第2話 理想と現実

 楽しい飲み会にも終わりがやって来た、若菜わかなのぞみはお互いに支え合いながらふらふらと帰って行った、智理ともりは「飲みすぎて気分が悪いから風に当たって来る」と言って自分の家とは反対に歩いて行った。

 そして俺はと言うとトイレで吐きたい気持ちをなんとか抑えて明日から引きこもるための準備をするために、近くのスーパーに食料の買い出しに行った、今は1人で少し肌寒い夜道をゆらゆらと歩いている。


「ちょっと寒いなぁ…そろそろ11月かぁ」


 鼻をすすりながら少し背中を丸めて歩き、小さな十字路の横断歩道を渡ろうとした時、人が目の前を横切り走り去って行った、はっきりと顔は見えなかったが、街灯の微かな光によりうっすら見えた横顔は智理ともりの様だった、何やらとても慌てている様子、声をかけても届かなかった、心配になり永遠とわ智理ともりを追いかけて行った。


 しばらく追いかけていたが見失ってしまった、それでもいつもと違う様子の智理ともりの事をこのままにしたくなかった。その後も智理ともりを探していると、公園のベンチで頭を抱えて座っている人を見つけた、それは間違いなく智理ともりだった。


「智理?」


 永遠とわが近づき声をかけると見てはいけない物を見た様な悲鳴をあげた、反射的に耳を塞いでしまうほど大きな声で。


「永遠か? はぁ……」


「人の顔見てため息かよ」


「まぁ、なんだ、飲みすぎてちょっとHighになってただけだから気にすんな、明日から忙しいと思うけど頑張れよ、じゃあな」


 背中を向け手を振りながら帰ろうとする智理ともりを引き留めた。


「隠し事とからしくない、どうしたん」


「なんでもないって、お前は考えすぎなんだよ、そんなに固い頭じゃこの先苦労するぜ!」


「バカかお前、さっきからずっと目が泳いどるし、1回も俺の目見ながら話しとらんしずっと俺の後ろ気にしとるし…追われてんのか?」


「そう言う訳じゃないんだけどさ…」


 しばらく沈黙が続き落ち着く様子のないまま智理ともりはもう一度ベンチに座り何があったか話し始めた。


 みんなと別れ酔い覚めのために風にあたりに行った時に起こった話。


 智理ともりは特に何も考えず千鳥ヶ淵公園へと向かっていた、距離は少し離れているがいつもリラックスしたいからと言って大学から歩いて行くぐらいだ、何も驚かない。


 そして30分ほど散歩をしていると、永遠とわと同様に肌寒く感じて来たため、コンビニで温かいお茶を買って帰ることにした。


 現在地からの最寄りまで5分ほどで着くが、まだアルコールが抜けきって無い事を考え、いつも通学で利用している駅まで40分ほどかかるが歩いて行くことにした。


 歩き出して10分ほど経った頃だろうか、歩いていると3人組で歩いている男の1人と肩がぶつかった。


「わりぃ」


 智理ともりは一言だけ残しそのまま歩き出したが、その態度が気に食わなかったのか相手は声を荒げて威嚇して来た、初めはただの睨み合いだったが、智理ともりは胸ぐらを掴まれた事で反射的に相手の顔面を殴り飛ばした。

そこからはまさに地獄、仲間が殴り飛ばされた事で止めに入っていた2人の内もう1人も加勢した。お互いに殴り合うが、智理ともりは2人の拳をいなし的確に反撃をする、智理ともりは軽い口内出血程度だが2人は鼻血を出し、少し目元が腫れている。


