第14話 高速道路の怪(後編)

 都市伝説に伝わる姿とは全く違う二足歩行な人面犬さんは、ワナワナと震えながら涙目になり叫んでいた。


「あの憎らしい『ターボばあちゃん』めえ! 最速の座はわたしが貰う!!」


 ターボばあちゃん――トンネル内で車を走らせていると、並走して窓を叩く老婆がいるのだという。派生形でバイクに並走しながらバスケットボールをドリブルしている『バスケばあちゃん』や、国道を走っているとボンネットに乗って来る『ボンネットばばあ』もいるらしい。


「そのターボばあちゃんがどうしたのかね? 随分と敵視しているようだが?」


 先生は腕を組み、人面犬の話を聞いている。


「奴は……、奴は――!!」


 彼女は目を血走らせ、鬼気迫る勢いで先生へ食らいつく。


「知ってますか! 人面犬は古くは江戸時代から伝承がある由緒正しい都市伝説ですよ! それがここ十数年程度の歴史しかないターボばあちゃんが道路で幅を利かせているのです! そのせいで人面犬=ごみを漁っているなんて不潔なイメージが付いてます! こんなの我慢できますか!?」


 人面犬さんは鼻息荒く、先生に詰め寄っていた。


「つまり君は、人面犬の尊厳を取り戻すために、こうして高速道路を疾走していたのだね?」

「はい! そういう事です! いつあのばあさんが現れても追い越して格の違いを見せつけてやるのです!」


 どうやら怪異でも譲れない何かがあるらしい。先生は何やら考え事をした後で、人面犬に対して残酷な一言を言い放った。


「しかしだね……。君達人面犬は時速100km。しかし……、ターボばあちゃんは時速140kmで走れるという。はっきり言って如何ともしがたい能力の差があると言っていい」

「今のままでは勝てないというのですか!? けどここは努力と根性でなんとかなりませんか!?」

「残念だがならないだろう……。基本スペックで差がある以上、どうしようもない」

「そ……、そんなあ……」


 人面犬はがっくりと項垂れている。残酷な現実を突きつけられて、打ちひしがれていた。


「まあまあ、そう気を落とさずに。こんな時こそ私の出番だろう。皆でターボばあちゃんに勝つ方法を考えようじゃないか!」


 先生は高らかに宣言すると、彼女を車に乗せ、事務所へと急行する。




 事務所に帰還した俺らは早速作戦会議を始める事にした。


「さて……どんな手段で行こうか?」


 先生はクリップで止った紙の束をいくつか机へ置くと順に説明をしていった。


「まずは……外付けてのスピードアップということで……ニトロブースターを取り付けようと思うのだが、どうかな?」


 この先生、またとんでもない事を言いだしたぞう!


「せ、先生? 下手すればちょっとした衝撃で爆発しますよ!」

「爆発が怖くてターボに勝てるか!」

「ターボばあちゃんだってターボエンジンを積んでいるわけじゃないですよ!」


 ふと、横を見ると人面犬は脂汗を垂らしてブルブルと震えている。


「わ……、わたし……爆発するんですか!? 神風特攻で自爆させられるんですか!?」


 人面犬もまさか自分が爆弾扱いされるとは思っていなかったようだ。


「駄目? 自爆はロマンだぞう?」

「絶対に嫌です!!」


 先生はシュンとすると次の提案をする。


「これはあまりお勧めしないが……、悪の組織で改造人面犬になるというのはどうかな? 勿論、脳改造なんてしないから……ね?」


 もう先生の提案の意味が分からないよ。


「今度は悪人になれっていうのですか!? この人、運転の仕方といい、人の心持ってますか!?」

「まあ確かに、もしかしたら手術費用の代わりに怪人として働いてくれと提案されるかもしれないが……」


 ナチュラルに悪の道へと人面犬を誘おうとしている。


「それで正義のヒーローにやられるとか笑えないですよ!」


 人面犬は必死の形相で訴えている。


「しかしだねえ……、そんなに簡単に速度40%アップなんて……、ズルでもしないと無理だと思うが?」

「うぐっ! それは……」


 先生の言葉が痛い所を突いたのか、人面犬は言葉に詰まっている。


「でも……努力すれば……いつかは……」


 苦虫を噛み潰した様な人面犬に先生も困り顔である。


「分かった。ではニトロも改造もなしで、まずはターボばあちゃんが見ている世界を垣間見てみようか」


 この先生、何する気だろう?


 先生は再度高速道路へ行くと、車両の後部へロープを取り付けて、その端を人面犬へと括り付ける。


「あ……あの……嫌な予感しかしませんが……」


 人面犬はこれから起こるであろう惨劇を想像して、ガタガタと体を震わせている。


「まあまあ、そんなに怯えないでくれたまえ」


 先生は人面犬に笑顔を向ける。


「先生? もしかしなくても……、このまま彼女をロープで車と繋いだまま走る気じゃないですよね?」

「その通りだ! まず時速140kmで走って、慣れたら徐々にスピードを上げていく。そうすれば……最高時速140kmのターボばあちゃんなぞ恐れるに値しない!!」


 それって……、人面犬さん……瀕死になるんじゃなかろうか……。


「では行ってみようか!!」


 先生はアクセルをベタ踏みし、車を急発進させる。


「いやあああ!! 死にたくないいいいい!!」


 人面犬は絶叫しながら高速道路を疾走していく。俺はその様子を後ろから眺めていた。


「先生!? もう泣きながら引っ張られてます! そろそろ止めてあげましょうよ!」

「まだだ! 引きずられていないのなら、まだ付いて行けるという事だ。彼女のポテンシャルを最大限に引き出す!」


 先生……、目が血走っているんですけど……。


「ほら見てください! 人面犬の顔が涙でグシャグシャになっています!」

「よし、もっとスピードを上げるぞ!」


 先生話を聞かず、更にアクセルを踏み込む。速度計を見ると180kmと表示されている。


「もう無理! 絶対無理! 死んじゃう! ほんとに死んじゃう!!」


 絶叫しながらも人面犬は引きずられることなく、未だに二本の脚でひた走っている。


「ふむ……。そろそろ良いかな?」


 先生はそう言うと車をゆっくりと減速させる。そして彼女の前へと駆け寄る。


「どうだったかな? あのスピードでの世界を自分の脚で体験した感想は?」

「無理無理無理無理むりむりむりむりムリムリムリムリムリmurimurimurimurimuri」


 人面犬は虚ろな眼でブツブツ呟いている。

 先生はパアンと掌を叩くと、人面犬を正気に戻させた。


「はっ!? わたしは何を?」


 彼女は先生を見るなり、大粒の涙と鼻水を垂らす。


「いやああああああ!! 人殺しいいい!? じゃなかった、人面犬殺しいいいいいい!?」


 その絶叫と共に走り去って行ってしまった。


「おおっ!? 今、あの娘のスピードを計測したら時速150km出ていたぞ! これでターボばあちゃんにも勝てるな!」


 先生は満足そうにうんうんと肯く。

 そして最近、高速道路を走っているドライバーの間で、ばあさんとイヌ耳少女が猛スピードで並走している姿が目撃されているとかいないとか。

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