第3話 黒い金剛石

ピピピピッ ピピピピッ ピピピピッ


 時刻は朝6時、目覚まし時計の音で目が覚めた、いつもなら二度寝をする所だが今日はやけに目覚めがいい、どうせ大学に行かないといけないため、軽くシャワーを浴びて菓子パンをひとつ食べて大学に向かった。


「あ〜永遠じゃ〜ん、早いね、あれ、二日酔いぃ? そんなんじゃ事故っちゃうよ〜」


 大学に向かう途中、いつもの様に若菜わかなと出会った、別に二日酔いではないが、智理ともりの事を考えながら歩いているとどうしても顔が強張ってしまう。


「別に二日酔いやないけど…ちょっと考えごと…


「パトカー通りまーす……ご協力ありがとうございます」


 永遠とわ達の横をサイレンを鳴らしながら猛スピードでパトカーが通過して行った。


「朝から物騒だねぇ、昨日の夜なんてすっごいうるさかったし」


「若菜のところもか?」


「うん、あんな法律作っちゃったからみんな外れちゃったんだろうねえ」


 結局大学に着くまでサイレンの音は聞こえていた、たった1日で物騒な世の中になったものだ。


「おっはよ〜2人とも」


「希ちゃんおはよ〜ともりんは一緒じゃないんだね」


「トイレに行ってる、すぐ戻って来るよ、噂をすればいるじゃん」


「ほんとだ! ともりんおはよ〜」


「あ、ああ、おはよう」


 永遠とわに気付いた智理ともりは気まずそうに挨拶を返した。


「どうしたの〜まさかともりんも二日酔い?」


「違う違う、寝不足なだけだよ…ははは」


「今日はずっとあんな感じなのよねなんかソワソワしてるし、あんたは何か知ってる?」


「どうせいつもみたいに時間が解決するよ」


(何こいつら、もしかして喧嘩してる? まぁいいか、特段避けてるって訳でもなさそうだし)


 なんとも言えない空気感が漂っている、朝から元気な若菜わかながいるだけ随分マシだが。


「早いなお前達、待ったか?」


 そこにやってきたのは島崎しまさき先生、今日は永遠とわを除いた3人と先生の計4人で研究を進めて行くらしい、準備として備品を取りに行くから手伝ってくれとの事、永遠とわは車を取りに来ただけなのでここで別れる、その別れ際に


「智理、せめて俺がおらん所ではその顔するのやめろよ」


「そんなにひどい表情してたか? ありがとう、分かってる」


「ちょっと〜早く行くよ」


「すぐ行く! じゃあな永遠、また会おう」


 永遠とわ智理ともりの背中を拳で小突きお互い別の向きへ進み出した。


「ねぇ、あれやばくない? 救急車? 警察もかな?」


「マジであの法律のせいじゃねぇか、こりゃあまた叩かれるぞ総理あいつ


 周りの人達がザワザワし始めた、みんなの視線の先には何かが起こっているらしい、人をかき分けてのぞみたちと合流しどうしたか聞くと、1人の男が歩いている、それも血まみれで、歩けてはいるが苦しそうな呻き声をあげている、すぐに島崎しまさき先生が駆けつけた、島崎しまさき先生が3人に運ぶから手伝って欲しいと言うと若菜わかなのぞみが動き出した、ただ1人智理ともりを除いて。


「あんた何やってんの! 早く運ぶから手伝って!」


「はぁ!? だってありえねぇよ、ありえねぇ、人として、生物としてありえねぇ」


「何訳わかんない事言ってんのよ、早く!」


「希! どうしたん…智理?」


「あぁもう! 永遠、こいつ任せた、行って来る」


 そう言い残し、2人の元を離れで島崎しまさき先生、若菜わかなのぞみ他数名で怪我人を運んで行った。みんな動揺している、この騒ぎはしばらく収まりそうにない、それより心配なのは…


「智理! 智理!」


「呪いだ だって 俺が 止まってたのに」


 永遠とわの声は智理ともりには届かない、目の焦点が合っていない、永遠とわは深呼吸して右手にありったけの力を込めて智理ともりの顔面に拳を振り抜いた。


「ぐはぁ! え、なんだ! めっちゃイテェ」


「智理! 俺を見ろ」


「永遠…ごめん、取り乱してた、もう大丈夫」


 大丈夫とは言うがまだ少し動揺している、頭の整理でいっぱいいっぱいなのだろう、永遠とわ智理ともりの肩に手を置き、ゆっくりと大きく深呼吸した、それを見た智理ともりも深呼吸を始め、落ち着きを取り戻した。


「大丈夫? 話が聞きたい、場所変えた方がいい?」


「いや、ここでいい、周りもみんなあの慌て様だ……永遠昨夜のお前の考えた通りだよ、暴発したたまが当たっちまったんだ、トラブルを起こしてた奴じゃなくて、ボロボロの服装の男…さっき運ばれた奴だよ」


「お前なんいっとーと 確かに怪我はしとった、でも撃たれて動ける、ましてや昨日の夜から何時間も経っとるのに」


「それだけじゃねぇ、傷口は見えなかったけどさ、あいつが歩いた跡見てみ、1つも血痕がない、ありえねぇ、撃った後に確認した、心臓をぶち抜いて辺りは血まみれだった、そんな傷口が塞がるのも歩けてるのもおかしいんだよ!」


