第3話 雪女の悩み事(後編)
根木野先生は、女将さん達をじっと見つめながら話し始めた。
「ところで雪花ちゃん、サンタクロースは好きかね?」
この先生は何を言っているのだろう? サンタと雪女さん達が夏を凌ぐのと何の関係が?
「はい! 大好きです!」
雪花ちゃんは目を輝かせて答える。雪女とはいえ、そこは子供。クリスマスにプレゼントを配るおじいさんは好きなのだろう。
「そうか、それは良かった。ではサンタさんのお世話になってみるかい?」
「「……へっ!?」」
俺と雪花ちゃんの声が重なる。
まさか先生、本気で言っているのか!?
「まあ、サンタと言っても北欧ではなくロシアのサンタさんだが」
「……先生? 北欧でも日本でもアメリカでもロシアでもサンタさんはサンタさんでは?」
俺が率直な感想を述べると、根木野先生はニヤリとして答えた。
「ふむ、須永君は……、
先生は英語ではない言葉を混ぜて話している。ロシアの話題だったので、おそらくはロシア語だろう。
「その……じぇど? 何とかって誰ですか?」
「ジェド・マロースは、おじいさんの姿をした霜の精にして、ロシアではサンタクロースと同じ役割を担う存在だ」
えっと……つまりどういう事だ? 俺にはよくわからないぞ……。
「要するにですね、根木野先生はこう言いたいんです。夏の間はロシアにでも行ってはどうかと」
女将さんは俺達にも分かるように説明してくれたが、俺と雪花ちゃんは思考が追い付かず、ポカンとしてしまった。
数秒後、思考停止から回復した俺達はお互いに顔を見合わせて声を上げてしまった。
「「ええええええええ!?」」
「いやぁ~、良い反応だねぇ」
「だねぇ……。じゃないですよ!? ロシア? 霜のおじいさん!? 何でそんなのが出てくるんですか!?」
俺は思わず立ち上がってしまった。
「前にロシアへ調査に行った際に知り合いになってね。中々気の良い御仁だったので、偶にSMSでやりとりしている」
「どこからどうツッコんだら良いんですか!?」
ロシアに行って、あちらの妖怪? 精霊? と知り合いになってSMSでやり取り!?
「大体、霜の精がSMS使えるんすか!?」
「んー? どうやら文明の利器は積極的に利用する方針のようだぞ。何せ、ロシア
そう言って、先生は自分のスマホを取り出すとジェド・マロースとやりとりしている画面を見せてくれた。
『シンジロー、日本酒を送ってくれん? ジュンマイダイギンジョーな』
『おお! いいとも! しかし、お前さん日本語達者になったなあ。じゃあ、代わりにキャビア送ってくれ』
『それだと釣り合わん。ウォッカなら良いが?』
……うん、もう訳わかんないよ。
「ええと、この会話してる相手がそうだとして、すんなり受け入れてくれるんすか? 爺さんでしょ?」
「ああ、もちろん。彼には孫の
先生はスマホで
そこには確かに可愛らしい女の子がいた。
髪の色は真っ白で、瞳の色も白く濁っている。肌も透き通るように白い。
写真の少女はロシア風の青いロングコートを着ている。それを雪花ちゃんは目を輝かせてジッと見つめて言った。
「可愛い……!」
「そうだろう、そうだろう。それに彼女は日本に興味があってね。日本の文化について色々と知りたがっていた。だから君達が行けばきっと喜ぶ筈だよ」
この先生、意外と色々考えて提案しているっぽい。
「それに、ジェド・マロースも黒髪黒目の可愛らしい日本の雪娘に、お爺ちゃんと呼ばれたいんじゃあああ! と前に言って――」
「その爺さん本当に大丈夫なんですか!?」
俺はつい叫んでしまった。
「まあまあ、須永君は心配性だな。ジェド・マロースは気の良い奴だし、孫娘の
「いえ、先生がそこまで言うのであれば……。雪花ちゃんはどうしたい?」
「う~ん、わたしとしては行ってみたいです。でも……」
そう言って、雪花ちゃんは不安そうな顔をする。
「わたし……ロシア語分からない……」
「そこは何とかなるさ。私も学んだ通信教育、『人外でも分かる初めてのロシア語』のパンフレットを後で送ろう。本格的な夏が来る前にそれで勉強すると良い」
先生は自信満々に答える。
どっから出ているんだろう? その怪しげな通信教育は。
「まあロシアとはいえ、夏は猛暑の場所もあるから、行くのは比較的涼しい地域になるだろうが、それでもここよりは過ごしやすいはずだ」
女将さんと雪花ちゃんは顔を見合わせた後で、先生へと向かって力強く答えた。
「分かりました。行きます。お願いします」
「根木野先生、ありがとうございます。須永さんも色々と大変そうですが頑張ってください」
「ふむ、決まりだね。出発までまだ時間はあるが、準備は早めに済ませておくように。では、私はこれで失礼するよ」
先生はお代を支払い、店から去って行った。
「しかし……先生……、妖怪の世界もワールドワイドになっていますね」
「そうだねぇ。海を渡り、空を翔けているのは人間だけではないという事さ」
先生と俺は雪の精同士のこれからの交流に想いを馳せながら帰路に着いた。
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