魔導釜で作るジャンボ餃子 他2品 ③

「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」


 店員の問いかけに、レナーテは首肯する。しかし、その碧眼はすでに次なる強敵を見定めていた。


 それは壁にかかったジャンボ餃子の絵とそっくりだった。

 見た目を例えるなら、飴色の焼き目が入ったケーキに近い。でも、漂ってくる香りは紛う事なき餃子のそれである。


 さてここで解説しておくと、餃子は廻国では有名な国民食だ。パスティリオ王国にも、その専門店があるぐらい一般的な料理となっており、非常に馴染み深い。


 作り方は豚挽肉や千切りにしたキャベツ、玉葱、韮、卵、大蒜、生姜、各種調味を混ぜた餡を、主に小麦粉と塩で作った生地を巻いて、茹でたり、蒸したり、焼いたりする。

 形は店や家によってまちまちだが、だいたい手で握れるぐらいの大きさのことが多い。


 勿論普通鍋で作るのだが、【魔導釜】で作るジャンボ餃子はその規格どころか、レナーテの想像を超えるスケールだった。


 しかし、退くつもりはない。これまでレナーテは幾多の戦場を駆け抜けてきた。敵を前にして退却したことはない。だから、こんな所で退くわけにいかなかった。


 レナーテは再びベルを激しく鳴らす。


 すでにレナーテが変わった客だと認定したらしく、店員は冷静に尋ねた。レナーテはメニュー表を指差す。


「白飯ですね。少々お待ち下さい」


 驚いたというよりは、納得したという顔で、店員は注文を取ると、離れて行く。

 このジャンボ餃子を食べ切るためには、1人の力ではダメだと判断したレナーテは、白飯という援軍に頼ったのである。


 というよりは、こんな大きな餃子を白飯なしに食べるのは、もったいないと考えた。


「お待たせしました。白飯になります」


 ほっかほかの白飯が届けられる。

 ちなみに魔導飯店『東豚飯店』は、【魔導釜】が売りだけあって、白飯もとてもおいしい。


 いざ実食。


 やや震える手でジャンボ餃子にナイフを入れる。

 パリッという音が脳髄まで響く。


 皮の中で醸成されたと思われる肉汁が染み出し、餃子特有の味が鼻腔を衝いた。

 断面を見ると、さらにケーキ感を感じる。そこに詰まっていたのは、生クリームやスポンジ、あるいは果物ではない。

 挽肉とたっぷりの野菜がギュッと詰まった餡だ。


 レナーテはまさしくケーキのようにフォークを突き立て、一度白米の上に載せた後、口に入れた。


「ふぉおおおおおおおおおおおお!」


 1人絶叫する。


 うまい。

 【魔導釜】で作った餃子は初めてだが、こんなに大きくても餃子は餃子だった。


 当然だが、大きくてしっかり熱が入っていて、餡の奥の奥まで肉汁が染みこんでいく。皮は思ったよりも厚く、ちょっともっちりとした印象。でも焼き目がしっかり入ったところはパリパリしていて、普通の焼き餃子になっていた。


 ご飯との相性は言わずもがな。


 挽肉の脂に、キャベツ、玉葱、韮などが入った野菜からは甘みが染み出し、肉汁と一体となって襲いかかってくる。素材な本来の味も十分楽しめるが、しっかりと味付けもされていて、これだけでも十分食べられた。


 さらにご飯だけじゃなく、麦酒との相性も問題なし。

 豚肉飯と同様、脂分の多くなかった口元を、キレのいい炭酸が潤してくれる。餡全体の味と、ビールの苦みとの相性も最高で、ご飯も麦酒も進んだ。


(幸せ……)


 レナーテは白い泡と琥珀色がついたグラスを握りながら、目を細める。

 願わくばこんな時間がずっと続いてほしい、と願う。


 バシャンッ!


 それは唐突であった。

 まだレナーテの手元には、約半分のジャンボ餃子が残されていたのだが、そこに割れた硝子の破片が刺さる。さらに細かな破片が、まるでふりかけのようにご飯にかかってしまった。


 直後、響いたのは店員と客の悲鳴。

 そして、下劣な魔族の笑い声だった。


「ギョギョギョギョ……。イルイル。ニンゲン、イッパイイル」


 大きなアーモンドのような目がギョロギョロ動く。鎧のような分厚い魚鱗に、腕や足の裏部分には魚のヒレ、胸の辺りが規則正しく息を吸うみたいに動いていた。頭は魚そのもので、よく見ると手足の指の間には鋭い水かきが付いている。


 どうやら店の奥の川から上がってきたらしい。

 全身ずぶ濡れになった半魚人型の魔族は、お洒落な店内に入ってきた。

 その数3匹だ。


「サテ……。サツリクしょーノ、ハジマリダ」


 ニタッという音は半魚人の魔族が口を開けた時に出た音だった。


 突如、安全な王都に現れた魔族に、店員も客も竦み上がる。「誰か助けて」と悲鳴を上げた時、1人の女性が半魚人型の魔族の前に現れた。


 レナーテである。


 細身の女性が持つにはあまりに大きな大剣を抜き放ち、おもむろというにはあまりに無警戒に魔族に誓って寄っていく。鉄靴の音に反応した半魚人は、ようやくレナーテの方を見たが、その口は何かモゴモゴ動いていた。


