或る御簾の女

深雪 圭

或る御簾の女

 時は延暦の御世みよ


 これは煌々と流れゆく淀川の上流のもと桓武かんむ天皇が遷都せんとして、平安時代と呼ばれるようになった頃のはなしである。


 その一際ひときわ大層な牛車ぎっしゃ絢爛けんらんな音を靡かせて、京の都を気怠そうに泳いでいた。


 彩色溢れる華美かびな装飾を財宝たからのように鳴らしては、時に御簾みす春風しゅんぷう午睡ごすいに眠る。


 つののように伸びたうるしながえを引くのは、筋骨隆々の雄牛。


 周囲には騎馬で先陣を切る随身ずいじん、威儀を正す舎人とねり、最後尾には雨皮を携えた牛飼童うしかいわらわなど、総勢十二名にも及ぶ従者がいた。


 町人まちびとは皇室の者が巡行しているのだと察して、道を譲る者もあれば、こうべを垂れる者もある。


 そうして羨望と畏怖の眼差しを向け、口々に「立派なくるまだ」と言った。


 緩慢とまわ車輪くるまのわはどこか人を陶酔させる禁厭まじないおもむきがあり、その屋形やかたには一体誰が揺られているのか、身分の低いものにはついぞ知るよしもない。

 

 しかし、よく見てみると、物見ものみと呼ばれる小窓から、あやしくも幼い瞳がこぼれているのが分かる。


 彼女こそは桓武天皇の第八皇女・伊都いと内親王ないしんのうであり、のち在原ありわらの業平なりひらを授かる女であった。


 伊都は平城へいぜい天皇や嵯峨さが天皇の異母いぼまいでもあり、その血筋は格別に尊く高貴である。


 としは十二にもなろう。


 弾力のある真白ましろ生肌きはだには既に経血の赤を垂らし、目元には壮麗そうれいな輝きが溢れている。


 彼女は見目みめうるわしい女人にょにんであるが、天稟てんぴんの素質はその美貌だけではない。


 穴の開いたかめの如く満たされない好奇心というものが、彼女の魂に巣食う妖魔であった。


 だから、この国の富と栄華を一時いちどきに集約したような日々を送る彼女には勿論一つだって不自由はないのに、どこか物足りないと言った様子で溜息を漏らす毎日。


 それが彼女の唯一の悩み事だった。


 また、伊都は様々な才に長けており、それもまた娯楽にすぐ飽きてしまう要因だ。


 雛遊び。詩歌。管弦楽器。小弓。鞠。碁。


 何かを見聞きして、実際にやるたびに人並外れた才覚を表して周囲まわりに賞賛を受ける。

 そうやって一時的に欲求が満たされても、すぐに枯渇してそれ以上の色彩を求めるのだ。


 後に葡萄牙ポルトガルから伝来する煙草のように、脳内を蝕み依存を引き起こしては、より強力な刺激を欲するのだ。


 だから伊都は享楽に心身を耽溺させればさせるほど、より不満げな横顔を見せ始めた。


 それは、世という世の、無為な褪色たいしょくに相違ない。


 乳児から幼児に成育して、彼女の唇は乳房ちぶさてた。

 幼児から女児に発育して、彼女の手は人形を離した。


 つまり、としを重なるにつれて玲瓏れいろういてゆく瞳には、あれほど色彩豊かな輝きが隅々にまで溢れていたこの現世うつしよが、今ではとんとつまらぬものに堕落してしまったのだ。


 結句けっく、伊都がどれほどやんごとなき人間であるとしても、年端としはのゆかぬただの少女なのである。


 何か刺激的なものはないか。

 魂を鷲掴みにして、揺さぶるようなもの。

 琴線に触れるどころか、むしろ断ち切ってしまうほどの快楽。


 性行為ですら満たされぬ法悦というものを、彼女は幼い心に夢見た。


 そのような彼女だから、まるで竹取物語のかぐや姫の如く、無理難題をいては周囲まわりを困らせる始末。


 事実、彼女の欲するものは、釈迦の使っていた御石の鉢や、蓬萊ほうらいの枝、それに炎に焼かれることのない火鼠のかわごろも、龍の首の珠に、燕の子安貝など、この世には存在しないかと思われるものばかり。


