第11話 澄恋堂
南家の平日の朝は慌ただしい。
充も安曇も一樹も和琴も大学関係者で定時までに出勤する。和琴が孕んでからは澄麗が車で送迎していた為に、澄麗もバタバタしている。霞澄に任せればいいのだが、澄麗が和琴を周りの目に晒すのを嫌がった。だからなのか、土日は家でマッタリノンビリ過ごすのが定番となっていた。なのに…
その日は土曜日。本来なら皆休み。いや、今日も休みではある。でも、何故か安曇だけ家に一人取り残されている。皆出掛けている。先程、義母も出掛けていった。フッと、週明けの講義で刺繍の課題を出そうと思い立った。昔の大陸の…古いけど、今は忘れられてる刺繍があったはず…。デジタルデバイスで探せないなんて…。あ、本なら…。時間は15時近かった。
安曇は思い出した。和琴が小さい頃、本を読んでいるのを見付け、問い質したことがあった。義母と出掛けた先で借りたと言っていた。確かバスで行けるって言ってたっけ。ささっと着替えてバスに飛び乗る。記憶を辿る…皇都とは逆方向…あっ、あった!
『貸し本屋 澄恋堂』本当に有った。安曇はドアを開け中に入る。Cランク以下の者が多いこの地区に、こんな夢のような場所があるなんて…。義母の澄麗の若い時代の本だ。管理が行き届いている。安曇は刺繍のコーナーを探し、やっとお目当ての本を見付けた。
レジで登録して借りる。皇都近辺と違い、人が対応してくれる。温かいな…と思った。
『スメコ』で支払う時に思ったのは安い!兎に角安価だった。
和琴が義母に強請り、小さい頃に足繁く通っていたというのも最近知った。ここは東家の、霞澄が経営している店舗だった。
お目当ての本を借りて横を見ると、本屋と繋がってカフェがある。『カフェ澄恋堂』なんともお洒落な店の作りに感心する。借りてなくても、カフェ利用中は、貸し本屋の本を持ち込めると書いてある。この店が皇都ではなく、この地区に在ることに思いやりを感じた。
お茶したいな…とは思ったが、今日は留守番をかって出た身。帰らねばと外に出る。来た時には気付かなかった『カフェ澄恋堂』を外から眺める。やはりお洒落だった。
さ、帰ろうと足を踏み出したその時、目の端に義母か映った。
「えっ!」
思わず声が出た。
気になってガラスの向こうに目をやる。
義母、澄麗が本を手に、お茶を飲んでいた。
お義母さん。ここで癒やされてたのか〜。
本好き、お茶好き…なんか納得した。そんな思いが過る。
だが…。
(えっ、何か喋ってる…?しあわせそう…)
何気なく見直す。
えっ!
ディスプレイで隠れている死角となる場所に東真琴その人が居た。
お義母さん?
あっ、今日は第2土曜日!
何故…?
ここは一体…
ツキンと心に痛みが走る。
兎に角今日は帰ろう。バス停に向かい家路を急いだ。
夕方、
「ただいまー。」
義母が帰ってきた。
「お帰りなさい。」
いつものように迎える。
聞けない。聞こうと思ったが言葉に出来ない。
モヤモヤとした感情が、安曇の中で渦巻くのが分かった。
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