第9話 痛み分け

「美智子…ほら! 水持って来たよ、それとも先に何か食べる?」


 問いかけるが反応がない、ゆっくりと近付いてくるが明らかに様子がおかしい、聖良せいらも馬鹿ではない、目の前にいるのは美智子みちこであって美智子みちこではない事など分かっている、しかし諦めきれない、汗を流しその場でじっと立っている事しか出来ない。


(どうすれば…? 立ち止まった?)


「ら…げて……」


「!? 美智」


「ああぁ!!!」


 その時が来た、僅かに残った理性も全て消え去りただ目の前の聖良えさを求めて襲いかかって来た、足がすくみ反応に遅れた聖良せいらは死を悟ったが、掴まれる寸前で横から突き飛ばされ床に倒れた、顔を上げると美智子みちこ永遠とわを押し倒し喉元へ噛みつこうとしていた。


(強すぎだろ! なんて力してんだ)


「うあぁぁぁ!!!」


「だめ! 美智子!」


 聖良せいら美智子みちこ永遠とわから引き剥がそうとしたが、振り解き再び永遠とわを襲おうとした、引き剥がす事は出来なかったが、美智子みちこの体が少し浮いた隙を見逃さず、体の間に足を入れそのまま美智子みちこを押し出した。


「大丈夫?」


「あれは友達?」


「そうだけど…今はもう……」


「そっか、覚悟ができてるなら話は早い」


 銃を取り出し慣れた手つきでセーフティーを外した永遠とわは、聖良せいらが静止する間もなく引き金を引いた。


「美智子……これじゃ何も変わってないじゃない……」


 聖良せいらは横たわる死体みちこに近づき膝から崩れ落ち下を向いた、その光景を見た永遠とわは1週間前のあの事を思い出した、人殺しと罵られたあの日を。


「……クソ! 早く逃げましょう、あんな音立てたら外の奴らが入って来る、どこに避難してるか知らないけど案内しなさい」


 聖良せいらはそう言って自身の上着を脱ぎ美智子みちこの顔を隠すように覆い被せてから立ち上がった。


「あんた怪我してるじゃない、じゃあこのバッグは私が持つからあんたは護衛しなさい」


「え? 分かっ!?」


 危険を察知した永遠とわは咄嗟に 後ろ回し蹴りをした、その蹴りで化物の頭を捉えると首の骨が折れたのか変な方向に曲がっていた。


「何! どうしたの!? もうこんなに近付かれてるの!?」


「ミスったな、油断した」


 気が付けば周りに数体の化物がいる、まだ包囲されている訳ではないが、このまま逃げても大量の化物を引き連れる事になる可能性が高い。


「とにかく早く行きましょう、今ならまだ間に合うわ」


「…先に行っててくれ」


「はぁ!?」


「そこの従業員用の扉から裏の駐車場まで行ける、多分出て左側に大破した車があるからそこで待っててくれ、俺はコイツらを一旦反対側まで引っ張る」


「いや意味わかんない、そんな事するより振り切った方がいいでしょ?」


「いや無理、アイツらは血の匂いに集まって来る、これで逃げてもついて来るかもしれん、さっき押し倒された時にガラス片か何かで切っちまった、怪我は大した事ないけど出血はそれなりにしてるから誤魔化せないだろうな」


「でも…」


「いいから行け、俺の合図で動け」


「……分かった」


「3…2…1…」


 永遠とわの発砲と同時に2人は別の方へ走り出した、音と匂いに釣られほとんど永遠とわの方へ向かったが何体か聖良せいらの方へ向かってしまった、それを見た永遠とわは一度立ち止まってからその化物達を撃ち抜いた、永遠とわの援護のおかげもあり聖良せいらは予定通り従業員用の扉を開け裏の駐車場へ向かった。