 だから彼女のお眼鏡にかなう遊戯や関心事を探し求めて、都をめぐっているのだ。


 ――そのような徒労の日々が半月も続いたある日、京洛きょうらくの片隅で事件が起きる。


 その日も陽が高いうちに出掛けたはいいが、少し都を離れた竹林の辺りで突然雲行きが怪しくなり、「おや」と思った頃には時すでに遅し。


 分厚い暗雲が世を覆って、大粒の雨と強靭な暴風を撒き散らした。


 叩きつけるような雨に俯きながらも、牛車は遅々ちちとして歩を進める。


 屋形は布で覆われ、内部なかに雨風が入らないように配慮されているも、一粒や二粒の雨は伊都を濡らすであろう。


 そう思うと従者たちは気が気ではない。

 不敬を働けば、どう罰せられるか分かったものでないのだ。


 だから運転手の大童おおわらわは牛を鞭で叩いては急かして、足早に帰路に就いていた。


「急げ、急げ!」


 突如、男たちの怒鳴り声が雨風をつんざいた。


 それは宮仕みやつかえの者ではない。


 十人ほどの徒党を組んで、馬をいななかせる男共の声だ。

 彼らは皆、恵止利えとり、つまり身分の低い者たちである。


 都の外れにある村落を襲っては、頼りない農作物を奪う輩の一派だった。

 今回は計画を立てて、近頃 耳目じもくを集めている豪奢なくるまの装飾品を奪いに来たのだろう。


「盗賊だ!」


 まず、最後尾のわらわが叫んだ。


 従者たちはすぐに刀を抜いて振り返り、武装した男共に応戦する。


 はじめに年若い童が首を斬られて、血を撒き散らした。

 次に舎人が腹部を貫かれ、怯んだところで口元を両断される。


 盗賊の方も指を落とし、耳をこぼして、紅色に染まってゆく。


 しかし、背後からやってきたのは単なる囮に過ぎなかった。

 そちらに気を引かれている間に、前方からも襲撃を受ける。


 首尾よく牛が矢に射抜かれた。


 痛ましい鳴き声が雨音に混じり、歩調が乱れ、隊列も崩れる。


 その混乱に乗じて、護衛をしている周囲の人間が次々と斬り殺された。


 伊都は騒動にいち早く気付くも、なんら有効な手立ては無い。


 ただ雨音と怒鳴り声、泥に撥ねる音に耳を澄ませる以外には。


 雨が流れ、血が溢れ、泥が飛沫しぶきを上げる。


 そうして一刻もしないうちに事が終わった。


 静寂。

 そうは言っても、未だ雨音と暴風は止まぬ。


 それに上空では、暗雲の中で遠雷がまたたいてた。


 しかし、人の声は一切が消え失せたのだ。


 人も牛も馬も一様にたおれ、その群れからおびただしい血液が雨風に波紋を作っていた。


 ――気が付けば、その男はたった一人で立っていたのである。


 宮仕えの者たちは全員が地面にせ、息をしておらず、盗賊の中でも自分だけが生き残った。


 そのような事実を、暴力的な雨になぶられながら認識するのにはささやかな時間を要する。


「われは生き残ったのだ」


 男は固唾を飲んで、意を決した。


 自分だけ上手いこと死なずに済んだのであれば、これほどの僥倖ぎょうこうはない。

 まさに漁夫の利とも言える状況だ。


 やがて、男によって前方の御簾みすが荒々しく破られた。


 中にちぢこまっている女を見下ろして、


「へえ、こいつはとんでもない美女だ」


 男はそう言って、喉仏を上下させる。


 伊都は貴族らしく髪の毛を後ろでい、肩にかかるように整えていた。

