第4話 トイレの花子さん(前編)

 ――コツコツコツコツ

 三階を目指して階段を上がる。目指すはその階にある女子トイレ。


「先生……、夜の学校って何でこんなに不気味なんでしょうね」

「須永君、学校とは自然に生徒や教員が集まる場所であり、建設されてから年数が経っていれば様々な噂や怪談が生まれて当然だね。どこの学校にだって七不思議があるだろう?」

「えぇまぁ……。そうですけど……」

「例えば『音楽室のピアノは夜になると勝手に鳴り出す』とか、『深夜零時になると人体模型が動き出す』とかね」


 根木野先生の説明を聞きながら、廊下を歩き目的地のトイレへと向かう。


 この場にはもう一人、俺達と同じ目的で来ている人物がいるのだが――


「……お父さん? わたしまでここにいるのって……、何で?」


 そう言ってサイドテールを揺らしながら首を傾げる少女の名前は、根木野ねぎの美桜みおちゃんという。年齢は今年の春で小学六年生になる女の子だ。

 名字で分かるが根木野先生の実の娘。仕事で忙しい先生に変わり家事全般を取り仕切っている。

 ちなみに先生の奥さんには会った事がない。追求すると地雷を踏みそうなので、いまだに聞いた事がない。


「美桜。流石に男だけで女子トイレに入るのはどうかと思ってね。一緒に付いてきて欲しいんだ。美桜は幽霊とか見えるし適任だろ?」

「そ、そういうもんすか……」


 俺が半ば呆れながらの返事をする横では、美桜ちゃんがジト目をしながら根木野先生を見つめていた。


「お父さん……、確かにそうだけど……」


 どうも納得していない様子だが、それでも渋々といった感じで了承してくれたようだ。


「それじゃあ行くぞー!」


 元気よく宣言した根木野先生の後に続き、俺達は目的の場所である女子トイレへと到着した。


「トイレの花子さんは、校舎三階の女子トイレの三番目の扉を三回ノックして、『花子さんいらっしゃいますか?』と言えば返事が帰って来るらしい」


 先生は軽く説明を終え、続いてこう言った。


「さて! 検証スタートだ!」


 俺がざっと周囲を見渡す。この女子トイレには4つの個室がある。


「ふむ……、まず三番目の扉は手前から数えるのか……、奥から数えるのか……、どちらだと思う?」


 えっ!? そこから?


「普通……、入り口側から数えませんか?」


 俺は思わず素直な感想を口にする。


「奥側からという可能性も否めないが……」


 先生が顎に手を当て、思案を巡らせ始めたその時だった。


「この際だから、入り口側と奥側の両方を一緒にやってみるか。なあ、美桜」

「えー……。やるの? 絶対?」


 美桜ちゃんは明らかに嫌そうな顔をしている。そりゃそうだ。


「よし決まりだ。では早速やっていこう」


 こうして俺達の検証が始まった。






 そうして先生と美桜ちゃんは、それぞれ入り口側から2番目(奥側から数えて3番目)と3番目の個室の前に立っている。


「では……、まずはノックを三回ではなく、それ以外の回数で呼びかけてみようか!」

「……意味が分かりません」

「ほら、言い伝え通りにやらなければいけないかどうかを確認したいだけさ」


 先生の言い分を聞いてもいまいち理解できないが、ここは言われた事に従おう。


「では美桜、頼むぞ」


 先生が声を掛けると、美桜ちゃんは小さくため息をつきながら、拳を扉に近づける。


 ――コンッ!


 一回だけのノックで扉の向こうへと声を掛ける。


「「花子さんいらっしゃいますか?」」

「……」


 返答は全くない。


「ではノック二回で試してみよう」


 先生の指示に従い、今度は扉を二回ノックしてから呼びかけるが当然ながら反応は返って来ない。


「次は三回ですか?」

「いや……四回以上でやってみよう」

「……、ねえ、何か……そっちのトイレからイラっとしてるのを感じるけど……」


 先生の答えを聞いた美桜ちゃんが、眉間にシワを寄せて質問をした。


「まぁまぁ……。とりあえずやってみるといい。では!」


 ――コンッ! コンッ!


 双方二回目のノックを終える。美桜ちゃんはその後二回ノックをして計四回、先生はというと――


 ――コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンッ!!


 ノックした回数が分からない程の連打をしていた。


 何やってんだ!? この人は!?


「はーなーこーさーん!! いらっしゃいますかああああああ!!」


 しかも大声で呼びかけてる!?


「……」


 しかし返答はない。ただの無人トイレのようだ。


「ふむ。ノックの回数は四回以上でも駄目……と」

「お……お父さん? そっちのトイレから……かなりヤバめな気配がするんだけど……」


 美桜ちゃんの顔が青ざめる。


「大丈夫だ。次は……ノックを三回して『花子さん』以外の名前で呼んでみようか」

「まだ違う方法で呼びかけるんですか?」

「色々な検証をしてみるのも、超常現象研究家として大事だからね。レッツトライ!」


 横にいる美桜ちゃんの方を見ると呆れた様な表情を浮かべている。


「ところで……美桜。花子さんがいそうなのは、こちらの方で良いんだね?」


 先生は美桜ちゃんに確認をとる。彼女は小さく頷いた。美桜ちゃんの霊感はそこまでの信用があるらしい。


「ではここからは、私一人でやるとするか」


 そして先生は扉を三回ノックする。そうして今度はこう呼びかけた。


「はなきんさん、いらっしゃいますか?」


 はなきんさんって誰だよ!?


「反応はなし。なら……」


 先生は三回ノックを続ける。


「はなみずさん、いらっしゃいますか?」

「はーみるとんさん、いらっしゃいますか?」

「はなああくぉおおさあああん、いらっしゃいますか?」

「はなはなこっこさん、いらっしゃいますか?」

「はなこんだーさん、いらっしゃいますか?」


 もうどうやってツッコんだら良いんだろう?


 依然、トイレからの反応は皆無だ。だが、先生は気にせずノックを続けていく。


「はなごんぐすいさん、いらっしゃいますか?」

「はながござんずぅううん、いらっしゃいましゅか?」

「はなあじいいいっくうううう、いりゅかりゃすか?」

「はなああじろおおおん、おりぇえいるよ」


 もう言語化不能な言葉となっている。


「須永さん……、わたし……帰って良い?」

「もう少しだけいてくれない? この先生と二人っきりとか嫌だ」


 俺達はため息をつきながら先生を見守っていると、不意に美桜ちゃんが何かに気が付いた様に、ある一点を見つめ始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る