第7話 非力な光は影を生み出せない

「落ち着いた?」


 2人は近くにあるふれあい広場のベンチに座っていた、ここは学生達が日々の勉強疲れの合間の気分転換の場所としてよく使う、とても風当たりがよく心地の良い場所、先程まで泣いていた若菜わかなも少ししたら落ち着きを取り戻した。


「うん、ありがと。 いきなりだけど…いつから気付いてたの?」


「再会した時からなんとなく、その後の行動で確信した、ふざけて全国経験者なんて言ったけどあれは無理があるやろ。噛まれたのは右腕か?」


「うん」


 そうすると若菜わかなは上着の袖を捲り、巻いてある包帯を外し傷口を見せた。


「やっぱりか、朝は袖を捲ってたのに会った時は捲ってなかったからなぁ」


「あぁやっぱりそこなんだ、相変わらずいい洞察力だねぇ」


…………


「今どんな感じ? その…体調とかさ」


「体調か…よく分からない、でも…少しずつ体が蝕まれてるのは感じてる、永遠が一緒じゃなかったらもう終わってるかも」


「奴らの生態に詳しいのもそれが原因か? 血の匂いに敏感ってやつとか」


「そうだねぇ 私も分かんないよ? でもなんだか感じ取れちゃうんだよ、生きてる人間の血の匂い、だから永遠もこれから気を付けてね、怪我したらまずしけつうゔ! がは!」


 突然苦しそうにうずくまり口から血を吐いた、内臓が破裂したかの様な激痛が身体中を襲い立ち上がる事すら困難な状態にも関わらず若菜わかなは立ち上がり、永遠とわに笑顔を見せた。


「若菜…そもそもどうしてこんな…」


「もう時間が無いみたいだね、大丈夫、何をすべきか分かってる、この高さなら…楽に死ねる」


 永遠とわの言葉を遮る様に若菜わかなは言葉を発し、思い足取りで柵を跨ぎいつでも飛び降りれる様に準備をした。永遠とわはそんな若菜わかなをただ見つめている事しか出来なかった。


「あ、そうだ、覚えてる? 私達2人の、初めての夜の事」


「なんだよ急に」


「別に…凄い楽しかったなって、こんな事になるなら、もう少し誘って、なんなら時間があれば今からでも…なんちゃってぇ ははは…どうしたんだろう私、そもそもありえないよね、こんな体になった私の事なんて女として見れる訳無いもんね〜」


「そんな事ねぇよ」


 永遠とわは柵を掴む若菜わかなの左手に自信の右手を重ね、左腕で腰に手を回しこちらに引き寄せそのまま口付けを交わした。


 たった数秒、それでも2人にとってかけがいの無い大切な時間、心に深く刻まれた大切な瞬間だった。


「ありがとう。あ、関係ないんだけどさ、そう言えば、方言出てないね」


「あぁ、こんな状況やしな、そもそもこっちに来てから意識せんとでらんくなったんよね、やけん家族に電話した時もたまにそれイジられる」


「永遠の家族ってほんと仲良いし楽しそうだよね」


「まぁ、子供の頃はしょちゅうくらされたけど」


「ふふ、タフな生き方して来たんだよね〜永遠は」


…………


「それと永遠、さっき言葉遮っちゃったよね?」


「俺の? なんかゆったっけ?」


「えっと〜そもそもどうしてこんな状況になったのか、希はどうしたか とか聞きたかった?」


 若菜わかなは突然真剣な眼差しになりそう問いかけた、確かにそれは気になった、固唾を飲んで若菜わかなを見つめた。


「まぁ知りたいよねぇ うーん、これだけ言っとく……永遠は私みたいにバカじゃ無いから…後悔しない様に…自分のためだけに生きて…じゃあね」


「それどう言う意味…若菜!」


 若菜わかなは飛び降りた、最後に見た彼女の顔はいつもの様に明るく優しい笑顔、しかしどことなく悲しげな表情にも見えた、もっと話がしたい、彼女を失いたく無い、そんな気持ちは残っていた、しかし体が動いた頃にはもう遅かった、どんどん遠ざかっていく若菜わかなの手のひら、必死に手を伸ばすが掴めるはずもなくそのまま視界から消えた。しばらくして鈍い音が下から聞こえて来たが下を確認しなかった、歯を食いしばり感情を抑えたままゆっくりと振り返り歩き出した。


