第7話 座敷童は遊びたい(後編)
その夜、丑三つ時にはまだ早い時間。俺達は再び例の部屋の前にいた。先生は険しい顔をしながら座敷童が出るという部屋の入口に立っている。
「先生……、本当にやるんですか?」
「当然だよ」
部屋に入る前に先生に問いたださなければならないことがあったのだ。
「あの……、その手に持っているロープは何ですか!?」
「座敷童を捕獲するためのロープだが? こう見えてもこのロープ、呪符や護符が織り込まれている優れものなんだぞ。幽霊妖怪どんとこいだ!」
「そんなのどこで手に入れたんですか!?」
「普通にウェブサイトの通販で手に入れたが? いやあ、よく利用するので色々サービスしてもらっているよ。例えばこれだ!」
先生が懐から取り出したのは、五芒星が刻まれた銃だった。よく見ると実銃ではなくエアガンのようだ。
「これは幽霊や妖怪にも効果があるエアガンだ。昔、飛頭蛮に襲われかけた時には、これのおかげで助かったものだよ。はっはっはっ!」
……ちなみに飛頭蛮とは中国の妖怪で宙を舞う生首の事だ。そんなのに襲われたって、この人はどんな生活をしてきたのやら。
「さて、座敷童を捕まえるとしようか!」
先生はロープをピシッと鳴らし座敷童が出没する部屋へと足を踏み入れる。
「ざーしーきーわーらーしーくーん? 怖くないよー? 出ーてーおーいーでー」
その姿はどう見ても幼子を誘拐しようとする犯罪者のそれだ。
「せ、先生? 普通に雰囲気が怖いです……。これだと出て来てくれませんって……」
「……そうかな? こんなにも優し気に語りかけているというのに……」
問題は言葉ではなく、その姿の方だ。
「まあ、あまり手間をかけるのも良くないか。では!」
そう言うと先生は何故か俺の体にロープを巻き付けた。少しばかりロープが体に食い込んで痛い。
「先生? 何やってるんですか?」
「ああ、この部屋のどこかで見ている座敷童に、このロープは安全だとアピールしているのだよ」
「この姿自体が安全じゃない気がするのですが……」
しかし、その効果はあったのか、やがて部屋のどこからか微かに音が聞こえてきた。
何かいると思うのも束の間、先生は俺に巻き付いているロープを一気に引っ張り――
「せ……せんせ、めがまわ……」
俺はまるでコマのように、その場でぐるぐる回転し始めた。そして目を回しながらも、ようやく止まった時、そこには小さな影があった。
「どうかね? 子供の頃ベーゴマで鍛えた回転は? 感想を聞きたいね。そこの座敷童君?」
先生はその影に向かって挑発的な笑みを浮かべながら話しかけている。
「悪くない。幼少期からの並々ならぬ鍛錬の賜物だな。褒めてやる」
いつの間にか目の前には、白い着物を着たおかっぱ頭の子供がいた。お坊ちゃんのようにも見えるし、お嬢ちゃんにも見える。
「では次はこちらの番だな……。おい、あのベーゴマセットを持って来い」
座敷童は部屋の片隅にあるベーゴマと遊ぶための台をこちらに運ぶように指示していた。
「今度はソイツではなくベーゴマを回すといい」
「ふむ。勝負という訳か……。良いだろう」
座敷童の提案に先生はニヤッと笑い返す。
「では、いくぞ! 必殺・ベーゴマの舞!」
先生の手から凄まじい回転のベーゴマが台へと向かって放たれる。
「おお、なかなかだ。ではこちらも行くぞ! 奥義・
座敷童も負けじとベーゴマ放つ。その回転は先生のベーゴマをいとも容易く弾き飛ばした。
「なっ……!?」
先生は驚愕した表情で、自分のベーゴマを見つめている。
「貴様の独楽も悪くはない。……が、年季が足りなかったな。あと五十年鍛錬を続ければいい勝負ができるかもしれん」
それだと先生はヨボヨボのお爺ちゃんになってしまう。
「あの? 座敷童さん? ベーゴマ歴は何年ですか?」
思わず質問してしまった。
「ん? ざっと百年くらいか」
そりゃあ勝てんわな。
俺ははっと我に返り、先生に向かって叫んでいた。
「そう言えば座敷童を捕まえなくて良いんですか!」
そこまでで、座敷童は俺達に静かに語りだす。
「はやるな。逃げる気は無い。久々に熱い勝負ができたのでな。我に用があって来たのだろう? 何だ」
この座敷童、俺達の話を聞いてくれるらしい。先生と俺は、自分達がこの旅館に来た経緯について座敷童に説明を始めた。
「成程……。最近我の姿が無いと、この
「そうだね。我々には姿を見せてくれたのに、どうしてだい?」
先生の問いかけに、座敷童はしばらく黙り込む。
「……それはだな」
そしてゆっくりと口を開いた。
「お前達……、アレをどう思う?」
そう言って、座敷童が指さしたのは部屋に置かれたぬいぐるみや玩具だった。この座敷童へのお供え物だ。
「可愛くていいじゃないか。私もこの部屋の雰囲気は好きだよ」
「ええ、そうですね。座敷童さんはどう思いますか?」
「……」
俺達がそう言うと、座敷童は再び沈黙してしまう。
「ん? 何か気に障るような事を言ってしまったのかな?」
「……が……い」
今度は何かを呟いている。
「あの……もう少し大きな声でお願いします……」
俺がそう言うと、座敷童は俺を睨みつけてきた。
「だから! もっと違うのが欲しい! 例えばパケットモンスターができる玩具とか!」
パケットモンスターとは子供から大人まで大人気のゲームだ。スマホや携帯用ゲーム機でプレイ可能となっている。
「その他にはジョイステーション5とかいう機械も! あと、will Uってのも!」
俺は一瞬固まってしまった。どちらも現代のゲーム機であり、座敷童には似合わないように感じたが、その本人からは必死さが伝わってくる。
「こんなにぬいぐるみがあったってどうしろって言うんだ!? 延々とおままごとでもしてれば良いのか! 玩具だって昔のベーゴマとかメンコとかばっかりだ! やることないから百年もベーゴマを鍛えたんだぞ!!」
……ようするに、部屋に現在置いている玩具では飽きたという事らしい。
「では……、要求を呑んだら、またお客さんの前に姿を現してくれるかね?」
座敷童はコクンと小さく頷く。
「ああ、約束しよう」
先生は笑顔で座敷童にそう答えていた。
次の日の朝、先生は女将さんへと対策を説明していた。
「――と、いうわけで……お供え物に関しては現代の最新ゲーム機やソフトを揃えて下さい。勿論、ネットも繋がるようにすることです。それと、あの部屋が空いた時は子供達の遊び場にしても良い。そうすれば座敷童も寂しくはないでしょうからね」
座敷童の要求を先生なりに叶えようというのだ。
「ほ、本当にそんな事で大丈夫でしょうか?」
不安そうな表情の女将。まぁ、無理もない。
「大丈夫ですよ。私が保証しましょう。もしも元に戻らなければ、必要になった金額はこちらで払います」
自信満々の先生だった。まあ、座敷童本人からの要望なので間違いはないだろう。
「わ、分かりました。早速手配いたします」
その後、風の噂ではあの旅館で再び座敷童が姿を現すようになったらしい。
ついでに、その部屋に置かれたゲーム機のプレイデータをお客さんの一人が確認した際に、どう考えても廃人プレイをしているとしか思えないデータがあり、新たな噂が立ってしまったらしい。
――曰く、夜通しでゲームをプレイする座敷童……だとか。
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