第6話 非情

 フロアに鳴り響くけたたましい音を止めるべく永遠とわはカバンからPCを取り出し作業を開始した。


「確かこれは校内システムと連動してるから大元を止めれば……電波が拾えれば楽だけどそれよりも職員端末がどっかにあるはず」


 ここは学生達が勉強や校内システムにアクセスする際に集まる、そのため数多くの端末が置いてあり広さもそこそこある。


「ここ来ねぇからわかんねぇ、確かこのフロアを管理してるサーバーに繋がる端末があった様な…これかな?」


 なんとか目的の端末を見つけ出し自身の端末と接続した、本来許可されてない端末を接続しても弾かれるだけだが、永遠とわは無理やりセキュリティを突破、入れさえすればあとはブザーと連動したシステムを止めるだけ。

ふと横に目をやると若菜わかな達はまだその場に留まっていた。


「おい何やってんだ! 早く先に行ってろ!」


「分かってる! 分かってるけど百合香ちゃんのお母さんが 後ろ!」


「!?」


 起き上がった化物は永遠とわを襲うが、こちらに向かってくる勢いを利用し、しゃがみ込んだまま巴投げの要領で投げ飛ばした。


「ふぅ よかった…うだうだしてられない、行きますよ! 百合香ちゃんもついて来て!」


 立ち尽くす百合香ママの腕を掴み走り出した、百合香ゆりかちゃんが先頭を走っていたが、若菜わかなはそこで止まるように大声で叫んだ、百合香ゆりかちゃんは驚きその場でピタッと足を止めた、すると階段から化物がぞろぞろと上がって来た、ブザーは止める事が出来たが少し遅かった、あと一歩の所で道を塞がれた。


「一度下がりましょう、出口はここだけじゃありません」


「いや、無理だね」


「永遠?」


 永遠とわはそう言って後方を指差した、そちらも同じく音を聞いて集まって来た化物によって退路を塞がれた。少し考えた後にこの最悪の状況を打破する為に若菜わかなは苦渋の決断を下した。


「私がなんとかして食い止めるから永遠はその間に扉を開けて、出来るでしょ?」


「そんな無茶な作戦、俺が出来るかどうかじゃなくてお前次第だぞ」


「大丈夫、私に任せて」


 2人は作戦を立て実行しようとした時、突如百合香ゆりかママは百合香ゆりかちゃんを抱き抱え出口の方へ走り出した。


「何やってるんですか!? 私が引きつけるのでその隙に!」


「あんた達は理想でしか物を語れないの? そんな甘ったるい青春ごっこやる趣味なんてないのよ、大事なのは効率よく自分を守る事よ!」


 次に百合香ゆりかママのとった行動はとても人とは、ましてや親のとる行動とは思えなかった、潜在的に脳が理解する事を拒む、たった数秒の出来事、しかしその数秒は時計の針を見続けているかの様に長く脳に焼きつく、2人は今後その光景すうびょうを忘れることは出来ないだろう。


 百合香ゆりかママは抱き抱えていた百合香ゆりかちゃんを化物目掛け…


投げ飛ばした…


(え?)


…………


「さよなら…


…………


(お母…さん?)


…………


バカなあのひとの…


…………


バカ人形むすめちゃん♡」


「がぎゃあ!!」


 先程までとは違い、生々しい匂いと共に校内に響き渡る不快な音、化物達は天の恵みを受け取る様に百合香えさに群がりぐちゃぐちゃと音を立て肉を噛みちぎって行く、朦朧とする意識の中目の前を美里ははおやが横切って行く。


「お……かぁ…いい子…す………から……


 小さな手を伸ばし必死に助けを求めた、しかしそれが届くことはない、百合香ゆりかは愛する母に裏切られた絶望の中無惨に食い尽くされていった。


「出口はすぐそこね! 生き残れればいい事なんていっぱいあるのよ〜♡」


 美里みさとは目的の出口に到達し扉を開けようとした、が、開かない、この売店フロアの扉は関係者が利用するもの、職員カードか永遠とわのハッキングじゃないと開ける事は出来ない。


「何よこれ! あんたらよくも騙してくれたわね! 人を弄んで楽しい訳!? ほんと有り得ない! 死んで償え!」


「あのクソが」


 美里みさとは腕を組みながら暴言を吐いた、その声に反応したのか倒れていた死体が動き出した、すぐに美里えさを認識し、ご馳走に巡り会えた化物は歯を剥き出しにし這いつくばりながら少しずつ確実に近づいて行く。


「じょ、冗談じゃない! 来ないで! こんな所で死ねる訳ない、あんたら! 早く助けろ!」


 当然永遠とわは彼女を助ける気なんてない、頭の中で別のルートを探していた、多少強引でもここを突破しないと話にならない、そんな事を考えていると若菜わかなが指示を出した。


