第10話 閑話 わたしの見ている世界

 ――キーンコーンカーンコーン

 今日の授業が終了を告げるチャイムが鳴り響いた。


「じゃあ、あとはホームルームだな」


 担任の先生が教室に入ってくると、いつものように連絡事項を伝え始めた。それが終わると、わたしは教科書とノートをランドセルに詰めて帰り支度をすると友人が声をかけて来た。


美桜みおちゃん、今日遊ばない?」

「ごめん、うちの手伝いしなきゃならないから、パス」


 そうして、わたしはクラスメイトの誘いを断り、通学路の途中にある商店街へと向かって行った。


「美桜ちゃん、今日はそこのスーパーで卵が安いよ~」


 昭和チックな割烹着のおばさんが特売品の情報を教えてくれた。


「む。美桜殿、八百屋では朝取りのキャベツも安くなってるぞ!」


 今度はちょんまげの時代劇に出て来そうなおじさんからだ。


「魚屋では鮭の特売やっとったぞ、美桜君」


 シルクハットでスーツ姿なちょび髭のおじいさんまで、みんなわたしに話しかけてくるけど……。


「この人達……、みんな幽霊なんだよねえ……」


 通行人に聞こえないように呟く。

 わたしが商店街に来ると、この人達の姿が見えるわたしに色々話してくれる。

 本人達が言うには、毎日、ものすごおおおおおおく、とおおおおおおっても、すさまじいいいいいいく、ヒマなので、こうやってわたしに話しかけたり幽霊同士でおしゃべりをして過ごしているらしい。

 わたしとしては、特売情報が分かるから良いけどね。


「卵にキャベツに鮭か……、今夜のごはんはどうしようかな?」

 そんな事を考えながら商店街を歩いていると、向こう側から歩いてくる高校生くらいの男女が目に入った。


「ったく、まーたお前なんかと組む破目になるなんて……、俺一人で十分だっての」

「うっさい! 私だって早く終わらせて帰りたいの! ほら、さっさと探すわよ! そういうの得意でしょ」

「へーへー。分かりましたよ……っと」


 なんかケンカしてる。わたしは二人に近づき声をかけた。


「あのぉ……、何か探してるんですか?」


 二人は同時に振り返る。二人共、何故か目を見開いて驚いている。

 わたしが不思議がっていると、女の人の方から話しかけてきた。


「こんにちは。ねえ、この辺でおかしな噂とか聞いたことない? 何でもいいんだけど」


 目の前のお姉さんは、わたしが警戒しないように、優しい笑顔を浮かべていた。


「変な噂……ですか? そこの居酒屋のマスターがパチンコで大負けしたとか……。実は雑貨店の店主がユーチューバーだとか……」


((何で小学生がそんなの知ってるんだ!?))


 目の前の二人は何やらツッコミたいような表情を浮かべていたが、これも幽霊さん達からの情報だ。


「ええとね? そうじゃなくて……、この辺で良くないことが起きる……みたいなのかな?」

「だったら……、商店街の外れにほこらがあって、そこで集まってた不良の人達が高熱を出して変なうわ言を言って倒れたって話は聞きました」


 わたしの話を聞いて、二人の表情が少しばかり真剣なものへと変わる。


「そっかぁ……。ありがとね。参考になったわ」

「いえ、別に何もしていないですし……」


 二人はわたしにお礼を言うと、足早に立ち去って行った。


「あの二人……、ほこらへ肝試しにでも行くんかね? やめといた方が良いってのに……」


 いつの間にか近くに来ていた山伏風の格好の幽霊がぼそりと言った。


「そうなんですか? 良くない事は聞きますけど……」

「ありゃあ、昔に祟り神を鎮める為に立てたんだぞ?  そんなとこで無礼を働けば……なあ?」


 少し軽率だったかもしれない。今なら止めに行っても間に合うかも……。

 そんな事を考えてしまい、わたしは思わず走り出していた。

 商店街の裏通りに入り、さらに細い路地を抜けて行く。すると、段々と人影が少なくなっていった。

 そして、しばらく進んだところで視界が開けると、そこには古びたほこらがあった。

 その前には、先程の二人が立っている。


「こいつか……依頼にあった怪異ってのは」

「そうみたいね。さっさと片付けちゃいましょ」


 二人の目の間には、黒いもやの様なものが漂っていた。それは、人の形、獣の形、大蛇の形と決まった形を持たずに次々と姿を変えていく。


 駄目だ……、あれは……絶対に関わってはいけないものだ……。


 わたしの直感がそう告げている。


「二人共逃げてえええええ!!」

「「!!?」」


 わたしの叫び声に前にいた二人は咄嗟にこちらを振り向いてしまう。そしてその声に気付いたのは怪異も同じであり、その禍々しい黒霧の体から槍を思わせる鋭い触手がわたしへ一直線に伸びて来た。


「くっ……!? さっきの子供!? 何でここにいるんだよ!? 和泉いずみ!」

「駄目っ!? 間に合わな――」


 二人はわたしに向かって駆けだしているが、触手は眼前に迫っていた。






 ――が、その黒き魔手は、突如現れた手甲を装備した巨大な腕によって遮られる。


「祟り神とはいえ、この子に手を出すのは許せんな」


 わたしの後ろにいたのは戦国時代の様な鎧を身に纏い、その身の丈以上の槍を背負った武者の霊だったのだ。


「カンフー、行けるか?」

「当然アル! ホァチャー!!」


 鎧武者の問いに答えるように飛び蹴りを繰り出すチャイナ服の男の霊。


「オレも忘れては困るなあ!!」


 後方からは銃声と共に触手を撃ち抜くガンマンの霊の姿もあった。

 そして祟り神は後退を余儀なくされてしまう。

 そのあまりにも常軌を逸した光景に先にこの場所へ来ていた二人の男女は固まってしまっていた。


((何だあれ!?))


