第13話 高速道路の怪(前編)
俺こと、須永明は今、先生と共に深夜の高速道路を走っている。先生が言うには今回はこの高速道路で何らかの怪異が出るとの事で、その調査のために俺は同行しているのだ。
「しかし、高速道路に出る怪異って何ですか? ここで車に轢かれた人の霊とか?」
「いいや、それならそれで良いのだが……、今回は走行中の車を追いかける『何か』らしい」
それはそれで危険だ。そんなのに気を取られてハンドルを切り間違えたら大事故に繋がりかねない。
「そういう訳で、私たちがその怪異を炙り出すべく、こうして走っているという事さ」
現在、先生が運転する車は時速100kmほどで走行している。そんなのを追いかける存在がいるというのだろうか?
「ところで先生、その追いかけてくる奴というのはどんな姿なんですか?」
「ああ、何でも人型で尻尾があったとか……」
「は……はあ……。よく分かりませんね」
とはいえ実際に遭遇すれば正体は判明する。
車を走らせること三十分。ついにその怪異が姿を現した。
「先生!? 後ろに何かがいます!!」
「ふっ。ついに来たか。だが……追いつかれるわけにはいかん! 追い越された瞬間、いなくなられても困るからねえ!!」
先生はアクセルを踏み込み、更にスピードを上げる。
「先生!! 後ろのヤツ、凄く速くなってますよ!?」
「分かっている!! だがヤツのスタミナ切れまで粘るぞ! そうでなければ捕まえられん!!」
あっ……。捕まえる気だったんすね。
先生は追いかけて来る怪異に追いつかれまいと華麗なハンドル捌きで減速もせずカーブを曲がっていく。
「先生! 少しずつ相手のスピードが落ちています!」
「そうか! もう少しだな!!」
先生は急速旋回で車体を180度回転させ、今度は追跡者へ向かって猛スピードで近づいている。
「先生!? なんつー運転してるんですか!? っていうか、ぶつかる! ぶつかりますって!!」
「心配いらん! 鼻先1mmで止めて見せる!!」
この先生、ハンドル握ると性格変わる人か!?
「先生……ちょ!? ほんとに轢いちゃいますよ!?」
「大丈夫だ! 安心しろ!!」
ダメだ……。もう何を言っても無駄な気がしてきた。
「よし、今だ!!」
先生が急ブレーキをかけ、車が止まった。幸いにも何かに激突した衝撃はないので、目標を轢いてはいないらしい。
俺達は追いかけて来た怪異の前に行くと――
「ううっ……。ひっく!? うぇええん!? 鼻先一寸に鉄の塊が!? 死ぬ!? 死後の世界が見えました!? 川の向こうでおじいちゃんとおばあちゃんかもしれない人が手を振っているのが見えましたああああああ!?」
そこには大泣きしている女の子がいた。いや、それはただの女の子ではなかった。犬の様な耳が頭部に付いてるし、尻尾も見える。そして手にも肉球がついていて、獣のような手足をしていた。どう見ても普通の人間ではない。
「先生? 犬みたいな人間みたいなよく分からないのがいます!」
先生は彼女の目の前まで行くと、しゃがんで目線を合わせて問いかける。
「君は……何者かね? 何故あのような真似をするのかな?」
「ひいいっ!? そういう貴方は人面犬を轢こうとする暴走車おじさんですか!?」
人面犬――都市伝説にある人間の顔を持ち、言葉を喋る犬だ。ゴミを漁っていたり、深夜の高速道路で車を追いすがったりするらしい。
だが、目の前の自称人面犬は二足歩行してるし、体は人間に近い。
「私は根木野新次郎という者だ。断じて『暴走車おじさん』などという新種の怪異ではない」
俺からすれば、あんな危険な運転をしている時点で立派な変質者である。
先生は彼女の全身をくまなく観察し、次に頭についた耳に触れる。
「ふむ。やはり本物か……。君は人面犬で間違いないのかね?」
「だからそうだって言ってるじゃないですかあああ! どこからどう見ても人面犬そのものでしょ!」
先生は嬉々とした表情で俺の方を向き、とんでもない事を言い出した。
「須永君! これが現代の人面犬か! 犬の体に人の顔ではなく、人間に近い体の所々に犬の特徴があるとは……!」
あ……、いや……興奮してるとこ悪いんですけど……、話が進みませんよ……。
「せ、先生? とりあえず、彼女から色々聞きましょう?」
「む? 済まない。こんな人面犬がいるとは思わなくてね。ではまず聞き取りから始めようか」
先生はスーツの襟を正し、彼女と向き合う。
「君は何故、あのような危険な真似をしていたのかな? 高速道路で車を追いかけるなど……。一歩間違えれば大惨事だったところだよ?」
「大惨事になりそうだったのは、貴方のせいですよね!? わたしに向かって猛スピードで迫ってきましたよね!?」
「はっはっはっ! 私のドライビングテクニックで何も無かったろう?」
「全部ワザとやったって事ですね!? やっぱり暴走車おじさんじゃないですか!!」
先生は困ったように頭を掻いている。確かにあの運転は危険極まりなかった。下手したら本当に事故を起こしていただろう。
「ふぅ……。仕方がない。では、質問を変えよう。君はどうしてあのように走っていたのだい?」
彼女真剣な表情で語り始めた。
「わたしには……、絶対に勝たなきゃいけない相手がいるのです!!」
人面犬らしい目の前のイヌ耳は、拳を強く握りしめながら先生へと答えていた。
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