「なんだよこいつ...どうして こんなに喧嘩なれしてんだ」


「りゅうちゃん、こいつ格闘技かなんかやってんじゃねぇか? 従兄弟が...ボクシングやってるけど なんとなく雰囲気が似てる気がする...」


「だからって舐められたままじゃ気が収まらねぇな!」


「同感だ!」


「やめろよ2人とも! そもそもりゅうちゃんも謝ってたらよかった話なんだからこれ以上喧嘩はやめよう」


「テメェは黙ってろ慎太郎、これは喧嘩じゃなくて戦いなんだよ!」


 これ以上問題を大きくする意味はない、すかさず慎太郎しんたろうと言う青年が再び止めに入った、3人で言い争いを初めて、もう面倒くさくなった智理ともりはジャケットの胸ポケットからある物を取り出した。


カチッ


「おいお前ら」


「んだよウルセェな! うッ!?」


「け、け、ん銃!? なんでそんなもん持ってんだ」


「なんでって別に持ってても不思議じゃないだろ、合法になったんだから、今すぐ帰るか死ぬか、どっちがいい?」


 もちろんこれはただの脅し、やり過ぎなのは十分承知だがこれ以上絡まれるのはただただ時間の無駄、怯えて逃げればそれでいい。


タ... タ...


「あいつやっぱヤベェよ、逃げるぞ慎太郎、りゅうちゃんも早く行こうぜ」


...タン ...タン


「おい何やってんだよ竜吾! 早く行くぞ」


「静かに」


スゥ...タン スゥ...タン


 誰かが歩いている音が聞こえた、それは智理ともりの後ろから聞こえて来る、振り返るとそこに1人の男? がいた、服装はボロボロ、片足は少し引きずりながら歩いている、ホームレスなのだろうか。様子は普通ではない、体調が悪そうに見える、それでも微かな体力を振り絞り風を防げる寝場所を探しているのだろうか、それとも食事を求めて彷徨っているのだろうか。


 「ハハ! バァカめ!」


智理ともりが目を逸らしている隙に右手に持っている拳銃を奪おうとした。


「何やってんだ! 人がいるのはヤベェって、警察呼ばれたらめんどうだぞ!」


 竜吾りゅうごに声は届いていない、いいようにやられたままではプライドが許さない、頭の中では銃を奪い形勢逆転する、力ずくで奪い取る、ただそれだけしか考えていない。智理ともりは相手が銃の事にしか頭にない事を利用して背負い投げの要領で投げ飛ばそうとした。竜吾りゅうごの体が浮いたと同時にバランスを崩しお互いにもつれるように倒れ込んだ時、拳銃が暴発した。鼓膜を突き破るほどの発砲音による脳震盪の様な症状でしばらく頭を押さえていたが、冷静になり目の前の光景を見た智理ともりは何も考えられなくなった。


〜〜〜〜〜〜


「暴発ねぇ・・・それでその後ははどうなったん」


「…たまは誰にも当たんなかったよ、でもな、最近噂の暴走族いるだろ? その周辺は奴らの縄張りだったみたいでよ、うるさいからとか言って発砲してきてさ、命からガラ逃げてきてそんで今お前といるって訳よ、こんな時間に長話もあれだろ? 帰るよ、じゃあな」


…………


「警察、どうするん、今更隠すなよ」


「警察ってなんだよ、別に関係ないだろ」


永遠とわはじっと智理ともりを見つめ続けた。


「もう遅いのも我が儘なのも知ってる、でも、自分で決断するその時まで待ってくれ、頼む」


 その言葉を聞いた永遠とわは何も言わずに智理ともりとは反対方向に歩いて行った、もちろん思うところはある、智理ともりが犯した罪はなんとなく分かる、このまま放置するのは正解かどうか分からない、今は智理ともりを信じてみよう、あいつは兄貴の様に自分を見つめ直す事が出来る、これ以上間違った道には進まないはず。


 永遠とわは家に帰ってから、風呂に入り、お茶を一杯飲みその日はもう寝た、そろそろ23時になる時間帯だが、家の側を1台の救急車が走り去った。その音を聞いて智理ともりの顔を思い浮かべた、無事である事を祈り静かに眠りについた。

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