第5話 受け継ぐ覚悟〜受け止める現実

「その時計…お前が若菜にあげた物じゃ…さっき希と一緒にいたのは若菜じゃなかったのか?」


「確かに若菜の時計だとは思う、けどよく考えてみろ、身につけてる物の1つや2つ落とすなんて珍しくもない、考えるだけ時間がもったいない」


 下を向いたまま話す永遠とわの表情はよく見えないが、今まで見た事がないほど動揺しているのは確かに感じる、先を急ごうとした時、ちょうど下の階から女性の悲鳴が聞こえた、若菜わかなの声ではないのは分かるがどうしても気になってしまう、それでも永遠とわは可能性ではなく事実を選んだ、のぞみは連絡橋を渡り2号館へ行った、追いかければすぐに合流出来る。


「永遠! そっちじゃない、行けよ! 助けに」


「何言ってんだよ、こんな時にも冗談か?」


「お前って動揺したらそんなに分かりやすいんだな、ギャップ萌えってやつか?」


「…………」


「この時間がもったいないんだろ? だったら早く行け、合流地点は駐車場、お前なら大丈夫、たまには俺の事も信じてくれよな、もう無理はしないさ、ヘマしたら島さんに合わせる顔がねぇから」


「ありがとう、先に行っててくれ、すぐ合流する」


 お互いに拳を合わせ別々の方向へ進んだ、智理ともりはそのまま2号館へ、永遠とわは下の階へ降りて行った、声の場所など把握出来ていない、僅かなヒント、床に落ちた真新しい血痕は先程の女性の物だと決め付け辿る。


 血痕が途切れ辿り着いた先は図書室、扉を少し開けて中の様子を伺うと、本はバラバラに散乱、至る所に血が飛び散ってはいる、今の所人も化物も見えない、細心の注意を払い中を見て回ったが誰もいない。


 最後に職員用の休憩所へと向かった、こちらは先程までとは違い無駄に綺麗に整理されている部屋を出ようとした時、複数あるロッカーの1つに血が付着している事に気が付いた。


この血が先程の女性の物なら…もしも奴らに噛まれた際の傷であれば襲って来るかもしれない、警戒を強めゆっくりと扉を閉じ部屋に入った。


しかしそれはフェイクだった、綺麗に整頓された部屋、一箇所だけ付着した血痕、視線を、意識をそちらへと集中させる、前方への警戒が強まれば強まるほど後方の警戒が薄くなるその瞬間に狙いを定め、開いた扉を利用し隠れていた人物は永遠とわを襲った。


気配に気付き後ろを振り返った、頭上目掛けて振り下ろされた木材に対し左腕を犠牲にいなしバランスを崩させてからすかさず首根っこを掴み床に押し倒した。


「離せ! この!」


「若菜?」


「え?」


「お前なんでこんなとこに…


「おねぇちゃんを離せ!」


 その時脳震盪を起こしかねない強い衝撃が永遠とわを襲った、何が起きたか分からなかった、床に落ちた広辞苑を眺めて飛んで来た方向へ目線を向けるとどうやら少女が広辞苑を永遠とわへ目掛けて一直線に投げ飛ばした様だ。


「百合香! 隠れてなさい!」


「でもおねぇちゃんが!」


「あ、落ち着いて下さい! この人は私の友達です」


…………


「あ! うちの娘が! ほんとにごめんなさい! 勘違いしちゃったみたいで」


 若菜わかながその場を一度落ち着かせ、永遠とわは互いに情報を交換し合った、若菜わかなの話によれば化物に襲われてのぞみ相馬そうま先生と逸れた後にこの親子(古谷ふるや美里みさとと娘の百合香ゆりか)を見つけてここまで一緒だったらしい。


図書館の非常口から外へ出ようとしたが何か挟まっているのか開けられなかったので仕方なく他をあたろうとしたが、外から足音が聞こえて来たためこの部屋に隠れたと言う。


永遠とわもこれまでの事を伝えた、島崎しまさき先生の事、智理ともりと別れてからの事、島崎しまさき先生の事は残念だが今はこれからの事を考えようと若菜わかなが言った。


「それでともりんは職員用駐車場に行ってるんだよねぇ 今から追いつける?」


「最短で行ければ問題ないけどまず無理だと思う、結構この階にも集まって来とるし、だからと言ってわざわざ危険な場所を歩く必要はないんじゃないか? 合流出来るのが1番いいけど安全策を取ろう、4階にある職員階段を確認してみようか?」


