妹が最強のラーメン屋を始めたそうです

吉岡梅

妹が最強のラーメン屋を始めたそうです

妹からのメッセージにある場所は、山麓の駐車場だった。車を降り、辺りを見渡したが店らしきものは見当たらない。それどころか誰もいない。目の前には青空と、それを切り取るようにそびえ立つ山が見えるだけだ。


「やれやれ。どういうことだ」


芙美ふみからメッセージが入ったのは2日前だった。


---

芙美 < 最強のラーメン屋始めます

芙美 < 明後日10時に集合して下さい

芙美 < 場所:[Foodleマップの座標]

芙美 < 🍜👧


   どういうことだよ。説明しろ >

---


返信したが返事はない。未読スルーだ。またいつもの気まぐれか。馬鹿馬鹿しい。スマホを放り投げて寝ることにした。が、その2日後――つまりは今日。俺は、なぜか指定された座標へとドライブに来ていた。有休を取って。


「最強のラーメンと言われると気になるからな……」


それにしても芙美はどこだ。まさか誰かに攫われた? 辺りを念入りに探してみると、山頂へ向かう小道に1つの看板を見つけた。


「大自然ハイキングコースか。お、これは?」


看板の脇には1枚の付箋が貼ってあった。そこには見慣れた文字が並んでいる。


[麺屋芙美(最強)入場券。「上」で待つ]