 その後は予定通り職員用の扉から一階まで降りて行った、4人でここを目指したはずが気付けば1人、3人もいなくなった、厳密に言えば初めから若菜わかなは助からなかった、しかし奇跡を信じてここまで進んで来た、当然そんな事は起こらなかった、むしろ最悪の結果になったかもしれない、人の醜さを目の当たりにし心底怒りを覚えた事はあれが初めてだった、それでも最後まで自分の信念を貫きどんなに苦しくても決して弱音を吐かず、他人を思いやれる若菜わかなの最後を見届けられたのは永遠とわにとって不幸中の幸いだったかもしれない。


 若菜わかなとの思い出やこれまでの出来事を思い出しながら目的の職員用駐車場までやって来た、こちら側に逃げる学生はおそらく1人もいないので辺りに化物の気配は1つもない、慣れた手つきでゲートを開き2号館への扉を確認すると案の定開いている、おそらく智理ともり達は無事に脱出できたのだろう、永遠とわの車はそこにあるが外の騒がしさから察するに車など使えるはずがないため歩いて出口を目指した。


「おう、遅かったな永遠、まぁ別に心配はしてなかったけどよ、もし会えなかったらってちょっと不安になっちまったのは事実だな」


 いつも聞きなれている声が扉の方から聞こえて来た、間違いなく智理ともりの声、扉で隠れて顔は見えていないが足だけ見えた、座り込んでいる様だ、永遠とわはすぐに駆け足でそちらへ向かった。


「律儀に待ってくれてるなんてお前らしいな、他の連中もどこかに隠れてるのか? な訳ないよな、どうせ置いて行かれて…」


 永遠とわは目を疑った、そこにいたのは智理ともりで間違いはない、しかし智理ともりは…


「は? なんだよ、その怪我…なんで全身血だらけなんだよ!」


「怪我? 何言ってんだよ、怪我なんてヌルいもんじゃないよ、もう終わりさ……そうか、その様子だと若菜もダメだったんだな」


「なんで、何があってこんな事に」


 智理ともりは右手の骨が砕けるほどの力で思いっきり地面を殴った。


「全部あのクソ女の仕業だよ、俺がこうなったのは」


「希の事言ってんのか?」


「そうさ、自分の命が最優先、それは別におかしくもなんともない、むしろ普通、でもアイツは利用できるものはなんでも利用しやがる、俺の足を撃ち抜いて囮にしやがった!」


「嘘だろ、なんで」


「赤の他人を助けようとした俺を邪魔だと思ったんだろ、だから利用して消したんだよ、俺達はあんな奴と今まで一緒に活動してたのかよ」


 永遠とわは自然と涙を流した、若菜わかなの前でも涙を流さなかった永遠とわが、悲しいからなどと言う単純な感情ではなく永遠とわの中で何かが壊れた様な感覚があった。


「へぇ〜お前も泣くんだな、それよりも聞けよ、イテテテ……最悪な結末になっちまったけど、お前に会えて幸運だったぜ、ちょうどお前にしか頼めない事があったんだよ」


 智理ともりはいつもの様にジャケットから拳銃を取り出した、そしてそれを永遠とわに渡した。


「頼みって、これがどうした?」


「ここに来て鈍感なフリか? 分かるだろ? そいつで俺を殺してくれ…俺を人間のままでいさせてくれ、お前にしか…頼めない 外すなよ?」


 流石の永遠とわもこの状況で即答できるはずもなく、下を向き全身を震わせた。それを見た智理ともり永遠とわが握っている拳銃を掴み自身の額に銃口を当てた。


「へへ、お前も迷う事あるんだな、なんか親近感……さぁ撃ってくれ、後はその引き金を引くだけ、お前が来てくれるって信じてたから俺は今もこの状態でお前と話せてる、もう限界なんだよ…」


…………


「まぁ、どうせ別れるならもっと話したかったよな、お前の事もっと知りたかった、大人になってお互い別々の場所で仕事をして、たまに飲みに行ったりとかしたかった、それはもう不可能、再開していきなりお別れなんて酷すぎるよな? ごめん、全部お前に押し付けて、結局俺はお前みたいなヒーローになれなかったよ……俺の分まで生きてくれなんて我が儘は言わない、お前は自分のために生きたい様に生きてくれ! そんなお前の事を俺や若菜は尊敬してた…そんな顔すんなよ、前向いて行こうぜ!」


…………


(クッッ!!!)


 銃声と共に大量の血と脳が飛び散った、永遠とわは膝から崩れ落ち先程まで智理ともりが握っていた自身の両手を見つめた、たとえ困難に陥ってようが誰からも声をかけられる事はなく改めて大切な仲間を2人も失った実感が湧いた、永遠とわは己の無力を嘆き1人涙を流した……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る