第8話 真琴 安曇 霞澄

「お呼びだてして申し訳ありません。お忙しい中、お時間頂いて…。」

安曇は東真琴に頭を下げる。


「こんにちは。珍しいね、直接呼ぶなんて。何か有ったのかな?」


「あの、私の中で納得出来ないことがありまして…。不躾を承知の上でお呼びだてしました。率直にお伺いしてもよろしいでしょか?」

「内容にもよるけど…。」


そうよね…。安曇は逡巡する。迷った挙げ句に呼び出して、本人を目の前にしてまた迷って…。でも…、当たって砕けてみるしかない…のよね…

「あの…、東さんと義母のことです。あの…お二人は、本当はどういったご関係なのでしょうか?」


待合せに指定された場所『カフェ澄恋堂』

安曇さん、ここを知ってたのか…?

嫌な予感はあった。

連絡が来た時から。

ふーっ、と、真琴は息を吐き出した。

「だから、ここか…」


この人は只者ではない。

義母もそうだが、外見の若さといい、謎過ぎる。

2人で会うなど…。

だが、胸のモヤモヤを解決する方法を、これしか思い付かなかった。義母に聞くのも怖かったのだ。

「先週、仕事の資料が見付からずに行き詰まっていた時、始めて足をのばしました。家から皇都へ向かう方角とは逆方向だったので、正直な所、今まで来ようとも思わなかったんです。本当に…」

真琴は無言で先を促す。

「前に和琴が珍しい刺繍の本を持っているのを見咎めて、本なんて、あまりにも高額な品物で、何処で手に入れた物なのか問い質したことがあって…。それを思い出して…。必要に迫られて『貸本屋澄恋堂』に来たんです。そこで私、義母を見掛けて、声を掛けようと思ったんですが、カフェの中と外だったので…。」


安曇は珈琲を口に含み、一呼吸おいて続ける

「義母は、充さんが乳離れした頃から月に2回程、土曜日の午後に、2時間と時間を決めて暇をもらっていたそうです。義母が嫁いだ頃は、南の家は古い考えも残っていて、息をつける場所も無かったって…、冗談みたいに話していたことがあって…。

でも、義母と暮らし始めて、外出から帰ってきた時の、義母の本当に幸せそうな雰囲気を感じて、そんな空気を纏ってて…。不思議だったんです。何がそんな風に義母を変えるんだろうって。それで、その時、こういう所で自分を癒やしてたのかって思いました。」


そう話しながら、素敵なカフェですよね…と、微笑む。


「でも、見えてしまったんです…」

すっと、真琴を真っ直ぐに見やる。


「ハッと見返しました。

あの時、東さんと義母は背中合わせで座っていた。本を読みながら、コーヒーカップを手にする義母はとても幸せそうで…、でも、本を…読んでいたわけでは無いんですよね、お二人は会話してらっしゃいましたよね。東さんはディスプレイの本棚に、少し隠れた場所に居ましたけど、あれは、そのために、義母と会うために、絶妙に配置されているのではありませんか?」


「爺さん、俺もその話聞きたいかな!」

霞澄さん?


「爺さん、南のおばさんは、『澄恋堂』や幾つかの会社の共同経営者になってるよな。只の出資者じゃないんだろ!何が有るんだ?」

「…」

安曇は驚いた。

義母が共同経営者?


「あの…今のって本当ですか?」

「今のって?」

「共同経営者って…。」

「本当ですよ。爺さんから会社を引き継ぐ時に、爺さんの名前の横に、南のおばさんの名前がありました。まさか…、知らなかったんですか!」

「えっ、ええ…、義母は『レストラン永遠』に野菜を卸しているだけではないんですか?経営って?

我が家の誰一人として知っている者は居ないと思いますけど…。」

「はっ?!」


お義母さん、私、もしかしたら藪から蛇を突付いて出そうとしているのではないでしょうか?

どうしましょう…。

大事になりそうな気配が漂い始めた気がして、安曇の内心は焦り始めた…。


じっと聞いていた真琴が口を開いた。

「悪いが、話すにはスーちゃんの許可がいる。」

「そ、そうです よ ね…これは……。」

安曇の言葉が尻窄みになる。

何かとんでもない秘密を暴き出そうとしているような、そんな居心地の悪さを感じて、軽率な行動だったとオロオロしている自分がいる。

が、もう遅い。

出てしまった言葉は、元には戻らない…。


「スーちゃんに連絡してくる。少し時間くれるかな?」

「はい。今日はもう、何も予定を入れていないので…。」

「霞澄は?」

「俺も、今日はもう帰るだけだから…。」

「そうか。じゃあ、ちょっと待っててくれ。」


席を外した真琴は、声の届かない所まで移動して、澄麗に連絡する。

「あれっ?マー君?どうかした?」

「スーちゃん…。」

真琴は一呼吸置いて、決意したように声をかけ直した。

「澄麗…」

澄麗って、マー君!

「澄麗。安曇さんが『澄恋堂』に来てる。俺達の事を聞きに。」

「えっ!」


澄麗は、一瞬目を閉じて、真琴の声を受け取る。


ああ、だめだ…

もう、もう……


たった一言、名前を呼ばれただけで、澄麗の全てが真琴で満たされる…。


「澄麗、もういいか?話してもいいか?俺達のことを…。」

「マコト…?」

「もういいだろう?充分過ぎる時間は掛けてきた。なあ、澄麗…。」

「ねぇ真琴…、真琴を真琴って呼びたいなぁ私…。私も限界…。もう、いきなり名前で呼ぶんだもの。」

「澄麗?」

「真琴、ねぇ真琴、任せる…安曇さんの事、お願いね…。」

2人は、約束の時から100年振りくらいに互いの名を呼びあった。

「ん、了解!」

万感の思いがあった…。


真琴は2人の元に戻り、場所を移したいと申し出た。

安曇と霞澄は真琴の車に乗り込んだ。

着いた先は東別邸。

昔の東邸。今は真琴だけが住んでいる。


2人が案内された部屋は綺麗に整えられていた。

私室かもしれない。

使ってはいないのだろうか?

安曇は室内を見回して、ふと思う。

随分と古い家具や本。

机の上に古い写真立て…?

制服姿の2人の写真…眩しい笑顔……!


そこに写っているのは、紛れもなく東さんとお義母さん…

これは…どういう事?

ここは一体なに…?


安曇は、義母と義父は高校の同級生だと聞いていた。

きっと大恋愛で結婚して、最初の頃は、すごく幸せだったのだろうと思っていた。

強制性行為法で子を産んだ自分には望むこともゆるされなかったこと…。羨ましくも思っていた。

でも、でも、目の前の写真が写し出すのは?

言いようのない不安が押し寄せる…

あの、弾けるような笑顔…

まさか…!


今、全く違った現実が安曇の前に曝されている…


「全部話すよ。何が有って、今があるのか。

ただ、これから話すことは2人の胸の内に留めて欲しい。特に安曇さん、充くんと菜摘ちゃんには絶対に言わないでくれ。霞澄…お前にも許せない現実かもしれない…それでも聞くか?」

真琴は、念を押すように話掛けた。

2人は頷く。

「全部聞いた後、俺の、俺達の願いを、一つだけ聞いてくれ…頼む。」

真琴が頭を下げる。

無理を言っているのは自分の方なのに、何故?と安曇は思う。頷いてはいけない気がした…

でも

「分かりました。きっと、お二人には大切なお願い事なんですね。」

充に、家族の皆に申し訳ないと思いながら了承の意を伝えた。














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