第6話 座敷童は遊びたい(前編)

 桜舞い散り花びらが湯殿を彩る温泉地。

 ここ銀麦三ぎんむぎさん温泉には、ある噂がある――


「先生、今回の調査は何ですか?」

「ああ、須永君。この温泉地は温泉も良いですが、そこの旅館のある部屋は予約が数年待ちになっているんですよ」

「? おかしな霊でも出るんですか? ああ……でも、それなら部屋ごと封鎖するはずだし……」


 俺の素直な疑問だったのだが、先生は少し苦笑して首を振った。


「いえ、そういうわけじゃないですよ。まあ、行ってみれば分かるから」


 俺達が旅館に着くと女将さんらしき人物が出迎えてくれた。


「ようこそいらっしゃいました! 根木野様ですね? どうかよろしくお願いします!!」


 女将さんは気合が入りながらもどこか困ったような印象を受けた。


「こちらこそ、お世話になります」


 先生も軽く挨拶をすると、そのまま部屋へと案内された。


「先生……、この部屋に何かあるんですか?」

「ああ……、正確にはここの隣の部屋ですね。須永君、座敷童を知っていますか?」


 座敷童――東北地方の旧家の奥座敷に現れ、いたずらをしてくという子供の姿をした妖怪だ。そして、座敷童が住む家は栄えるという伝承もある。

 俺が首を縦に振ると、先生が説明を続ける。


「隣の部屋には古くから座敷童が住みついているとの噂があります」

「へえ……」

「そこで座敷童にであった人には幸運が訪れたり良縁に恵まれるなどのご利益があるそうです」

「それはいいですね!」


 俺は純粋に喜んだのだが、先生は何故か複雑そうな顔をしていた。


「ただ……」

「ただ?」


 先生の表情が曇っている事に気が付き、不安になる。


「隣にいるらしい座敷童ですが……、ここ最近は目撃例がないらしいんですよ。それで――」

「先生に調査の依頼が来たと?」


 先生は真剣な顔でうなずいた。


「本当は美桜も連れて来たかったが、学校を休ませるわけにもいかないからね」


 先生の娘の美桜ちゃんはかなりの霊感の持ち主で、先日の花子さん調査でも大いに活躍してくれた。

 そんな彼女がいれば心強いのだが……。


「まあ、私も霊感はそこそこあるので大丈夫だとは思うが……」


 そういえば、先生の霊感ってどの程度なのだろう? おぼろげに幽霊が見えるとか、霊の声が聞こえるとかその位だろうか?

 俺はその疑問を先生にぶつけると予想外の返答があった。


「とりあえず……、悪霊が襲ってきたら拳で殴って返り討ちにできる位の霊感だね」

「……それ、霊感って言うんですか?」

「霊感ってのは霊に対する感覚だからねえ。とりあえず見えたら……、『聞いて』、『触って』、『殴って』、『蹴って』、『投げて』、『シメる』くらいなら可能だ」


 開いた口が塞がらない。それはもう普通に悪霊と戦えるということではないだろうか。


「だが追い払うだけで倒せはしないから、私もまだまだだよ。はっはっはっ!」


 ……この人も大概化け物だと思う。


「あれ? じゃあ美桜ちゃんって……」


 先生以上の霊感って事なら……霊相手に関節を極めたり、霊の足の小指に角材をぶつけて悶絶させたり、根木野流霊殺法(仮)を使えたりするのか!?


「須永君? 美桜は霊の気配を感じることに関しては私以上というだけだ。私の場合、壁で遮られたりしていると凄まじく感度が下がる。先日の学校で、美桜はドア越しでも花子さんの居場所を正確につかんでいただろう?」

「ああ……、成程」


 少なくとも美桜ちゃんは先生ほど人間を逸脱していないことが分かっただけでも安心だ。


「さて……。本題だがまずは隣の部屋を見てみようか。まあ今は昼間だし座敷童の姿は見えなくても気配くらいは分かるだろうからね」

「分かるんすか……」


 俺達は割り当てられた部屋の隣室へ移動すると、そこには人形やぬいぐるみが所狭しと並んでいた。これは座敷童に対するお供え物であり、ご利益があった人物からのプレゼントでもあるらしい。


「おお……! こうやって見ると壮観ですね」

「うむ。沢山の人達が座敷童に感謝しているということだ。ふむ……」


 先生は顎に手を当て、辺りを見渡していた。


「どうしました?」

「いる様な気はするのだが……、やはり見えないな。見えてしまえば追いかけて捕まえたりも出来るのだが……」


 うん、その理屈はおかしい。


「やはり夜を待った方が良さそうだ。夜になれば、より見えやすくなるからね。いやあ……雪女さんみたく姿を現すことに抵抗が無ければ楽なんだけどねえ」


 先生は夜まで待つ気でいるらしい。


「だが、布石は打たせて貰おう」

「先生? 勝手に人形やぬいぐるみの位置を変えるのは駄目ですよ? あとで叱られます。それと枕投げとかして騒がしくするのも厳禁です!」

「えー……。賑やかにすれば出てくると思うがなあ……」

「そんな子供みたいな我儘は許しません!」


 先生は残念そうな表情をしていたが、仕方なく納得した様だった。


「では、夜になるまでゆっくりしていよう。温泉もある事だしね。一杯やりながら入るとしよう」

「はあ……、俺は一応部屋を見ていますよ。何かあるかもしれませんから」


 先生は気にしなくても良いと言っていたが、これでも助手なのだ。何もしないなんて選択肢はない。

 しかし……座敷童が出なくなった……か。先生の話では気配はあるらしいが……、姿を現したくない理由は何なんだろうか?

 俺はそんなことを考えていた。

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