 そんな二人の疑問も束の間、また更に二名の幽霊が姿を現し、わたしを守るように立ちはだかっていた。

 その五人はそれぞれポーズを取りながら口上を叫ぶ。


「紅き鎧は情熱の証! 鎧武者レッド!!」

「我が拳法に敵無しアル! カンフーイエロー!!」

「極東に流れ着いたアウトロー!! ガンマンゴールド!!」

「闇に身を潜める忍! 忍者ブラック!!」

「この刀の錆にしてくれる! 侍ブルー!!」


 五人はそれぞれの決め台詞を終えた後で、まるで戦隊ヒーローの様に並び立った。


「「「我等、美桜ちゃん親衛隊にして商店街の平和を守る有志! 幽霊戦隊、ユウレイジャ―!!」」」


 特撮ヒーロー番組ならば、背後に爆発が起こるようなノリで名乗りを上げた。


「ねえ、智也ともや……、これ……何?」

「知るかよ! 和泉いずみ、こいつら……どうする?」


 困惑している高校生二人を尻目に、ユウレイジャ―を名乗る幽霊達は祟り神を五人で取り囲んで袋叩きにしている。

 それはもう祟り神さんが亀のようにうずくまって攻撃が終わるまで、ひたすら耐えているのだ。

 十分後、幽霊五人からの殴る、蹴る、斬る、突く、撃つを受け続けた祟り神さんは虫の息となっている。

 そこまでで鎧武者レッドは、和泉いずみと呼ばれていた女子高生の目の前にゆっくりと近づいていた。


「そこな者、神に通じる力を使えると見受けるが、この祟り神を鎮めてはくれぬか?」

「え? あ……はい……。でも……ここまでする必要……あったの?」

「? 戦隊ヒーローは怪人を複数人でボコボコにするものではないのか?」


 その言葉に頭を抱える女子高生が一人。とはいえ、この怪異をどうにかしなければならないので、彼女は祝詞のりとを紡いでいく。


「高天の原に神留かむづまります神魯岐かむろぎ神魯美かむろみみこと以ちて――」


 その言葉と共に、祟り神は光に包まれていき消滅していった。


「ふむ……。終わったようだな。では――」


 ユウレイジャ―の皆さんがその場を立ち去ろうとしたが、わたしはどうしても言っておかなければならない事があったのだ。


「ちょっと待って!! 助けてくれてありがとう! でも……」

「はっはっはっ! 礼には及ばぬ。さら――」

「……いつから見てたの? もしかして最初から?」

「「「……えっ!?」」」


 わたしの問いにユウレイジャ―の皆さんは固まっている。


「ち、違うでござる! レッドがピンチの時に颯爽さっそうと姿を見せるのが良いと! 拙者は反対したでござる!」


 忍者ブラック、忍者の癖に尋問には弱いらしい。


「なっ!? ガンマンゴールドも賛成していたぞ!」

「オレは銃を構えてすぐに撃とうとしていたのに、侍ブルーの奴が自分の出番が無くなるって我儘言いやがっただろうが!!」


 今度は口喧嘩を始める幽霊の皆さんだった。その様子に業を煮やした智也ともやと呼ばれていた男子高校生はお札の様な一枚の紙を取り出し、わたしに問いかける。


「なあ、お嬢ちゃん……、こいつらなかなかタチが悪そうだから、俺の式神に喰わせとくか?」


 彼がお札を手から離すと狼に似た霊獣が飛び出してきた。


「大丈夫です! そこまではいいです!!」


 わたしが彼の腕を引っ張り必死に止めている間にユウレイジャーは何処かへと消え去っていた。すると女子高校生が目線を合わせて話しかけて来た。


「ねえ、あなた……幽霊とか見えるの?」

「あ……、はい。でも学校で言うと変に思われるから内緒にしてます……」

「そう、お名前は?」

「根木野美桜と言います」


 わたしの名前を聞くと二人の表情が固まってしまった。


(……根木野……って、根木野か?)

(多分……そうだと思うけど……。あの人……結婚してたの!? あの性格で!?)


 二人が何やらヒソヒソ話をしている。多分、お父さんの事を知っている人かしれない。


「そ、そうか……、お父さんによろしくな……! じゃあ!!」

「ま、待って! 智也ともや! 私も帰るから!!」


 わたしの名前を聞くなり、全力で走って行った二人だった。

 そういえば、自分も買い物の途中だったと思い出したので、わたしは急いでスーパーに向かって歩き出した。



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今回出た高校生二人組ですが、別作品の『千年続く腐れ縁』から出しています。

良かったらそちらもどうぞ。

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