「なんなのアイツ、普通学生があんな所から正確に撃ち抜けるなんてありえない、作戦もめちゃくちゃだし、ほんと頭いいのか馬鹿なのか分かんなくなる」


 気が付けば裏の駐車場まで来ていた、化物が追って来る事はなかった、店の中から聞こえて来る銃声は少しずつ遠くなっているのが分かる、無事に逃げ切れたのだろうかと心配をしつつも永遠とわが言っていた待機場所を探した、周りを見渡すと確かに大破した車がそこにはあった、車の影から永遠とわが逃げたであろう方向を確認すると複数の化物が何かを追いかけていた、それが永遠とわである事は間違いないはず。


「見える範囲だけでも結構な数いるじゃない、ほんとに大丈夫なのかしら」


 バッグを置きその場にしゃがみ込んだ聖良せいら美智子みちこの事を考えていた、思い出せば思い出すほど涙が出て来そうになるが今は我慢した、まだ安心はできない。


「ん? ちょっと待てよ…もし何かあって私がここにいなかったら如月はどうすんの……メモぐらい残しとかないと」


 もしもの事を考えメモを残す事にした、紙は大丈夫、適当に商品のパッケージを使えばなんとでもなる、問題は筆記用具、バッグの中を探したが入ってなかった、どうするか悩んでいるとズボンのポケットの中にシャーペンの替芯が入っていた、これは美智子みちこから借りた物でそのまま返すのを忘れていた物。


「ありがとう美智子…でもどうしよう地面じゃ書きにくいなぁ、平らな物ないかしら、車も大破しちゃってるからガタガタだし……」


 周りを見渡すと路地裏に置いてある室外機を見つけた、幸運が重なり気分が高揚した聖良せいらは軽快な足取りで路地裏に向かった。


一方その頃〜〜〜


「やっと止まってきたか」


「うぁああぁ」


「うざ、どんだけ血に飢えてんだよ、ほらよ、これあげるから一生そのハンカチ嗅いでろ」


 作戦は成功し化物達を聖良せいらがいる場所から引き剥がす事に成功した、出血は完全に止まっている訳ではないが流石に微量の血液の匂いで正確な位置を捕捉することは不可能な様だ、後は奴らに見つからずに戻るだけ、なるべく時間をかけたくはないが仕方ない、かなり遠回りをしてドラッグストアの駐車場が見える所まで戻って来た。


「やっと着いた、でもまだちょっといるなぁ、もうちょい遠回りしていくか」


 さらにほんの少しだけ迂回して目的の場所、大破した車まで辿り着いた、しかしそこに聖良せいらの姿は見えなかった、車のそばにはのバッグだけ置かれていた、何かあったのだろうか、とにかくバッグを回収するために近づいたその時、誰かの啜り泣く声が聞こえて来た、聞こえて来るのは路地裏の方からだった、声のする方へ向かうとそこにいたのは死体の前で涙を流す聖良せいらがいた、声をかける前にこちらに気付いた聖良せいらは涙を拭い立ち上がった。


「遅かったわね…」


「あ……行こう…」


 それから言葉は何も交わさずに、2人で永遠とわの住むアパートに帰って行った。


 帰り着くなりまずは怪我の治療を始めた、永遠とわは怪我をした右腕を、聖良せいらは少し左足を捻っていたらしく美智子みちこのために手に入れたサポーターを使用して処置した、それが終わると食事、永遠とわは1週間ぶりで聖良せいらもまともな食事はしていないらしく、会話をすることもなく暗い空気の中菓子パンやカロリーバーを食べた。


 食事も終わり外も暗くなって来た、水が汚染されている可能性を考え風呂には入らないが、少しでも体を清潔に保つためにウェットティッシュを使い体を拭いた。


「如月、寝る場所ある?」


「ベット使っていいよ、俺はソファで寝れるけ大丈夫」


「ありがとう、悪いけどもう寝るわ、なんか…疲れちゃった」


「…おやすみ」


 本来寝るにはかなり早い時間だが仕方ないだろう、友人との別れは辛い、一生分の悲しみを受けたと言っても過言ではない。


 向こうは永遠とわの事を少し知っている様だがこちらは聖良せいらの事は何も知らない、出来ればお互いの事を知りたかったがそれは明日にお預け、永遠とわは椅子に座りパソコンの電源を付けた。

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