弾を乱射し始めた、銃弾が純平じゅんぺいの左腕に命中しても尚撃ち続けた、ここにいれば銃殺されるか食べられるかな2択しかない。


刹那、純平じゅんぺいは一か八か比較的化物の少ない場所を見つけ出し突進した。幸運にも他を巻き込み化物を吹き飛ばした事で道が生まれた。包囲から抜け出し必死に距離を取る。それから数秒、弾が尽きたのか銃声が止み、空の薬莢が床に落ちる金属音が…


 次に聞こえて来たのは悲痛な断末魔とれいやを貪る咀嚼音だけだった。

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