第9話 メリーさんの選択(後編)
根木野先生はニヤッと笑うと、嬉々として説明を始めた。
「まず一つ目だが……」
俺は緊張から、ごくっと唾を飲み込む。
「ウルグアイのどこかの町なんてどうだい?」
「……何を言っているか分からないです。ってかウルグアイってどこですか!?」
先生の提案に自分の思考が追い付かない。
「ああ、すまない。ウルグアイというのは南米にある国でね。大体日本の裏側に位置する国だね。まあ正確には、日本の裏側は海になるが、そこから近い国だ」
「え……、いや……ええと……」
「ん? ウルグアイが気に入らないなら、アルゼンチンでもブラジルでも良いが?」
「いや、だから何でメリーさんを放置する場所が南米になるんですか!?」
「そんなの決まってるだろう? ここから一番遠い場所に捨ててメリーさんが戻ってくれば、誰だって納得するだろう?」
真面目に先生の発言の意味が分からない。
人形が戻って来るかどうかの検証でそこまでするか!?
ふとメリーさんの方に目を向ける。もしも本当にこの人形が電話を掛けつつ戻って来るとして、どうなるかを想像してみる……。
『あたし、メリーさん、今ウルグアイとアルゼンチンの国境付近にいるの』
『あたし、メリーさん、今アルゼンチンを横断中なの』
『あたし、メリーさん、今チリにいるの』
『あたし、メリーさん、今日本行きの船に密航するの』
ヤバい。人形が南アメリカ大陸横断とか非常識にも程がある。
と……、そこまで想像したところで、どこからかゴトッと何かが倒れる音が事務所に響いた。音の出所を見ると、そこにはテーブルの上で倒れているメリーさんの姿があった。
「おや? 地震でもあったかな?」
先生はそう言いながら倒れたメリーさんに手を伸ばし、元のように座らせた。
「さて、次の候補地だが……」
次は何だ? 絶対ろくでもない事を言いだしそうだ。
「マリアナ海溝最深部だね」
「何故マリアナ海溝!?」
ちなみにマリアナ海溝とは北西太平洋マリアナ諸島の東にある世界で最も深い海溝だ。
「ちょうど調査があるらしくてね。無人探査機に括り付けて放置してみたいな……と。まあ……最深部までの道中で行方不明になっても、電話を掛けながら戻って来るかどうかが分かれば良いからね」
こ、今度は……海の中から電話が……となると……。
『あたし、メリーさん、今マリアナ海溝8000mの場所にいるの』
『あたし、メリーさん、今マリアナ海溝3000mの場所にいるの』
『あたし、メリーさん、今マリアナ海溝を踏破したの』
『あたし、メリーさん、今日本行きの海流に乗っているの』
うわぁ……、何か泣けてきた……。というか海の中って事は……。
「あの……先生? 深海に行くのならメリーさん……、水圧でペチャンコになりませんか?」
「可能性はあるが……、もしかしたら怪奇現象的な不可思議パワーでどうにかするかもしれない。もし潰れても、メリーさんはただの人形だったと記録すればいい」
先生が説明を続けていると、カタカタといった小さな音が聞こえて来た。よく観察するとメリーさんを置いているテーブルから発せられている。
「む? テーブルの脚のネジが緩んでいるのかな?」
先生がしゃがみ込み、テーブルの脚を覗き込むと、その音はすぐに消え去ってしまった。
「さて……、最後の候補地だが……」
「もう止めましょうよ! これ以上変な所に行かせようとするのは!」
俺は必死に訴えかけるが、先生には届いていないのか話を続けようとしている。
「まあまあ……、陸の果て、海の果て……といったら次に来るのは?」
普通に考えて、空の果て……だが……、空の果てってどこだ?
「そう、空の果て! 国際宇宙ステーションだ!!」
「……へっ!?」
最早俺の思考の完全なる外。
「宇宙って……!? どうやって行かせるつもりですか!?」
「ふっ……、なあに……宇宙開発関連のお偉いさん方には、昔、ちょおおおっとした貸しがあるからね。快く引き受けてくれたよ。もう少ししたらシャトルの打ち上げもあるし良かった良かった」
ちょっとした貸しってなんだ!? この先生一体何やった!?
