道草コーディネート

 石畳が敷かれた街道を馬車が行き交い、軒を連ねた商店はプレートを「開店」にひっくり返す――朝の賑わい、活気の中にあって、パルネ・リッカー嬢はご立腹していた。

 従者である兎耳メイドに旅行鞄を持たせ、自身の肘を抱えるように腕組みして、怒気を露わに早歩きしている。

「あなたが裾を破いたそのエプロンドレス、特注のサイズなのよ」

 振り返らずにパルネ嬢はくどくどくどる。

「耳の長さを足せば身長(タッパ)あるくせに、身体はちびっ子なんだから」

 そもそも、とくどり続ける。

「あなたのジャンプがちゃんと柵越えしていれば、こんな道草を食わずに済んだわ。今ごろ首都行きの汽車に乗っているのよ。わかる?」

「パルネお嬢様、たのしそうですね♪」

 怒れるお嬢様の背中へ、兎耳メイドがとんちきな回答をぶつける。パルネ嬢はローファーの踵で刻んでいた早歩きを止め、メイドへと振り返る。

「……どうして、そう思うの?」

「ネネは耳がいいのでっ、お嬢様のフンフンッて鼻息、怒ってるやつじゃないです!」

 兎耳をピコらせるメイド、ネネをじ~~っと睨めつけたパルネ嬢は、破顔一笑――悪戯っぽく八重歯をみせる。

「わかる?」

 再び前を向き、パルネ嬢はあからさまに軽快なステップを踏む。

 屋敷の外へ繰り出したのは、もう何日ぶりか分からない。父・リッカー卿が〝死んだことになり〟叔父が後見についてからというもの、軟禁状態を強いられていた。

(叔父様のメイドは、ご自由に、と言った――)

 直談判しに行くのも自由だと。欺瞞だわ。旅行鞄の中には、何枚もの〝決闘状〟が詰め込まれている。相手方は顔も知らない貴族……そして、パルネ・リッカーが決闘を受けると、後見人である叔父様が承認している。

 今この時、いきなり路地からチンピラが現れて、決闘の代行者を名乗り、ストリートファイトが開始されても何ら不思議じゃない。

「頼りにしているわよ。ネネ」

 元気の良い「あい!」を背中で聞いて、パルネ嬢は歩みを進める。

 内通している叔父のメイドに気づかれず、こっそり屋敷を脱け出したわけだが……道草を食っているのは羊に偽装するためだ。実のところ、路地からチンピラが飛び出してくるのを待ち望んでいる。

(まず実害を被らなきゃ――)

 叔父様を追い詰められない。敵となる決闘代行者のスペックを少しでも下げるため、及び腰のムーブを続けてきた。投石にビビったふりをして、屋敷に罠を張ったり、虚勢っぽい台詞を吐いてみたり……侮ってもらえていれば、大した相手は来ないだろう。

「穏やかじゃない気配、察知したらすぐに教えなさい」

「やってやるぞ~~って感じの人は、今のところ、いませんねっ」

「そう」

 やる気過剰なネネに短く答え、パルネ嬢は街を見渡す。見慣れたサッカオの街並みを。

 第二の首都なんて言われているわりに、首都で話題の電信技術は、未だ普及していない。洒落た電波塔はなく手紙が現役だ。さながら電信のように、素早く情報を伝えられる反則チートさえなければ、無難に一戦やって――首級をひっさげて――叔父のもとへ辿り着ける。

「? お嬢様っ、後ろ歩きしてたら、あぶないですよ」

「危なくなったら言いなさい」

 このネネというメイドを負かせる者は、そうそういはしない。並の獣人はもちろん、大した魔法も使えないアウトローだって相手にはならない。ネネは、主人の決闘を代行するメイドとしてふさわしい。

(そのために、拾ったのよ、本当に)