「果たし状かよ」


ホッと一息をついて山を見上げる。山頂までは3~4kmはあるだろうか。行くしかなさそうだ。俺は諦めて足を踏み出した。


###


「はぁ。はぁ。やっと着いたぞ。ここは……見晴らし台スペースか? おーい芙美ー。ここにいるのかー?」

「いらっしゃいませ」

「いたか。やれやれ。お前ココただの山だぞ」

「知ってますけど?」

「知ってますけどじゃねーよ。つかなんだその恰好。黒Tにチノパン。頭にタオル巻いて腕組みまでして」

「ラーメン屋っぽくしてみました」

「店も無いのになんで恰好だけそれなんだよ」

「似合ってますか」

「メチャクチャ似合ってるわ。びっくりしたわ。つか最強のラーメンって何だよ。ラーメンどうこう言う前に、お前ロクに料理できねーだろ」

「妹は兄においしい物を食べて貰いたくて修業したのです」

「……んだよ。そう言われると悪い気しねーけどな。で、ラーメンは? 山を登って来てクタクタで腹ペコなんだよ。早いとこ出してくれ」

「わかりました。その前に、あの……今日は、その……」

「んだよ。わざわざ来てくれてありがとうってか? いいって事よ。気にすんな」

「入場券をいただかないと困るのですが」

「本当に気にしてねーのかよ。まあいいわ。入場券な。はいよ。さっきの付箋」

「ありがとうございます。ご注文は何ですか」

「何って、こっちはメニュー知らされてねーよ。何があるんだ?」

「当店、ラーメンのみとなっています」

「選択の余地ねーじゃねーか。じゃあラーメンで」

「はい。ラーメン一丁です!」

「後ろ向いてもお前しかいねーだろ」

「知ってますけど?」

「知ってますけどじゃねーよ。誰に知らせてんだよ。山か。山に言ってんのか。しまいにゃ木霊返ってくるぞ」

「では、こちらへどうぞ」

「お、やっと席に案内してくれるのか。やれやれ」

「こちら、シャワーになります」

「なんでだよ」

「まずは汗を流してください」

「システムがわかんねーよ。まあ汗かいてるからありがたいと言えばありがたいけどよ。どうなってんだよこの店。てか店どこ」

「こちらバスタオルと水着です。シャワーを終えたら着替えて下さい」

「話を聞けよ。つか水着ってどういうことだよ。ビーチかよ。あれか。海の家で食べるラーメンはうまいって奴か。つかここ山じゃねーか」

「知ってますけど?」

「知ってますけどじゃねーよ。ほんとわけわかんねーよ。まあいいわ。とりあえず汗流してくるわ」


###


「ふー。なんだかんだでサッパリしたわ。水着にも着替えたし、次はどうすんだ?」

「こちらへどうぞ」

「お、ログハウス風の店なのか。つかちょっと小さくないか? 煙突が付いてるから火は使えるんだろうけど」

「薪ストーブがあるのです」

「薪でラーメン調理するのか。大丈夫かよ。なんかキャンプみたいだな。どれどれ……ってお前これサウナ室じゃねーか!」

「知ってますけど?」

「知ってますけどじゃねーよ。ラーメンはどうした。つかストーブメチャクチャいかついな! サウナストーンまで乗ってるぞ」

「室内ただいま90℃となっております」

「おっ、いい温度ですね。ってそういう事じゃねーよ。まあいいわ。せっかくだから入らせてもらうわ」


###


「ふー、気持ちいなこれ。やっぱ疲れた後のサウナはいいな。それで水着に着替えさせたんだな。芙美は芙美なりに考え……」

「失礼します」

「なんで普通に入ってくんだよ。つかその恰好何? 水色タオル地のワンピにサウナハット。手にはバスタオルってお前」

「手作りで作ってみました」

「あら器用ですね。ってそうじゃねーよ。なんでそんな恰好してんだって話だよ」

「似合いますか?」

「急にトントゥ来たかと思ったわ。メチャクチャ似合ってるじゃねーか」

「トントゥ?」

「フィンランドにいるって言われてるサウナの妖精の事だよ。可愛いやつ」

「知ってますけど?」

「知ってますけどじゃねーよ。思いっきり首傾げてたじゃねーか。つかなんでちょっと得意気なんだよ」

「それではアロマ水の説明をします。今回のアロマはヒノキです」

「なんだよ急に」

「では始めますね。この柄杓でアロマ水を焼けたサウナストーンにかけます」


――ジュワアアアアアア


「うおおおお。すげーいい音してヒノキの香りが……って熱っ! 小屋が小さいから蒸気ロウリュの回りが早っ。ああ、でも気持ちいいなこれ」

「では、熱波の還流アウフグースしていきますね」

「なんだなんだ。天井に向かってタオルを回して……。って、上の熱い空気が降りて来たぞ。なるほど。気持ちいいなこれ。すげー汗出てきた」

「では、扇ぎますね」

「なんだそれ。タオルを旗みたいに横振りフラッグしたり、上から落とすように縦振りパラシュートしたり。ああ、風と一緒に熱波が身体に当たって気持ちいい」

「もう少しいきますね」

「タオルをピザ生地伸ばす時みたいに回転スピンするのか。今度は放り投げてお前まで回ってキャッチ。おいおいすげーな芙美。フィギュアスケート見てるみてーだな。ああ、しかもタオル振るたびに良い風来てるわ」

「はい終了です。お疲れさまでした」

「おー! 拍手。ってか違うだろ。確かに凄かったけどラーメンはどうした」

「気持ちよく汗をかけましたか?」

「メチャクチャ気持ち良かったわ。こんなに時間を忘れてサウナ室にいたの始めてだわ。どうなってんだよお前のラーメン屋のシステム。つかもうお前ラーメン屋じゃなくて熱波師アウフギーサーじゃねーか」

「次はこちらです」

「話を聞け。ああもう、行けばいいんだろ。行けば」


###


「こちら、水風呂になります」

「滝じゃねーか」

「知ってますけど?」

「知ってますけどじゃねーよ。雄大すぎるだろ。結構長くサウナ室にいたから体を冷やせるのはありがたいけど。ちょっと入って来るわ」

「滝つぼ方面が深めでおすすめなのです」

「おっそうか。じゃあ行ってみ……うゎ!」

「急に深くなるので注意して下さい」

「ゲホッ! 先に言えよ。つか、これすげー気持ちいいな。大自然の川でそのまま沐浴もくよくできるなんて、初めてだわ」

「バスタオルをどうぞ」

「お、ありがとう。ふー、さっぱりした」

「こちら休憩用のリクライニングチェアです」

「気が利くな。ああ、気持ちいいなこれ。高い所だけあって景色が凄いわ。辺り一面見下ろせるじゃねーか。メチャクチャととのうわ。……つか、ゆっくりできるのはありがたいけど、俺、ラーメン食いに来たはずなんだけど」

「お待たせしました」

「おっ、ついにラーメンか」

「サウナ、2セット目の準備ができてます」

「まだ行くのかよ」


###


「あー、滝つぼでリフレッシュした後のサウナも気持ちいいわ。それにしてもあいつ、本当に何を考えてんのやら」

「失礼します」

「だから普通に入ってくんなよ。つかそれ何? 両手に持ってるのは……木の枝を束ねて作った団扇と言うか埃取りというか。まさかサウナウィスクって奴か?」

「はい。北海道から通販で取り寄せました」

「メチャクチャ気合入ってんじゃねーか。どうりでいい香りするわけだ」

「今回は白樺ヴィヒタのウィスクなのです。では、さっそく腹ばいに寝そべってください」

「先にシステムを説明しろ。あーもうわかったよ。ほら。寝そべったぞ」

「まずロウリュの蒸気でヴィスクを暖めて。……失礼します」

「お? ウィスクで体を叩くのか。マッサージか?」

「ウィスキングと言うのです」

「へえ、そう呼ぶのか。それにしてもなんだこれ。暖かくて、いい香りがして、メチャクチャ気持ちいいじゃねーか」

「白樺の葉にはエッセンシャルオイルが含まれていて、美肌効果もあるのです」

「マジか。こんな山の上で美肌になってどうすんだって話だけどな。まあ気持ちいいからいいけど」

「では、仰向けになって下さい」

「おう、もう好きにしろ。つかなんだおい、蒸したヴィヒタを顔に載せんな! ……って、あれ? これホットアイマスクみたいで超気持ちいいぞ。それに白樺の香りが胸いっぱいに広がって……。ああ、いいなこれ」

