魔導釜で作るジャンボ餃子 他2品 ②
「レナーテ、どこ?」
「出てこいよ、レナーテ?」
突然消えたレナーテの行方を捜すラヴィーナと、フーデンの声から逃れながら、レナーテは王都の大通りを離れ、どんどん裏通りの奥へと歩いて行く。
他の街と比べれば治安のいい王都も、裏通りの奥となれば、街灯もなければ石畳で舗装されていない道に行き着く。狭い路地に圧迫するように
ただ残念ながら、料理屋が見当たらない。鉄貨5枚で変えるような饅頭ぐらいしか見当たらなかった。お腹を膨らませるなら饅頭でも構わないのだが、食指が動かない。周りが戦勝を喜び浮かれている中、饅頭1つというのもどうも味気なかった。
「…………っ」
不意にレナーテの鋭敏な臭覚が反応する。
パスタの匂いでも、ステーキの芳醇な香りでもない。複雑でありながら明確にお腹を刺激する香辛料の匂いが、道の奥から漂ってきた。
花畑に誘い出された蜜蜂のように匂いを辿ると、『魔導飯店 東豚飯店(ロン・ボヤー・ジユ)』と看板を見つける。
(ふおおおおおおお!!)
突如、火山が噴火したみたいにレナーテは興奮する。
『東豚飯店』は、東の国『廻』発祥の
公務で2度だけレナーテは『廻』を訪れている。
2度とも昼は『東豚飯店』で舌鼓を打ったものだ。東の国は特に香辛料の種類が豊富で、こちらでは味わえない異国的な味は今でも鮮明に覚えている。
ついにパスティリオ王国にも、一号店ができたことは風の噂で聞いていたが、こんな辺鄙な場所にあるとは思ってもみなかった。
ぐぅ……。
ついにレナーテの食指が動く。ここに決めた。
異国情緒溢れるのれんをくぐり、まだ真新しい木のドアを開ける。お洒落なドアベルが涼やかな音を鳴ると、ニコニコしながら店員が近づいてきて、レナーテを歓迎してくれた。
「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」
元気のいい店員の挨拶に気圧されながら、レナーテは慌てて首肯する。
店内を見渡した。壁が少なく、開放的な空間が広がっている。やや使い込んだような椅子に、木のぬくもりを感じる机。天井からは青々とした観葉植物が下がり、店の奥から吹いてくる風に揺れている。
どうやら王都を縦に横切るパスティリオ川沿いに店を構えているらしく、店の奥からはせせらぎの音が聞こえた。
『廻』の店はもっと雑多なイメージだったが、こちらはどちらかと言えばお洒落で入りやすい。場所としてやや勇気が必要な場所だが、女性にも喜ばれそうな店内だった。
「カウンターか、テーブル席がございますが、いかがいたしますか?」
昼食には遅く、夕食には早い。それでも客は少なくなく、店員が忙しそうに動き回っている。出来たばかりで物珍しいというのもあるかもだが、場所の割には随分繁盛してそうだった。
窓際のテーブル席もいいが、レナーテはあえてカウンターに座った。
これには理由がある。魔導飯の調理風景を見るためだ。
魔導飯とは、名前の通り魔導具【魔導釜】を使った料理方法である。『東豚飯店』では極力鍋やフライパンといったものは使わず、【魔導釜】だけで作り上げることをモットーにしている。
「メニューが決まりましたら、テーブル横の鈴を鳴らして下さい」
店員は冷たい檸檬水と、同じく凍らせた布を置いていく。これは『東豚飯店』ならではサービスだ。レナーテは有り難く受け取り、汗が乾き始めた額を冷やし、檸檬水を一口入れて喉を潤す。何より鈴で店員を呼ぶというのが、レナーテにとって有り難い。
その鈴を鳴らすと、店員はすぐに注文を取りにやってきた。廻の民族衣装を来ていて、大胆なスリットが入ったスカートをヒラヒラと動かしながら近づいてくる。
「ご注文お伺いします」
レナーテはメニュー表を持ち上げ、指差した。
「三廻豚の豚肉飯ですね。無料でスープもお付けできすが……」
レナーテは首肯する。
ちなみに三廻豚というのは、廻を代表する三種類の豚をミックスした豚のことで、肉質が柔らかく脂身もしつこくないことから、国内では人気の肉となっている。
「かしこまりました。他にご注文は……はい。生唾鶏と麦酒を瓶でですね。すぐにお持ちします」
なんとか注文を終えて、先ほどまで尖っていたレナーテの神経がようやく安らぐ。
このままカウンターに座ったままだらりと過ごしていてもいいのだけど、今から始まるメインイベントに心が沸き立った。
カウンター向こうにはずんぐりとした【魔導釜】が、いくつも並んでいる。注文を聞いた料理人が早速、釜の中に水と米に加えて、葱や筍、椎茸なども釜に入れる。次に氷室からあらかじめ魚醤漬けにした三廻豚のバラ肉を取り出し、これも釜に入れてしまった。