「私が百合香ちゃんに群がってる奴らを蹴散らすから永遠はあの人を助けに行って」


「は? なんで俺があいつを、それに2人なら別のルート探せるだろ」


「ダメ! 命は平等…絶対助けて私の前に連れて来て」


 若菜わかなの指示通り永遠とわは目の前の化物を無視して美里みさとの方へ走って行った。そして怒りに身を委ねた若菜わかな百合香ゆりかちゃんに群がる化物共の頭を片っ端から粉砕して行った。


「やっと来たわね、早くこの扉を開けなさい! 奴らは鈍いからこっちに来る前に開けるなよ!」


「そんなに騒ぐ元気があるなら後ろのやつの相手でもしてなよ、前しか見えないならこの先死ぬよ」


「え?」


 美里みさとは背後にいた化物に気付くのが遅れ、反応した時にはすでに遅く右肩の辺りを噛まれた、悲鳴を上げパニックになった美里みさと化物そいつを突き倒しあろう事か自ら永遠とわから離れ反対側の隅まで逃げて行った、次々と起き始めた化物達は永遠とわに目もくれず美里みさとを追いかけて行った。


「なんでよ! 永遠そっちの方が近いでしょ 来るな!」


 永遠とわ美里みさとに目もくれずハッキングをやめなかった、しかし若菜わかなの言葉を思い出し、重い腰を上げて美里みさとの方へ向かった。


 隅に追いやられ逃げ場のない美里みさとは頭を抱え込みその場にうずくまった、これが家族を捨て自分を選んだ天罰が下だったのか? そんな事を思いながら現実を目を背けた。


「うがぁ」


「ぎゃがあ」


 聞こえて来たのは化物の鈍い声、ふと顔を上げると、自分を取り囲む化物達の向こう、次々と倒れて行く化物、永遠とわがそこにいた、こちらに意識が向いている化物を後ろから1発で仕留めている、その一筋の光を求め美里みさとは飛び上がる様に走り出した。


「イタィ! 邪魔! 離せ! …見えた! 私を助けてくれる人が! 私の王子様! さぁ…この手を掴ん……


 腕を掴まれ、噛みつかれながらも美里みさとは包囲を抜け出した、目の前に突如現れた光、それを求め精一杯腕を伸ばした美里みさとは次の瞬間腹部に強烈な痛みを覚えた。


(…? 痛い? 蹴られた? なんで)


 美里みさとの目に映った光はただの幻想だった、永遠とわは初めから助けるつもりなんてない、裏切られた悲しみを味合わせるためにここまで来ただけだった。美里みさとはあるはずのない光を求め舞い上がり絶望へと叩き落とされた。


「きゃああああああああ!!!!!」


 待望の美里えさにありついた化物達は下品な音を立てながら貪り尽くす、最後の力を振り絞り必死に助けを求めるがすでにそこに永遠とわはいなかった。


「人間のまま死ねると思うなよ…下衆が」


 すぐに悲鳴は消え、咀嚼音がフロアに響き渡った。


〜〜〜〜〜〜


「なんで助けなかったの?」


 扉をハッキングし解錠、そして残りの化物を始末したタイミングで若菜わかながやって来た、永遠とわに対して不満を口にしながら何か言いたそうにしながら食い荒らされた美里みさとの死体を見つめていた。


「半分以上食べられてるよなこれ、流石にこの状態だと化物にすらなれねぇかな」


「質問に答えて、なんで助けなかったの?」


「意味のない事はしたくないんでね」


「意味? そんなのいくらでもある、この人がした事が許せない、この人には苦しみが必要なの、こんな所で死んだら意味ない!」


「それならもう終わってる、絶望に叩き落とされた気持ちは身を持って知れただろ」


「それじゃ足りない! もっと…もっと必要なの! 泣いて喚いても足りない苦しみが」


「馬鹿馬鹿しい、そんな無駄な時間使うほど暇じゃないんだよ」


 永遠とわのその言葉に熱くなった若菜わかなは涙を堪えた表情のまま胸ぐらを掴み、そのまま壁に押し付けた。


「見なかった? 百合香あのこの最後の顔、あんなに小さな子供がする表情じゃなかった、美里あいつにはもっと……もっと……だから最後に…せめて…」


…………


「だから時間の無駄だって言ったんだよ、お前、美里あいつを食い殺す気だったんだろ?」


「な!? 何言ってるの…」


「ほんと嘘が下手だな、最後ぐらい、人間のお前と2人っきりで居させてくれよ、そのために1秒でも時間が欲しい」


「永遠……私…」


「ごめん」


 永遠とは若菜わかなをギュッと抱きしめた、その瞬間これまで堪えていたものを全て吐き出す様に永遠とわの胸の中で泣き叫んだ。

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