「はい、お疲れ様でした」

「ヴィスクで叩いてマッサージしてもらったおかげで血行がえげつないくらい良くなってるじゃねーか。なんだこれ。メチャクチャいいサービスだな。来て良かったわ。今日はもう大満足だ。いい一日だったわ」

「では、ラーメンです」

「そうだったわ。俺ラーメン食べに来たんだったわ。最強の」


###


「よし、滝つぼで軽く体冷やして来たぞ。今度こそラーメン出てくるんだろうな」

「まずは水分補給の冷茶をどうぞ」

「お、気が利くな。つか旨っ。なんだこのお茶」

「玉露を水出しで作りました」

「すげー本気じゃねーか。なんだか申し訳ないわ。ラーメンも期待できそうだな」

「それでは調理を開始します」

「お、目の前で作るスタイルか」

「まず、この〇ッポロ一番塩ラーメンを……」

「スーパーで売ってる袋めんじゃねーか」

「知ってますけど?」

「知ってますけどじゃねーよ。なんで最強のラーメンがなんだよ。誰でもどこでもワンコインで買えるじゃねーか。手作り衣装とかヴィスクとか玉露にあんだけこだわってたのはどうした」

「ウチは味には拘ってませんから」

「拘れよ。そこに一番拘れよ。ラーメン屋なんだから。しかも最強名乗る」

「お湯を沸かして麺を茹でます」

「話を聞け」

「その間にこちらのトマトと卵を……」

「お、さすがにトッピング的な物はつけるのか」

「フライパンで炒めて下さい」

「俺がやるのかよ」

「串切りにしたトマトが先です」

「あーもうわかったよ。やるわ。いつものトマたまだろ? 串切りトマトに塩振って多めの油で焼いて、火が通ったら解き卵入れて油を含ませるようにして半熟、と」

「そこに豆板醤とうばんじゃんを入れます」

「ほう、辛くするのか」

「はい。それを普通に作ったポロイチの上に載せます」

「ほい。乗せたぞ」

「次は周りにレタスをちぎって載せて下さい」

「それも俺がやるのか。はいはい、レタスな。見た目が派手になってきたな」

「仕上げに甘酢餡あまずあんをたっぷりかけます」

「酢に醤油に砂糖に水溶き片栗粉と。たっぷりな。よし、かけたぞ」

「お待たせしました。麺屋芙美オリジナル、トマたまあんかけ一番です」

「名前がもうポロイチ顔出しちゃってんじゃねーか! オリジナルって言ってるけど。作ったのほとんど俺だし。まあいいわ。なんだかんだで美味そうだわ。それじゃいただきます」

「どうですか?」

「……うん! うまい! サウナ後に辛酸からすっぱい食べ物は鉄板だな。シャキっとしたレタスに安定のトマたまとのも相性も抜群。その全てを受け入れてくれるポロイチ(塩)の懐の深さといったら。しかも山登って疲れたところに、サウナとウィスキングで超リラックスした後とか味覚もビンビンになってるしな。これは……」

「最強、ですか?」

「はあ? まあ最強かと言われたらアレだけど、すげー美味いよ」

「はい。ふふふ」

「なんだよ」

「相変わらず兄は妹に甘いですね」

「何言っても響かねーからだよ。諦めてんだよ」

「でも、本当は違うのですよね?」

「……面倒くせーなー」

「ね?」

「はー。もーわかったわかった。芙美が好きだからだよ」

「知っていますけど?」

「知っていますけどじゃねーよ。あーもう、ご馳走さん! うまかったわ。その、最強のラーメン」

「おそまつさまでした。もう一袋行きますか?」

「一袋って言うなよ。ポロイチ感が強まるだろ」

「じゃあ、行きませんか」

「行くけどよ」

「はい。じゃあこれどうぞ」

「渡してくんなよ。結局俺が作るのかよ。まったく」


芙美は楽しそうに笑っている。


「……今度は半分こにするか」

「はい」


-おしまい-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妹が最強のラーメン屋を始めたそうです 吉岡梅 @uomasa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