「落ち着け、声を抑えろ、とりあえず俺達も行ってみよう」


「分かった」


 2人もあの男が運ばれたであろう診療所へと向かおうとした、校内が軽いパニック状態のため人の合間を縫ってやっと校舎の入り口まで辿り着けた、校舎に入ろうとすると中から呻き声が、そして誰かが歩いて来る音が聞こえた。中から出てきたのは大学の生徒だった。


「ん? 拓人か? どうした拓人!」


 苦しんでいる学生は拓人たくとと言うらしい、彼の友人が目の前まで走って行くと、拓人たくとは疲れ果てた様に倒れ込み、友人はそれを支えた。よく見ると背中から血が滲み出ている、友人が拓人たくとを運ぶために手を貸してくれと後ろを向いた時、拓人たくとの手がピクリと動いた。


「拓人!? 何があったんだよ誰がこんな…


「うぅゔ あぁゔぁ…


 次の瞬間、化物たくとは友人の首元へ噛みつき、そのまま肉を食いちぎった、友人はばたりと倒れ、大量の血が吹き出し、瞬く間に血溜まりが広がった。

大勢の学生の目の前で起きた悲惨な出来事、悲鳴を上げる者、目を背けて現実逃避する者、周囲の学生を殴り飛ばし我先に大学から離れようとする者、秩序も何もない混沌が産まれた。


 大勢の学生が一ヶ所の出入り口に集まり、大きな騒ぎを起こした事により、そのがくせいを求めて外にいた化物達が群がって来た、そこからは混沌なんて生易しいものではない、本物の地獄と化した。


「マズいな、智理! 一旦状況を整理しよう、きっと若菜達も同じ様に化物あいつらに襲われてる、ある程度どこに逃げるかは分かる、先回りして合流を目指して…


「今行くぞ! 若菜! 希!」


「おい! 冷静になれ!」


 永遠とわの声には耳を傾けず、智理ともりは人肉を貪り尽くす化物たくとの横を全速力で走り去って行った。永遠とわは10秒ほど考えた、先回りか智理ともりを追いかけるのか、考えたのちに智理ともりを追いかける事に決めた、この状況だ、単独で行動するのは得策ではない、それに考えるだけの時間はない。


「うゔぁうあ!」


「クッソ 時間使いすぎた」


 先程まで肉を貪り尽くす事に夢中だった化物は目の前の死肉よりも新鮮な永遠えさを見つけゆっくりと近づいて来た。出来ればそのまま正面突破と行きたい、しかし化物の強さが何も分からない、慎重にならざるを得ない。


「如月君!」


「瑞希!?」


「私の彼氏見なかった? 慎吾しんごって名前なんだけど、今日は拓人君とこの辺りで待ち合わせしてて…


「バカか前が見えねぇのか! こんな時に自分を1番大切にできん奴は死ぬぞ……拓人?」


 彼女の彼氏の名前は慎吾しんご、この辺りで化物たくとと待ち合わせ…そう、そこで倒れている彼がまさしく慎吾しんごだった。


「え? 拓人君? 慎吾? なんで? 嘘だよそんなの、ちょっと具合悪いだけだよね? 如月君! 診療所に運ぶから手伝って!」


 ヒステリックな声を上げて倒れた真矢を運ぶために近づこうとした瑞希みずき永遠とわは全力で止めた、そして化物に背中を向けた瞬間、その隙を待っていたかの様に飛びかかって来た、永遠とわは咄嗟に瑞希みずきを突き飛ばし腰を乗せた全力の右ストレートを放ち骨を砕く感覚と共に周囲に血を撒き散らしながら化物は倒れた。


「イッタイ…慎吾? 慎吾! 起きて! 慎吾」


「バカ! 近づくな!」


 瑞希みずき慎吾しんごの体を揺すりながら何度も名前を呼んだ、その声に反応したのか、慎吾しんごの指がピクリと動いた。


「ゆ、あうぅゔああ!!!」


 化物しんご瑞希みずきの首元目掛け噛みつきに行ったが、永遠とわ瑞希みずきの体を引っ張りなんとか救い出すことが出来た。


「あっぶな、あの傷でも動けるのかしぶとい奴らだな」


「ちょっと! 何してんのよ! 早く離して! 慎吾が死んじゃう!」


「もう死んどる、あいつはお前の彼氏じゃない、人を餌としか見ない、肉を貪り尽くす化物だ」


「ふざけんな! 動いてるのに死んでるわけないじゃない! 大体あんたがすぐ助けてたらあんな重傷負ってなかった! そこまでして私達を別れさせたいの?」


「は? バカ言ってねぇで行くぞ」


 バチン! 大きく周りに響き渡る音を立てた。瑞希みずきは無理やり連れて行こうとする永遠とわの頬を思いっきり引っ叩いたのだ、そして腕を振り解こうともがき出した。


「あんたなんか地獄に堕ちればいいわ…この…人殺し!」


 その言葉を聞いて瑞希みずきの腕をゆっくり離した、もう助ける理由は無くなった。


「……結局兄貴が言った通りかよ」


 脳内に響き渡る断末魔の叫びを聞きながら智理ともりを追いかけ走って行った。

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