第10話 親父

親父に呼ばれた。

親父は、それなりに有名な実業家だ。

たまに経営誌なんかにも載ってる。

母親と違って、軍人一家の澄麗との付き合いにも寛容だった。


「真琴、婆さんがシーツを見付けたよ。お前、燃やそうとしただろ?」


ちっ!


誰にも知られたくなかった。

証拠を消そうとした。

焼却炉を最後まで見張っていなかった俺の落ち度だ。

婆ちゃん余計な事を!


「何があった?」


知ってんだろ!

親父の耳にも入ってるんだろ!!

向き合う親父の威圧感が半端なかった。

秘書は別室に控えさせたらしく、部屋には親父と2人きりだった。


話さざるを得ない…か。

俺は観念した。

だが、抱き潰した事は伏せた。

なるべくサラッと伝えたつもりだった。


親父が目の前に立った。

「馬鹿野郎!」

そう言って、、親父の拳が、左頬に容赦なく落ちた。

口の中に鉄臭さが広がった。


親父は、静かに怒りながら

「真琴、お前、自分が何をしたのかわかっているか?」

「嫁入り前の澄麗に手を出したことが?」

「違う!」

何が違うんだよ!

何をそんなに怒ってる!


「真琴、お前達はな、これからずっと、それこそ死ぬまでお互いを求め合う事になる。分かるか?生き地獄に2人して堕ちたんだぞ。」

「あいつは、澄麗は嫁ぐんだ。もう、俺達の日々は戻ってこない。たった一度、思いを叶えてなにがわるい!」


「だから馬鹿だと言ったんだ。」

「な、何なんだよ…。」

「はぁ…」

親父がこめかみを押さえた。


「お前達、何年一緒にいた?既に13年だろ。普通、籍の入った夫婦だって飽きるぞ。なのにお前達ときたら、歳を重ねる毎に思いを深くして、傍目に見てても恥ずかしかったわ。」

俺は顔を上げて親父を見る。


「肌を重ねたら二度と忘れられないだろう?

その温もりを、感触を。忘れる事なんか出来ないだろう。」

ああ、その通りだよ親父。


「真琴、お前、他の誰かを愛せるか?もう、逆立ちしても無理だろう?苦しいぞ、二度と抱きしめることが出来ないのに、体も、心も、その総てを覚えてるんだぞ。」

親父を見つめる俺の目は、驚愕に見開いた。

「そういう事だよ。だから馬鹿だと言ったんだ。お前には、たとえ愛せない相手であっても東家の後取りを残す義務がある。辛いぞ!」

愕然とした。

俺は、東家を絶やすことは出来ない…

「まあ、後取りさえできればいい。手段は任せるが…。」


よろよろと、俺は部屋を出た。

敷地の裏手にある林に入った。

「うわあぁぁぁぉぁぉぁーっ!」

頭を抱えて、その場に崩折れた。


「スミレーーーーーッ!」


いつの日か必ず澄麗をこの腕に取り戻す。

だが、それはいつになる?

2人の子は望めないのか?

他の誰を愛せと言うんだ?

思考はグルグルと巡り纏まらない。


日記…、そうだ、日記を頼りに生きていこう。

ふと、そんな思いが過る。


澄麗の言葉を書き記した日記

13年の月日を記した日記

澄麗が、遠い未来を語った記し…


ああ、日記と共に生きていこう…

これからの日々も澄麗と共に歩いて行ける…

絶望に浸っていても澄麗を取り戻せない。ならば進んで、その思いと共に過ごす。

今までも、これからも、共に…。






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私の家族の物語 猫寝間着 @cat417mi

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