 頭頂部に櫛をし、唐の影響だろう、額には花鈿かでんとよばれる紅色の化粧が施されている。


 対照的なのは、男の身なりだ。

 上は裸で、薄汚れて糸がほつれた裾絞りの小袴を履いている。

 草鞋も泥にまみれ、足首まで汚れていた。


「なれ、死ぬのが怖いなら大人しく服を脱ぐんだ」


 伊都はこの騒動の渦中にいるというのに、衣服どこか化粧すら一切崩れておらず、男にはまるで屋形の中が現世うつしよと隔絶されているかにも思われる。


「おい、早くしろ。なれは今から犯されるのだ。わかっているだろう」


 男は雨粒を全身に滴らせながら鼻の穴を広げて、刀の光をちらつかせた。


 彼はすっかり興奮している。

 血や死体を見るのは珍しくはないが、これほど位の高い人間は襲ったためしがないのだ。


 それも極上の美女だとくれば、男がいきり立つのは無理もない。


「そち、名は?」


 毅然とした声音に、さしもの男もたじろいだ。


 その物怖じせぬ気風と、堂々たる眼差しに射抜かれて、彼はすぐに理解する。

 やはり、皇族の人間はそこらの者とは肝の据わり方が違うのだと。


 それに女が身体を丸めているのは恐怖からではなく、雨風の寒さをしのぐためであることもはたと知る。


 男は刀を濡れた手に握り直して、


「なれが強情であればあるほど、われも燃えるというものよ。それに名などどうでもいいだろう。さあ、服を脱げ」


 多勢に無勢とはいかぬ現状に、焦燥感がつのる気持ちもあった。

 この大雨だ。

 襲撃を知らずとも、朝廷の官人が安否を確認しに来るかもしれない。


「そちは臆病者だな」


「何だと?」


 伊都はこの状況であるというのに、悠然と笑っていた。

 図星をつかれた男の狼狽を楽しんでいるのだ。


 男は確かに気の強い方ではない。

 だからこそ、この騒乱の中でも後ろへ退いて助かったのだ。


「どうせ非人ひにんだろう。罪深い男め。そちは麿まろを襲うのか。あるいはこのくるまの宝飾品が欲しいのか」


「両方だ」


「なら早くしろ、時間はないぞ。が昇ればすぐに見つかる。救援だって駆け付けてくる。そうなれば、そちは死罪だ」


「なれ、おのれが怖くないのか」


「怖くなどない。むしろ、そちの方がよほど怯えてるように見えるぞ」


 銀色の輝きに脅されてなお、やはり伊都は微笑を崩さない。


「ふん。これから犯されるくせに何を言う」


 対する男は、自分でも情けないほどの空元気で胸を張るのが精一杯と言った様子。


「そうか、なら早くしてみせろ。麿まろの肌はそちの手に穢れないし、麿の布はそちの泥に汚れないのだから」


「どういう意味だ」


「いくら身体が犯されようとも、魂にはひび一つ入らぬ。それが道理というものだ。だから、たとえ麿がそちに凌辱されても、そちは麿を犯すことはできぬのだ」


 その言い草に、男はすっかり気圧されていた。


 従者を殺され、逃げる術を失った少女が何故これほどまでに威風堂々たる面持ちでいられるのか。


 彼女が言う通り、むしろ自分の方こそ怯えているのではないか。


 そう思えば思うほど無茶苦茶にしてやりたい気持ちに駆られるが、どうも身体からだが動かない。


「ほら、早く」


「愚かな女め。後悔するなよ」


 そう言って男が片手を伸ばした時、伊都もまた前方に片脚を伸ばした。


 そうして男の太腿を鼻高履びこうりという、革靴のつま先で撫でる。


「おい、何をする。抵抗はよせ」


「抵抗に見えるのか? 麿はただそちで遊んでいるだけだ」


「遊んでいる……?」


 男が絶句したのは、伊都の光輝にてられたせいだ。

 しかし、それ以上の理由わけがある。


 薄い布越しに鼠径部そけいぶを刺激されるのが、たまらなく恍惚だったのだ。


 池を悠然と泳ぐ鯉のように、つま先が袴の上で円を描く。

 そうしてついに、膨らみつつある陰部に至った。


 雨に濡れているせいか、反り立つ陰部はその輪郭をはっきりと浮かべている。

 固い靴底で踏まれる度に、それは反発するかのごとく弾き返した。


 ここまでくると、男はされるがままだ。

 声も出ない。

 身じろぎもできない。


 ただされるがままに、伊都の靴先に弄ばれていた。


「やけに大人しいな。さきほどまでの威勢はどこへいった?」


 女は悪戯めいた声で言った。

 その瞳は、半月のように細めいている。


 今より一世紀以上ものち、藤原道長が自分の栄華を満月にたとえたが、伊都の瞳は満月もちづきよりもなお美しかった。


 むしろ欠けている方が、その愉悦が溢れると言わんばかりに。


「やめろ、やめろ」


 男は口ではそう言うものの、膨張したそれをまるで靴裏に宛がうように、腰を前へ出していた。


 最早、自分の意志ではない。


「どうした、もっと欲しいのか」


 男はうめく。

 女はわらう。


 伊都にとって、これほどのたのしみはなかった。

 まさか自分の指先一つ、いや足先一つで男を懐柔できるなど、聡明な彼女にも思いもよらぬことだったから。


 自分が求めていたものにようやく出会えた。

 そう言った風に、女は幸福を噛み締めて口許をほころばせる。


 彼女の中の妖魔が、ようやく目を醒ましたのだ。 


 いつの間にか、男の手からは刀が取りこぼれていた。

 その土臭い両手は牛車の袖を握り、両脚は大きく開いている。


 まるで身体を広げて、自らを伊都へ差し出すかのように。


 これでは本末転倒もいいところである。

 そう思いつつも、反抗らしい反抗はついぞできない。


 男もまた、奥底に秘めていた快感を丸裸にされ、それを転がされる恍惚の感覚に襲われているのだ。


 牛車の入り口で雨風に曝される男と、内部なかで淑やかに微笑む女。

 その対比は、身分の差からくるものではない。

 身分は人間が恣意的に作り出した制度に過ぎないから。


 それよりもっと、本質的な魂の色。

 加虐と被虐の退廃的な協演。


「汝は麿が欲しいのだろう、くるまが欲しいのだろう。私は担げても、牛車は無理だ。牛や馬を殺したのは愚策だったな。それに牛がいてもすぐに露見する。どうしたって、この牛車はそちの物にはならないのだ」


 その通り。

 あくまで伊都は、冷静を保っている。


 男はそれでも、


「なれ、服を脱げ。牛車は無理でも、なれは好きにしてから殺すことはできるぞ」


「そちにできるものなら」


「早く脱ぐんだ。犯されるのに布切れなど不要だ」


 そう虚勢を張るが、


「麿は脱がぬ。そちが脱げ。草履もだ」


 伊都はつま先で睾丸を軽く蹴り上げ、言葉通り一蹴した。


 事実、これまで伊都は一切服装を崩していない。


 大陸の影響を強く受けた朝服は、衣服令えぶくりょうによって規定されており、したもと呼ばれる長丈ながたけの衣に、高級な錦の背子からぎぬを纏い、その上にを重ねて帯で結んでいる。