「お嬢様っ」

「何?」

「服屋さん、通り過ぎてますよ」

「んんっ」

 パルネ嬢は後ろ歩きを停止し、遠ざかっていた目的地に順行で入店する。呼ぶまでもなく顔真っ青な店員が飛んできた。

「困ります、お客様! 亜人を店内に入れては……!」

 ヒスりまくりの店員に、パルネ嬢は、中指から白金の指輪を抜いて掲げる。

「コレで、うちのメイドの服を修繕して。それから代わりの子ども服も頂戴」

「あ、あのぉ……」

「貴金属も扱うブティックの従業員なら、価値はわかるでしょう?」

 社会通念上のルールを踏み倒し、頼み事の一つや二つ、平伏して引き受けさせるだけの価値を備えている。わからないなら退職したほうが良い。

「……本物……とは思いますが」

「懸念でも?」

「魔法で錬成された可能性も否めず」

「ふうん」

 つまりは、信用しない、というのね。わたしが十三歳の生娘であるがゆえ。違法極まる貴金属の錬成に手を出し、小遣い代わりにせんとする愚か者だと。

 ぜんぶ言葉にしてやると、店員は恐縮して押し黙る。――信用って得難いわ。お父様、今一度、お家のちからをお借りします。

「わたしの名前は、パルネ・リッカー」

 小さく背を丸めていた店員が、ぎょっとした様子で顔を上げる。

「当家の魔法――【万物鑑定】に誓って、指輪が本物中の本物であると証します」

「リッカー様っ、失礼しました! すぐにご準備をいたします!」

 貴金属を受けるケースを差し出した店員に、パルネ嬢は指輪を渡しつつ「迷惑料として」と追加の要求をする。後からゴネるつもりだったが成り行きだ。

「お釣りもくださいな♪」

「はっ、はいぃ……通常の買取ということで……いえっ、多少の色はお付けします!」

「それでけっこうよ」

 いったんバックヤードへ店員が消えたところで、スンッと大人しくしていたネネが口を開く。珍しく、おずおずといった調子で。

「よろしかったのですか?」

 問いかけの意図は、指輪が形見の品であるからに他ならない。ネネのくせに、なまいき。

「――いいのよ。あんなものに魂が宿らないのは【万物鑑定】ではっきりしてる」

「で、でもっ」

「デーモンもデモクラシーもないわ。形見といって指輪を死守していたのは、こういうときのためだから。センチメンタルはいらないの」

 だから、いいのよ。パルネ嬢は話題を断ち切って瞑想する。

 まだ何か言いたげなネネを遮るように、バックヤードから店員が戻ってくる。

「お待たせしました。お連れの亜じ……従者の方はこちらへ」

 試着室に通されたネネを、パルネ嬢はカーテンの外から眺める。ほどなくエプロンドレスが店員に持ち出され、代わりに何着かの――無駄にフリルが付いた――子ども服が投入される。

「お嬢様ぁ~」

「何かしら」

「どの服にいたしましょう」

 しょうがないわね。外套を脱いでパルネ嬢も試着室へ入り、自らメイドにお仕着せする。悪い気分ではなかった。出来の悪い妹の面倒をみている心地だ。

「ほらバンザイしなさい。そしたら次は腕を通して」

「えへへ。お嬢様、田舎のお母ちゃんみたいです」

「うら若き乙女に対して失礼千万ね」

 貴族の中にはわたしくらいの歳で嫁いで、母親になる子もいるらしいけれど。

「次、調子に乗ったら椅子だからね。乗るのはわたし。あなたは家具」

「お嬢様専用の――ですよね?」

「そうよ。調子に乗ったから椅子確定、おめでとう」

「あの~~そろそろ、お決まりになりましたでしょうか……」

 外から茶々を入れてくる店員に「んんっ」と咳払いして、パルネ嬢は試着室のカーテンを剥がす。ネネに着せたのは、ガーリーなピンク色のワンピースだった。兎耳の色、瞳の色と合わせて暖色系でまとまり、違和感のない仕上がりを自負している。

「どうかしら」

「よくお似合いかと」

 店員が答える。よっぽどでなければ、そう答えるでしょうね。

「あなたはどう?」

 ちらりと視線を遣り、当人に問う。

「お嬢様と同じ、空色のワンピがよかったです」

「椅子確定ストック2ね」

 またすぐ外套を羽織るから、空色は鈍色に変わるわよ。呆れるパルネ嬢に、ネネが「じゃあじゃあ」と自身の黒髪をスカートみたく広げてみせる。

「ネネは『もうすぐ夜』って感じですね♪」

「おもしろい例えだわ。ストックを一つ減らしてあげる」

「わーい!」

 なぜか、すぐ四つん這いになるネネ。ストックを0にしたいわけではあるまい。うれションのような条件反射だ、たぶん。

「新品のよそ行きでやめなさいっ」

 エプロンドレスが直ったら、存分に座ってあげるわ。パルネ嬢が告げると、ネネは冬の向日葵かと思うほど大輪を咲かせる。

「この服……大切にします!」

「慎重に洗濯することね。あなたの仕事よ」

「あいっ!」

 ブティックでの道草を終え、ふたりはのんびり駅へと向かう。

「いざ決闘」を口にする、ならず者の来襲は……まだない。

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決闘代理のメイドたち 瀬戸内ジャクソン @setouchiJ

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