朔
「死者363人だってよ。ひっどいねぇ......」
テレビにかじりつく
炎上する祈愛会がテレビに映り込んでいた。ヘルメットを被ったレポーターは状況をまくしたてる。その場の興奮がこちらまで伝わってくるようだった。
祈愛会が燃え上がったと聞いたのは今朝のことだった。建物の全てに火がうつり、裏の山にも燃え広がったらしい。そのせいで消化活動が長引きこうした状況になっているだとか。
祈愛会の炎上を知って硲はとっさに鳳子の診療所まで駆けつけたのだ。あの3人が来ているかもしれない、と思ったからだ。残念ながらいたのは鳳子と仁丸だけ。まさかとは思うが。
「ここまで死者が増えるなんてな。山奥、宗教施設、さらには山火事へ。悪条件が重なりすