門番
スーパーちょぼ:インフィニタス♾
門番
「まこと、此度の承久は酷い有り様であったな。おぬし名は何と申す」
峠道の頂上で、役人は巨大な
見張るつもりがあるのかないのか、東西を結ぶ関所の
「ちょっと待った。じょうきゅう?」
「なんだおぬし、流行りの言葉も知らんのか。いくさだ、戦」
「いや、それなら僕も知っている」
旅人は
「ここは、江戸時代ではない?」
「えど? 年のことを言っているなら今は承久のはずだが」
「転生先が違うじゃないか」
「てんせい? おぬし、さきほどから聞きなれぬ言葉を話しておるな。生まれはどこだ」
「遠く、西の方より」
「名字は?」
「田原」
「たはら? あまり聞かぬ名だな。西の方のたはら……」
役人は気怠げに腕を組むと、鋭い視線を投げつけた。
旅人はどれほど長い道のりを歩いてきたのか、
雨の中でも走ってきたのか、脛に巻いた藍色の
休みもせずに走ってきたのか、縞の入った
腰から下げた手控え帳がぶらりと揺れた。
「あぁ、商人であったか。これは失礼した。ひと月も門番役などやっていると疑り深くなっていけない。ところで、西の方とは近江の方か?」
どこから来たのかは知らないが、遠くから来たことは本当らしい。内心呟くと役人はようやく腕組みを解くふりをしたが、心の底では、疑っていた。
「その通り。僕は滋賀県出身でね。『三方よし』で知られる近江商人の家に生まれた」
「さんぽうよし?」
「『売り手良し』『買い手良し』『世間良し』」
「ああ、なるほど。このご時世に立派なものだな。その心意気どこぞの誰かに――」
「いや、僕には信念はない。あるのは好奇心だけ。重しになるくらいなら置いていく」
「……。なるほど」
「異論はないのか?」
「え?」
「言いたいことはないのかと聞いている」
田原はやる気のない役人に詰め寄った。
「いいたいこと……まぁあるにはあるが」
「なんで言わないんだ!」
「そういわれても」
「自分の立場はちゃんと明快にしていいんだ。中立なんてない。異論を認めて話し合う。それが民主主義の基本だ」
「みんしゅ……? また聞きなれない言葉を。いやぁまいった」
もう黙ってはいられない。役人は照れ隠しに頭をかくとようやく口元を緩めた。
「そなたの名前、いまいちど教えてくれぬか」
「田原総一朗です」
「そうか、そなたの名は総一朗か。この坂より先は東の地。坂東武士にはせいぜい気をつけることだ。いや、もう関東と呼ぶべきか。まあどちらでもいい」
役人はふっと小さく笑うと総一朗の真っ直ぐな瞳を見つめた。
「今度は友として聞いてくれ総一朗。三方よし、望むところ。私はそんな平和な未来が来ることを、夢見ている――」
◇
「よかったのですか? 手形もなしにあの方をお通しして。門番まで辞めることになって」
華奢な指で湯のみを器用に包むと、女人は甘酒を一口飲んだ。今日も峠の茶屋は人で賑わっている。
「良かったもなにも」
役人だった男は皿から団子を一本掴むと天にかざした。晴れ渡る青空がみたらしに反射して煌めいた。
「やってられねぇや。あんな自由の門番を体現したみたいなやつに出会っちまったら」
脳裏に浮かぶはひとり道をつきすすむ旅人総一朗。一体どこから手折ってきたのか、口にくわえたぺんぺん草が風にそよいだ。
「ちょうどひと月だ。その当番の最後の日に出会った。東と西を結ぶ関所で。これも何かの縁ってやつよ」
「そうはいってもあなた。これからどちらへ?」
「さあねぇ」
男は団子を勢いよく頬張ると、どこか遠くを見つめながらふっと小さく笑った。
「どこへでも」
(完)
門番 スーパーちょぼ:インフィニタス♾ @cyobo1011
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