「?」


 半魚人型の魔族は首を傾げた時、レナーテは口の中の餃子を飲み込んだ。

 皿にまだ半分以上残っていたジャンボ餃子が消えていた。


 レナーテは魔族に視線を突き刺す。人前ではただただオロオロするしかないコミュ障の女性の顔は、すっかり勇者の顔に変わっていた。


「ナンダ? オマエ?」

「ヤロウッテノカ、オンナ??」

「イヤ、マテ。コノオンナ、ドコカデ……」


 その時、風が凪ぐ。

 川からの湿った風ではない。レナーテが店内で軽く剣を振ったのだ。

 たったそれだけのことだったが、レナーテの実力を窺わせるには十分なアクションであった。


 そして、ついにレナーテが口を開く。


「食事の邪魔よ……」


 一言であったが、今日これが初めてレナーテが口にしたまともな言葉だった。



 ◆◇◆◇◆



 『東豚飯店』の扉が荒々しく開かれる。


 慌てて入ってきたのは、ラヴィーナとフーデンだった。

 ずっとレナーテを探していた2人は、慌ただしく店の奥へと入っていく。あまりにレナーテが見つからないため、星詠みに頼んで場所を特定してもらったため、店にいることはわかっていた。


「レナーテ! いるんでしょ! 魔族の狙いがわかったわ。あたしたちが倒したのは陽動だったの。あいつらの狙いはやはり王都よ。魔族は川を伝って、王都を――――」


 最初は勢いよくまくし立てていたラヴィーナだったが、店の様子とそこに佇む1人の女剣士の様子を見て、言葉を失う。


 倒れていたのは、3匹の半魚人型の魔族だった。


 店は少々荒らされていたが、人的な被害は皆無に近い。魔族の急襲を受けて、ほとんど被害らしい被害がないことが驚きだが、ただそれだけではなかった。

 店の奥――川沿いには、すでに無数の半魚人型の魔族が絶命していたのだ。


「ヒュー! さっすが、レナーテ」


 フーデンが囃し立てる。

 しかし、もう1人の連れは違う。


 ラヴィーナは大股でレナーテに近づいていく。

 その表情はやや俯き加減でわからなかったが、レナーテにはちょっと彼女が怒っているように思えた。


「お、おい! ラヴィーナ!!」


 仲間の様子を見て、フーデンは慌てる。


 魔族の急襲の可能性があり、一刻も早くパーティーの態勢を整えなければならないこの時に、レナーテは我慢できずにご飯を食べていたのだ。


 怒られて叱るべしだろう。


 レナーテは覚悟した様子で目を瞑ったが、鉄拳が振り下ろされることはない。

 代わりに彼女を襲ったのは、ラヴィーナの温かな体温と歓声だった。


「きゃああああ! さすがあたしのレナーテだわ。あたしの予想を分析して、先回りして魔族を潰すなんて。さすが稀代の勇者! カッコいい! 最高だわ!!」


 最後にはレナーテに自分の頬をすり寄せて、強くハグをした。


「……はあ。また始まった。ラヴィーナの猫かわいがり」


 フーデンはげっそりした顔で抱き合う仲間を見つめた。


 さてレナーテはラヴィーナから離れ、剣に付いた血を拭い、背中の鞘に収める。

 すると店員の前に膝を突いた。店員からすれば、魔族もその魔族を一瞬にして根絶やしにしたレナーテも同等の化け物に映ったことだろう。


 頭の整理が付かない中、腰砕けになった店員は逃げようと後退る。

 レナーテは少し困った顔をした後、店員に向けて手をかざす。


「ひっ!」


 悲鳴を上げる店員だったが、それは治癒の魔法だった。

 倒れた時に割れた硝子で手を切ってしまったのだろう。血で真っ赤になっていた店員の手が、みるみる正常の色に戻っていく。


「あ、ありがとうございます」


 戸惑いながら、店員は礼を言うと、レナーテはただニコリと笑う。

 そして懐に手を伸ばすと、財布の中から食べた分の食事代を取り出した。


「え? いや、その……。い、いいですよ。お代なんて。た、助けてもらったのはこっちなんですから。剣士さんがいなかったら、今頃どうなってか……ねぇ」


 店員が背後にいた店長らしき男性に同意を求めると、男は「うんうん」と頷く。

 レナーテは心の中では「悪い」と思っているのだが、さりとて問答するほどの会話力もなく、結局店側の好意に甘えることにした。


 すっくと立ち上がり、せめて店内を整理しようとテーブルや椅子を元に戻す。

 翻ったレナーテは店奥を向く。最初キリッと吊り上がっていた眉は、次第に頼りなさげに垂れ下がると、いつものコミュ障なレナーテに戻ってしまった。


「ゴゴゴゴ……」


 それでも何か言葉にしようと思うレナーテだったが、出てきたのはやたら物騒な擬音であった。何とかして声を出そうとするレナーテ。必死の女勇者に皆の注目が集まると、本人はさらに緊張してしまった。


 しかし、そこは勇者である。

 最後の力を振り絞り、レナーテは深々と頭を下げた。


「ごちっ!!」


 そう短く簡略化された言葉で挨拶すると、稀代の女勇者は雷の如く去って行くのだった。



                    ―― 完 ――


 

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勇者のいきつけ 延野 正行 @nobenomasayuki

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