下準備を整えると、【魔導釜】に魔力を込めて、起動する。
信じられないかもしれないが、たったそれだけで調理ができてしまうのが、【魔導釜】のすごいところだった。
「麦酒の瓶どうぞ」
店員が瓶とグラスを置いて行く。
レナーテは早速、グラスに手酌で注ぎ、白い気泡がシュワシュワと音を立てる中、まずは1杯呷る。
麦酒のキレのいい味が、喉を通り、麦芽の風味と酒精が鼻腔を抜けていく。久しぶりの酒精のおかげで、疲れた身体に血液を巡っていく感じがした。
(ああ~。幸せ~)
琥珀色のビールが入ったグラスを両手で大事に抱えながら、レナーテの顔は溶けた生クリームみたいにトロトロになる。普段は凜々しく、如何にも勇者然としているのにも拘わらず、今は見る影もない。
「お先にスープをどうぞ。豚肉飯はもうすぐできあがりますので」
小さな椀に入ったスープを置いて、店員は下がる。
スープには葱と大根が入っていた。さらにかすかだが、生姜の匂いがする。
椀ごと持ち上げ、軽く口を付けてみる。酒と塩に、生姜だけを入れた素朴な味は、その熱さと相まって胃が癒やされていくようだった。スープをすすりながら、料理人は次の料理に取りかかるのを観察する。
鶏胸肉の皮を剥ぎ、水分を良く取ったら、澱粉粉を満遍なくまぶす。【魔導釜】に、先ほどの鶏肉、葱、生姜、水を入れた。後は【魔導釜】に蓋をし、起動から二十分ほど待てば生唾鶏の完成だという。
豚肉飯も、生唾鶏も火焚きや味をしみ込ませる意味でも、1時間以上は必要になる料理だ。しかし『魔導飯』は、材料を入れるだけで錬金術師の合成釜のようにおいしい料理ができてしまう。魔法の世界にあって、なんとも摩訶不思議な料理なのである。
料理人はその間に、豚肉飯に入れる具材と、生唾鶏用のソースを作る。
店員の持ってきたスープが少し冷め、飲みやすい温度になった頃、ついにレナーテのところに三廻豚の豚肉飯と、生唾鶏が運ばれてきた。
(ふおおおおおおおお!)
絶品を感じさせる匂いに、レナーテは心の中で絶叫する。
ごゆっくり、と終始笑顔で対応してくれた店員を見送り、レナーテは運ばれてきた料理を見下ろす。
芳醇なスパイスと魚醤の味付けが香る三廻豚の豚肉飯。
短冊切りにされた野菜と、みじん切りにした長葱と生姜に、魚醤、蜂蜜、酢、辣油、砂糖を混ぜ入れたソースがかかった生唾鶏が置かれていた。
どっちもボリュームがありそうだが、今のレナーテには関係ない。
店内に響くぐらい音を立てて、手を合わせると、まずは廻でも食べたことのある生唾鶏を頬張った。
「ふおっ!」
うまっ。
蒸した鶏は割とパサパサしてるものだけど、こちらはジューシー。水分も脂分もたっぷりで、噛んだ瞬間から旨みたっぷりの肉汁が溢れてくる。加えて、鶏自体の味はとても淡白で、健康に良さそうな味だが、数種類の調味料がかかることによって絶品料理になっていた。蜂蜜がまろやかな舌ざわりを演出する横で、ピリッと辣油が舌に利き、酢がしつこい脂分を緩和して非常に食べやすい。
添えられた野菜もシャキシャキとしておいしく。肉と一緒に食べると柔らかな肉の食感と、野菜の食感が合わさって心地良かった。
生唾鶏を食べた後、一気に麦酒を流し込む。冷えた麦酒の苦みは、ちょうどピリ辛な味にはちょうどいい。おかげで食も、麦酒も進む進む。
完璧な調和。老舗の店が長い年月をかけて調整を続け、至ったまさに至高の料理だ。
レナーテにとっては、思い出の味だ。
勇者として認められるようになってからは、色々な国に出向いた。とても大変だったけど、こうしてひっそりと国の料理に舌鼓を打てるのは大変有り難い。こうして思い出飯に浸ると、その時の苦労も思い出すが、逆に嬉しいことも思い出す。
『ちょっと! レナーテ、どこ言ってったのよ!!』
不意に怒り顔のラヴィーナの顔が浮かび、レナーテは心の中で「ごめんなさい」と謝る。
店を出るのはまだ早い。何故なら、まだ豚肉飯があるからだ。
『東豚飯店』にはすでに2回行ったが、この料理を注文するのは初めてだったりする。前にフーデンが注文していて、おいしそうだなあと横目で見ながら、ずっと食べたかった。仲間なのだから、一口ぐらいもらえばいいのだが、フーデンは男だ。それでは間接キスになってしまう。変に意識してしまって、その一言が言えなかった。
(まさかパスティリオ王国内で食べるチャンスが出てくるなんて……)
レナーテは子どもみたいに目を輝かせながら、ついに念願の三廻豚の豚肉飯を口にする。
「ふおおおおおおっ!」
おいしい!
