おまいらはこうなるな

直木美久

第1話

 俺はオタクである。名前はちゃんとある。家もある。友達はいない。

 まぁ俺としてはそれでいい。

 強がりを言えば、俺は特別なやつだから。周りの連中が俺についてこれないだけだろ。

 クラスに他にもオタクグループがあるけど、別に一緒に弁当食ってやろうだなんて思わないし。

 何せ俺は嫁といつも一緒だから。スマホ机に乗せて、待ち受け画面出して一緒に食うわけだ。

 周りの目?気にしねぇ。だって俺は俺だし。他人に迷惑かけてないだろ?

 最近推し投票するのに課金しなくちゃいけなくて、バイトが忙しいんだ。忙しくなるとその分ゲームする時間が無くなって、つむりに会える時間が減るから、睡眠不足。

 それで授業中を睡眠時間にしてる。これが一番効率いいのに、今日は昼休み、呼び出しくらって弁当食う時間も5分しか無い。

 これっていいの?人権問題じゃね?日本は衣食住保証されてんじゃないの?

 まぁ俺の弁当は別にいい。

 問題はそこじゃない。

 問題は、スマホを取られたーー!!

 おいおい、やべーよ!アイドルステージやれねーじゃん!


 この間にもつむりは俺の一票を待ってるのに!有料投票の他に、つむりをステージに立たせる時間が1時間ごと10ポイントつむりに入る。

 昼休み1時間を俺はつむりに充ててるのに。


 アイステは自分の担当するアイドルを一流にするゲームだ。基本的には育成&音ゲー。

 育成するのにはマメなログインと課金が必須。

 俺はこの一年、つむりをアイドルにするため必死に頑張って来た。休み時間ごとにログイン。給料日は課金。俺の高校2年生はつむりそのものだ。

 つむりに会えなかったら、俺は灰色の人生のままだったと思う。それなのに…


 授業中、スマホいじるのだけはちゃんと我慢していた。

 どーゆーことだ!?他にも授業中くだらねーLINEしてるやつとかいるんだぞ!?

 なんで俺だけこんな目に合うんだ!

 大学とか就職とかクラスに馴染む努力とか、俺には関係ないのに。

 俺は卒業したらつむりのことだけ考えて生きるんだ。

 時給のいい深夜かなんかのバイトして、時間ある時はつむりと過ごす。

 夢のような時間が、あと一年ちょっと我慢したら手に入る。

 それまで放っておいてくれればいいのに。

 おい、村瀬、スマホって財布みたいなもんだからな。金入ってるようなもんじゃん。

 教師だからって信用できるか。

 マジ放課後ちゃんとすぐに返さなかったら教育委員会とか連絡してやる。


 俺は涙目のまま、5時間目6時間目と過ごした。

 五時間目は担任村瀬の現国の授業だったが、俺の恨みがましい目を何度か盗み見るのがわかった。

 対して六時間目、数学の増田は、俺の様子がおかしいので、かといって声を掛けることもできず、挙動不審になっていた。

 悪いな、増田。

 そして放課後。

 俺は職員室の村瀬の席にいた。村瀬はくるくる座面の回る椅子に腰かけ、時折その座面を左右に振る。そのたびにきぃきぃ小さな音が鳴った。

 村瀬は三十代後半。座っていると俺の視線にちょうどやつの頭のてっぺんがある。少しだけ髪に白髪が混じっているのが、よく見えた。

「お前さ、もう高校もあと一年しかないわけじゃん」

「………」

(んなこと知ってるっつーの)

「もう耳にタコだとは思うけど、もうちょっと将来のことを考えないといけないよ」

「………」

(他人に言われる筋合いねぇっつの)

「例えばさ、ゲームが好きなら、そっちの道をいくとか、そういう選択肢もあるわけだよ」

「………」

(そういうのは興味ないっす。俺、絵とか描けないし。パソコン得意なわけじゃないし)

「いや、わかるよ。お前文系だもんな。でも別に文系ってだけであきらめることでもないじゃない。ちょっとでも好きなことに関係したことから仕事を探すっていうのはすごくいいことだと思うし」

「………」

(つぅかそもそもそうやって文系理系二つに分けちゃう日本の高校だ大学だ、そういう狭い考えにとらわれるのおかしいなって思うし)

「就職でも進学でもさ。何かやりたいこと、ないのか?」

「………」

(だからちょっとでも時給のいい仕事してちょっとでもつむりに掛ける金と時間を作りたいけど)

「高校卒業してからの人生って、長いから。ちゃんと考えてほしいんだ。お前、いつも進路、空欄だから、面談やっても黙っちゃうし。……あれか?お母さんは、やっぱり学校には来れなさそうか」

「………」

(もうすぐ18なんで。親は関係ないかと)

「電話でもいいんだけど……とにかく連絡がつかなくてなぁ……」

「………」

(頼むから、うちの親とは関わらないでください)

「……とにかくさ、ちゃんと授業は受けて。あと一年だけど、考えていこう」

「………」

(早く、スマホ返して)

「ん。もう授業中寝るなよ」

 俺はひったくるようにしてスマホを受け取り、職員室を出た。

 担任の村瀬はなんだかんだで甘いからいいが、これが風紀の小林あたりだとスマホは本気で返ってこないかもしれない。ということで、とにかく学校を出てからチェックをすることにした。俺は走って教室に戻り、誰とも目を合わせずに鞄を持って校門を目指す。

 学校を出て駅までの道。帰る途中に小さな神社がある。住宅街にぽつんと建つそこは小さな森のようになっていて、俺はその境内に寄り、ようやくスマホを出した。ここなら捕まることはないだろう。

 パッと画面が明るくなり、ようやくアイステの画面が立ち上がり、<起動中>と愛くるしくつむりが走っている。

 そこで、俺は見た。


<アイステ、卒業公演決定>

 ご愛顧ありがとうございました。誠に勝手ながら、当サービスは2022年7月をもって終了となります。


 卒業してからの人生って、長いから


 村瀬の声がもう一度聞こえた気がした。

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