「そだね 百合香ちゃん、もうちょっとの辛抱だよ 怖くない?」


「うん、おねぇちゃんとお母さんがいるから、それと、さっきはごめんなさい」


「まだ8歳やっけ? しっかりしとうね、謝る必要ないよ、君は若菜やお母さんを守ろうとした、誰にだって出来る事じゃない」


 永遠とわは少女と目線を合わせ優しく話しかけた、まだ油断は出来ない、怖いけど一緒に頑張れろうと励まし頭を優しく撫で立ち上がった。


「永遠、永遠は最後の時まで、ずっと私のそばにいてくれるよね?」


「あぁ…約束する」


 永遠とわを先頭に4人は動き出した。ここからは今まで以上に慎重に動く必要がある、外にいるえさの数が少なくなってきたのか、校内の化物の数が増えてきた。


 なるべく奴らと対峙しないルートを進んで来たが化物が5体ほどで道を塞いでいる、ここはどうしても通らないといけない、悩んでいると若菜わかながある提案をした、協力して何かやるらしい、準備するといい取り出したのはハサミとハンカチ、すると突然若菜わかなは左手首を切りすぐにハンカチで傷口を抑えた、そして血が付着したハンカチを化物目掛けて投げた。


 ちょうど化物達の中心にハンカチが落ちたすると化物達は狂った様にハンカチに反応し群がり始めた、一箇所に集まり夢中になっている所を永遠とわ若菜わかなは襲い、一気に5体全員の頭蓋骨を砕いた。


「イッテェ…いくらこいつらの骨が脆いって言ってもいつかこっちの骨が折れそう…お前は大丈夫そうやね、空手の全国経験者は違うねぇ」


「我慢我慢、少しの辛抱だよ」


「2人ともすごい!」


「さぁ、先に進みましょう」


 再び4人は進み出した、永遠とわ若菜わかなに先程の行動について聞いてみた、若菜わかなが言うには奴らは生きた人間の血液に敏感らしい、どうやって嗅ぎ分けてるか知らないがそうだと言い切った。ある程度の血の量があれば奴らはそちらに気を取られる為、先程の作戦が思い付いたと言った。


少し腑に落ちない部分もあったが、今はそう言う事にして進む。


「そう言えば、百合香ママさんはどこか怪我してます? その血は奴らの物ですか?」


「怪我は大丈夫…この血は私達を守ってくれた夫の物、ここの卒業生でたまたま展示会があったので見に来たらこんな事に……」


「随分早い時間に来ましたね」


「ついでに昔お世話になった人に会いたいって言ってたけど…今頃2人とも天国で会えてますかね」


「なるほど…島崎先生の事ですか」


「はぃ」


 永遠とわ島崎しまさき先生の事を少し話した、昭和の父親をそのまま現代に持って来た様な人だった、研究を熱心に手伝ってくれるのはいいが細かい所は雑だし電池が切れたら途端に酒飲みのダメ親父になり潰れる、そして何故か永遠とわが家まで車で送って行く事もしばしばあった。


それでも皆先生を慕っていた、特に智理ともりは勘違いで必修科目を落として留年しそうになった時はゲンコツと手厚いサポートでなんとか免れた。すぐ小突くし怒鳴られる時もあったが学生思いのいい人だった。


 そうこう話す内に目的の場所まで後一息の所まで来た、かなり遠回りしてやっとここまで来た為、もう智理ともり達はとっくに脱出しているかもしれない、焦る気持ちはあるが安全が最優先、姿は見えないがどこからか奴らの唸り声が聞こえてくる、部屋の中にいるのかはたまた上下どちらかの階にあるのだろう、少なくとも動いている化物は出口の見えるこの直線上にはいない。


 それでも4人に緊張が走る、辺りに倒れている死体がいつ動いて来てもおかしくない、最新の注意を払い一歩ずつ歩みを進める。


…………


…………


…………


「ぐがぁああ!!!」


 その時、永遠とわ達の後方、百合香ゆりかちゃんの近くに倒れていた死体が動き出した、片足は完全に食いちぎられており満足に動く事はできない、しかし百合香ゆりかちゃんはまだ子供、パニックになり悲鳴をあげそのままお母さんへ激突し突き飛ばした。


 踏ん張ろうとしたが、床に溢れた血液により足が滑りそのまま背中を後方の展示用ショーケースに強く打ち付けた。


「いったぃ…百合香!」


「お母さん! ごめん!」


「いいからでかい声出さないの、静かに!」


 ジリリリリリリリリリリ! と突如けたたましい音が校内に鳴り響いた。


「え!? 何!? 非常ベル!?」


「まずい、ショーケースのブザーが鳴りやがった」


「まずいよ永遠、どうしよっか」


「先にこっちを止める方が早い! 若菜はそこに這いつくばってる化物やつ殺しといて」


 このままでは奴らが集まりハッキングの時間が確保できないと考え、永遠とわは先にこの音を止めるべく行動し若菜わかな永遠とわの言葉通り這いつくばる化物の頭を踏み潰した。


「あの、ごめんなさい、私が騒いだから」


「大丈夫だよ百合香ちゃん、私達なら心配ない、先に出口まで行きましょう、さあ、百合香ゆりかママさんも…… どうしました?」


 若菜わかなが声をかけるも、百合香ゆりかちゃんのお母さんは拳を強く握りぶつぶつと言葉を発し、ただその場で立ち尽くしていた。

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