第11話 吸血鬼のご相談(前編)

 日が完全に沈み暗闇が世界を支配する中、一人の人物が事務所を訪れていた。

 彼の第一印象は、儚げだった。

 病的な程の真っ白な肌にきめ細かい銀髪を肩口まで伸ばし、黒いマントを羽織った二十代後半程の見た目の男が、先生の前に立っている。

 男と根木野先生の目が合う。すると彼はバサッとマントを翻し高らかに声を上げた。


「我輩は宵闇の貴族! 夜を統べる者! 吸血鬼、アドリア・アントネスクである!」

「ふむ。わたくしがこの事務所の主人、根木野新次郎です。初めましてアドリアさん」


 先生は相手の目を見ながら冷静に自己紹介を返す。

 しかし目の前の人物は吸血鬼を名乗る怪異。『たかが人間が!』とか『貴族に対して、その態度は何だ!?』とかあるかもしれない。


 だって偉そうだし。


 先生とアドリアさんが目を合わせること数秒、彼はマントの中から何かを取り出した。見ると厚紙で出来た箱のようだが――


「あっ……。これ、ルーマニアで評判のパパナシというお菓子です。つまらない物ですが、良かったらどうぞ」


 吸血鬼さん、めっちゃ礼儀正しかった。


「これはお気遣いありがとうございます。あとで頂きますね」


 先生はパパナシを冷蔵庫に入れ、今度はソファーに腰かけてアドリアさんと向かい合った。

 そして、さっきからずっと疑問だったことを口にする。


「ところで、どうしてアドリアさんは当事務所へ?」

「それは勿論、貴殿に相談したいことがあったからだ」


 吸血鬼の相談か……、一体どんな内容なんだろう?


 そんな事を考えていると、アドリアさんの前にお茶が置かれる。美桜みおちゃんが入れてくれたのだ。


「おお。可愛らしいお嬢さん、ありがとう」


 美桜ちゃんはアドリアさんに一礼する。彼は美桜ちゃんを一瞥いちべつすると、とんでもない事を言いだした。


「お嬢さん、あと四、五年したら我輩に血を吸われてみないかい?」

「えっ!?」


 ウインクしながらそんな提案をするアドリアさんだった。美桜ちゃんはどう返答したらよいか分からずに固まってしまっている。

 そんな中、先生だけがスッと立ち上がり、事務所の奥にある鍵がかかった棚から何かを取り出した。

 それは辛うじて人が持てるサイズではあるものの、ある種の兵器のようにも見える。その最大の特徴は金属製の杭が装填されている事だろう。

 漫画やアニメならばありそうな武器だ。


「これは……、海外の知人が日本のアニメに感銘を受けて作成したパイルバンカーでね」


 パイルバンカーとは、炸薬等で射出する杭を相手に打ち込む武器である。本来なら空想の産物の筈が、何故かこの場所に実在してしまっている。


「須永君……、この杭、どう思う?」

「凄く太くて……銀色です……」

「そうだろう? 表面に銀をコーティングしているからね」


 吸血鬼を退治する方法で有名なものには心臓に杭を打ち込むというものがある。銀も吸血鬼が恐れるものとして世界中で知られている。

 先生は一度アドリアさんに鋭い視線を向けると、何故か違う湯飲みにお茶を注いで彼の前に差し出す。


「さあ、お茶のおかわりです。どうぞ」


 先生はにこやかだが、その湯飲み、どう見ても銀で出来ている。

 アドリアさんの表情が見る見るうちに強張ってしまう。


「そういえば、近所の教会から聖体のおすそ分けがあってね。良かったらこれもどうぞ」


 今度はウェハースの様なものをアドリアさんに差し出す。よく見ると彼は小刻みに震えて脂汗をかいていた。

 つまるところ先生が言いたいのはこういう事だろう。


『うちの娘の血を吸おうとするなんざ、ふてえ野郎だ! 今度冗談でもそれを言ったら、心臓にパイルバンカーで杭を打ち込んだ後で、柩に叩き込んでコンクリ詰めにして、宇宙空間から大気圏に突入させて灰も残さずに焼き尽くすぞ! ゴラァ!!』……と。


 後半のは勝手な想像だが、この先生ならやりかねない。だって捨てられても帰ってくるメリーさんをマリアナ海溝とか国際宇宙ステーションに送ろうとか言いだす人だ。やろうと思えば絶対できる……はず。

 流石にマズいと思ったのかアドリアさんは涙目になって先生へと釈明をする。


「こ、これは……ヴァンパイアジョークである。許されよ。うむ! 我輩にはそんなつもりは微塵もない!」


 というか……吸血鬼って……普通に強いってイメージがあるが……。


「先生? アドリアさんもこう言っていますし……、あまり大人げない真似は……」

「そうだね。失礼、アドリア殿。私も少しばかり感情的になっていたようだ」


 よ……、良かった……。この場で先生と吸血鬼が戦ったらどうなっていた事か……。でも、うちの先生の負ける姿が想像できないぞ?


「我輩としても負けると分かっている戦いをする気は無い。この場には誰が作ったかは分からぬが対魔用の道具の気配が山ほどある。そして我輩が座っているソファーの下にも何かを仕込んでいると見える」

「ふむ……。流石だね……。まあ吸血鬼とまみえるのなら、それ相応の準備をするさ」

「とはいえ、此度は争いに来たわけではない。話を戻すが我輩の相談を引き受けてくれるかね?」


 その一言で先生の目は鋭くなった。どうやら本題に入るようだ。

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