 肩には領巾ひれと呼ばれる長い布をかけており、微塵の乱れがない。


「早くしろ。布切れが邪魔だ」


 その間も、蹴鞠のように睾丸をつま先で刺激し続けた。

 一定の感覚でやってくる苦痛交じりの快楽が、心臓を鳴らして血を巡らせる。


 男はついに観念した。

 袴を下ろし、そこらに放りやったのである。

 それから泥と区別のつかない草履も脱ぎ棄て、全裸になった。


「聞き分けのいいやつだ」


 そう言って伊都は履物のまま、男の怒張した陰茎を蹴飛ばした。

 やはり、あくまで痛みを与えるものではなく軽く小突くようにだ。


 陰部には泥が付着して、皺の一つ一つに入り込む。

 そしてそれをさらに広げるように、優しく靴底で撫で回した。


 刺激というものは程度により、快感にも痛苦にもなる。

 それを伊都は、誰に教わるでもなく知っていた。


 それから彼女が上体を寄せたかと思えば、御弾きのように指先で陰茎を弾く。


「これでよく麿を犯すだなんて言ってくれたものだ。情けない男よ」


「……われは余興に付き合っているだけだ。今すぐに、なれを殺してやろうか」


 それを聞いた伊都は、何を言うでもなく履物を脱いだ。

 そうしてあらわになったあしゆびで、陰茎の血管を這うように撫でる。


 これまで以上の愉楽に、男は思わず腰を引く。


「姿勢を保て。前に突き出せ」


 音もなく溢れ出る透明色を足の指先で掬いあげると、それを絵筆のように陰部全体に広げていく。


 もはや雨か体液か、区別はつかない。


 時折、亀頭を突いたり、足先でつまんだりした。

 その度に男は唇を結び、しかし呻くように声を漏らす。


「声を出せ」


 伊都は、男の声が聴きたかった。

 その音は、どんな楽器よりも勝る。


 甘美な音色。

 彼女にとって、それは己に隷属する男の呻き声だった。


 男は荒い呼吸に、腹部は膨張と収縮を繰り返した。

 それが面白くて、女は勝鬨かちどきを上げるように微笑を流す。


「そち、この文様もんようは?」


 腹部を指して、伊都が問う。


「文様ではない。傷跡だ」


「そうか」


 女は脚を戻して、懐に忍ばせてあった小刀を取り出す。


 流石の男も身構えた。


「命は取らぬ。屋形の中に入って寝転がれ」


 男は怪訝な表情をするも、言われるがままに入った。

 まさか自分が皇族の用いる牛車の中へ入るとは、夢にも思わなかった。

 

 何をするのかと思えば、仰向けになった男の陰部に、彼女は当然と言わんばかりに両足を置く。

 そうして傷跡をなぞるように、伊都は刃先でそれを薄く切った。


 静かに血の滴が浮かび上がる。


「痛いか」


 男は頷く。


「なら、これは?」


 伊都は傷の付いていない真っさらな肌をうっすらと刃を滑らせながら、両足で陰茎を挟んでしごいた。


「どうだ、痛いか。それとも快感が勝るか」


 男はもう口がきけなかった。

 

 まだ陽が山々の頂上にかかる頃、うぐいすが鳴き始めた。

 内親王が行方不明だと慌てふためいて捜索していた官人たちは、ある欅の木々の横に止まっている牛車を見付ける。


「あったぞ、あれだ」


 周囲には死体が二十余り。

 牛や馬も、地べたに寝転がって口を開けている。


 これまでか。

 そう観念した官人の一人が、御簾みすを上げた。


 朝陽の射し込んだそこには、男女がいる。

 男は身体からだという身体、肌という肌に赤い傷が刻まれて放心状態だ。


 息はあるのだろう、呼吸に合わせて腹部が上下している。

 しかし全身に赤い直線が引かれており、血にまみれていた。


 どれも深い傷ではない。

 薄皮をくように、浅い刃傷にんじょうが顔から足首まで、様々な角度で縦横無尽に走っていた。


 その横には、座り込んだまま微笑む伊都の姿があった。

 美しく並んだ十本の足先は、白濁にまみれている。


 旭日きょくじつを浴びて眩しそうに目を細める伊都はひとこと、こう言った。


「これは持ち帰る。麿の玩具おもちゃだ」


 そうして女は、木々の葉や花々が朝露を滴らせるように、燦然さんぜんとした朝陽あさひの中で笑った。



  憂きながら人をばえしも忘れねば

  かつ恨みつつなほぞ恋しき

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