第8話 メリーさんの選択(前編)
皆さんは『メリーさんの電話』をご存じだろうか?
ある少女が引っ越しの際、古くなった外国製の人形、『メリー』を捨てていく。その夜、少女に電話が掛かってくる。
『あたし、メリーさん、今ゴミ捨て場にいるの……』
少女は捨てた人形に対する罪悪感もあったのだろうが、恐怖から電話をすぐに切ってしまう。
そして、またすぐに電話が鳴り響く。
『あたし、メリーさん、今タバコ屋さんの角にいるの……』
少女は背筋に悪寒が凍り、その場にへたり込んでしまう。またすぐに番号不明の着信がかかってくる。
『あたし、メリーさん、今あなたの家の前にいるの』
その電話で恐る恐る玄関のドアを開ける。
しかし、そこには誰もいなかった。ホッと胸を撫でおろす少女だったが、またしても電話が鳴る。受話器を取ると――
『あたし、メリーさん、今あなたの後ろにいるの』
怨念か執念か愛増か……。捨てられた人形が持ち主の元へと戻って来る都市伝説、『メリーさんの電話』である。
「……というわけで、これがそのメリーさんだ!」
我が雇い主にして、超常現象研究家である根木野先生は、外国製であろう古びた人形をテーブルにやさしく置いた。
確かに古めかしい人形だが、服を補修している跡や、顔に所々色落ちがあるが丁寧に扱われていたのだろうと思われる。髪はクセっ毛の様な金髪でリボンでお洒落を演出し、瞳は鮮やかな青で、服のデザインもなかなかに凝っている。
「何が……、というわけで……ですか!? どこからそんなのを拾って来たんですか!?」
「ん? とある寺の蔵に封印していたらしいのだが、そこの住職が蔵を整理していたらメリーさんが出て来たと言っていたのでね。今回はこの人形で検証をしてみようと思うのだが……、どうだい?」
「大体……、ほんとにこれがメリーさんですか? 確かに古い人形みたいですけど……」
先生は、俺の疑問に対して一冊の本を取り出して見せてくれた。
「須永君、これはこの人形がその寺に来た時、持ち主が体験したことを記してある。これによると――」
「ええと? ○月×日……、捨てた筈のメリーさんから電話が掛かってくる。何度も……何度も……。○月△日、メリーさんが自分の部屋に戻っていた。この人形がここに在るはずはない……」
そこには日記の様な形式で書かれた記録が記されていた。この内容が嘘か真かは定かではないが、この人形の元の持ち主は何度捨てても戻って来る人形を寺に持って行き、封印してもらったという事らしい。
というか……、封印していたのなら軽々しくメリーさんを外に出すなよ。そこの寺、管理が
この人形が本物の『メリーさん』だとして、気になるのは先生が何をする気なのかという事だ。何となく想像は付くので俺の頭の中にある不安材料を口にする。
「先生、まさかとは思いますが……、この人形をどこかに捨てて、事務所に戻って来るかどうかを確かめる気ですか?」
「察しが良くて助かるよ。須永君……、私はそのために連絡しなければならない所が、いくつかあってね……。その間、メリーさんがおかしな行動をしないか見張っていてくれ」
「は……、はあ……」
あまり気乗りしないが、これでも助手なのだ。
先生の言いつけを守って人形を見詰めていると、どこかに電話をかけて英語で話し始めた。
残念ながら、俺はそこまで英語が得意という訳ではないので、何を言っているのかが理解できない。というか、メリーさんが戻って来るかどうかを調べるために何故に国際電話をしているのかが全く分からない。
その間、メリーさんが
これ……ただの人形じゃないのか?
そんな事を考えていると、先生は電話を掛け終えたらしく、俺の方を向き直した。
「待たせたね。とりあえず、メリーさんを放置する場所の候補が三ヶ所あるのだが、何処が良いと思う?」
「……その辺のゴミ捨て場に置くんじゃないんですか?」
「まさか! それで帰って来たところで、そんなのはそこらの犬や猫だってできるじゃないか! 超常現象と言うからには……もっとこう……、誰もが驚くような結果が必要なのだよ!!」
先生は拳を握り力説するが、普通に考えて動くはずの無い人形が自分の元に帰ってくる時点で超常現象と称して差し支えないはずだ。
「先生? あの……メリーさんは人形ですよ? 犬や猫は生き物ですから帰巣本能があります。でもメリーさんはそうじゃないですよね?」
「まあまあ、やるからには徹底的にやるべきだ。その方が須永君だって納得するだろう?」
「いや……まあ……そうですけど……」
先生の自信満々な表情を見ると、どうにも反論しづらい。
「じゃあ……、どこに捨てる気ですか?」
「ふっふっふっ。聞いて腰を抜かさないように! きっと驚くぞう!」
俺からの質問にノリノリで、しかもニコニコしながら口を開き始めた。
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