プリップリの豚肉の食感に、魚醤、砂糖、酒、さらに胡麻油の加わえた調味料の具合が抜群だ。同じ調味料を吸ったご飯と一緒に食べると、これまた進む進む。レナーテの手は止まらなくなっていった。ギュッと噛む度に肉汁が溢れ、口の中で甘塩っぱい味付けと絡み、得も言えぬうまさが感覚を刺激する。
さらにブレンドされたいくつかの香辛料は異国的な味を演出し、不思議な風味を残しては消えていく。不思議と身体がカッと熱くなり、さらに次のご飯とお肉を求めていった。
ちょっと口の中がしつこく感じたら、麦酒よりは大根スープを飲むとちょうどいい。素朴な味付けはちょうどよく、大根を噛むと清らかな水分が口内の脂分を浄化してくれる。
豚肉飯に添え付けられた味玉も、レナーテの大好物だ。
飴色に濁る白味部分は甘塩っぱく、ややとろみがかった黄身のコクと相性が抜群だった。レナーテのオススメは味玉を潰し、豚肉、米と一緒に食べることだ。
濃厚な肉汁と、甘塩っぱい味付け、お米の甘さ、そこにコクのある黄身が加わわることによって、食感以上のボリュームがあって、最高にうまかった。
レナーテはキュッと口元をナプキンで拭う。その目の前には、すっかり空になった皿が置かれていた。綺麗に食べられ、米粒はなく、ソースの航跡も最小限に残されていた。
さて、これで満足したかといえば、そうではない。
言い忘れていたが、レナーテはこう見えて健啖家であった。
麦酒瓶を一本追加する。冷えた麦酒を口にしながら、メニュー表を持ち上げた。
どれもおいしそう。でも、食指が動かない。
3回目となれば、以前食べたものが多い。生唾鶏は何度もリピートしたくなるから仕方ないとしても、できれば食べたことがない料理で締めたかった。
インパクトがあって、できれば胃にガツンッと来るものが良い。
一度メニュー表から目を離した時、レナーテはカウンター横に書かれた『ジャンボ餃子』という文字が目に入った。
(あっ……)
そのビジュアルに一目惚れしたレナーテは、近くのベルを激しく鳴らす。何事かとすっ飛んできた店員に対し、レナーテは壁にかかった『ジャンボ餃子』の紙を指差した。
「あ。ジャンボ餃子ですね。かなりボリュームがありますけど、全部食べられますか? あまり残されると、当店ではお金をいただいてるのですが」
「…………」
大丈夫、という風にレナーテは首肯する。端から覚悟の上だ。
最後に店員は笑顔で「かしこまりました」とお辞儀をすると去って行く。料理人はオーダーを聞いて、早速料理の準備を始めた。
氷室から餃子の餡を取り出してくると、まず釜の中に胡麻油を塗り始める。そこに薄い生地を釜に沿って貼り付け、先ほどの餡を【魔導釜】いっぱいに敷き詰め始めた。その餡の上にまた生地を載せて蓋をし、釜の内壁に沿って水を流し入れた。
【魔導釜】の蓋を閉じ、起動させる。
(ふぉおおお!)
作っているところを見ているだけで、レナーテはテンションが上がってしまった。
完成を想像しながら、麦酒を飲んでいるとついにそれはやってくる。
「お待たせしました、ジャンボ餃子です」
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