「先生……、もう理解が追い付きません……」
この先生の方がメリーさんよりよっぽど超常現象かもしれない。しかし今度は宇宙から電話を掛けながら帰ってくるメリーさんか……。
『あたし、メリーさん、今宇宙空間にいるの。地球は青かったの』
『あたし、メリーさん、今スペースデブリがぶつかりそうになったの』
『あたし、メリーさん、今大気圏に突入するの』
『あたし、メリーさん、今日本近海に着水するの』
自分の想像とはいえ、どうツッコんだら良いのか判断ができない。
俺が先生の案を聞いて固まってしまっていると、テーブルの方からガタンと何かが落ちる音がした。そちらを向くとメリーさんが何故かテーブルから落ちていたのだ。
「……テーブルが傾いていたかな? 後でちゃんと見てみるか」
先生が落ちたメリーさんを拾ってテーブルに再度座らせると、俺の方を向き直った。
「では、どこにメリーさんを置いて来るか決めようか!!」
「あの……流石に可哀想になってしまいましたが……。もうちょっと普通の場所で……」
「えー……。せっかく私の人脈とコネを駆使してお膳立てしたのに……」
先生はどう見ても俺の意見に不満げだ。
「仕方ない。ではメリーさんに決めてもらうとするか」
おい、どうやって人形が決めるんだよ!?
俺の心の中のツッコみとは裏腹に先生は候補地を書いた紙をメリーさんを中心として、それぞれテーブルの東西と北に位置する方向に張り付けた。
「……何する気ですか?」
「この状態でテーブルを揺らして、メリーさんが倒れた方向で決めようと思う! そうれ!!」
――ガタガタガタガタ
先生がテーブルを勢いよく揺らす。しかし――
「……メリーさん……、倒れませんね?」
まるでメリーさんは足に吸盤でも装着しているかのように倒れる様子が微塵も感じられないのだ。メリーさんからは何となくだが、絶対に倒れてなるものかといった意思を感じる。
「先生……、もう一つ候補地を追加してみませんか?」
「それはどこかな? まあやってみるか」
俺の提案に先生はもう一つの候補地を紙に書き、テーブルに張り付ける。そして再びテーブルを揺らし始めると、メリーさんはパタンと四つ目の候補地の方へと倒れ込んだ。
それは俺の提案した『近所のスーパー』だったのだが……先生はそれが気に入らなかったらしい。
「こうなったら仕方ない。あみだくじで決めるか」
そうして先生は紙に、先の三つを候補地としたあみだくじを作成し、淡々と候補地を決定していく。
「ウルグアイか……。これでも良いだろう。さて……、明日現地に向かうとするか」
先生は期待に胸を躍らせながら明日の準備を始めていたのだが――
「……メリーさん、ありませんね?」
「どこに行った!? くっ……! 檻にでも閉じ込めておくべきだったか!?」
次の日、事務所からメリーさんの姿が忽然と消えていたのだ。俺は何となく納得していた。
メリーさん、命からがら逃げたな……と。
数日後、事務所の固定電話が鳴り響く。
「はい、もしもし根木野です」
「もしもし? どなたですか?」
『……し……メ……て……の』
「もしもーし? んー……」
美桜ちゃん、困った顔をしながら電話を切っていた。
「どうしたの?」
「多分、いたずら電話だと思います。か細い声で何言ってるか分かりませんでした」
「そっか……」
ま、こんな日もあるだろうと思いながら、事務所でゴロゴロしていた俺であった。
――その頃、メリーさんが封印されていたという寺の蔵では、人っ子一人いないにも関わらず、がさがさと何かが蠢いていた。そして、そこから少女の小さな声が発せられる。
『あたし、メリーさん、お外の世界は怖いから、お寺で隠居するの』
それは誰に向けたものなのか……、誰にも分からない。ただ一つ言えることは、この瞬間、メリーさんの都市伝説は幕を下ろしたという事だけだ。
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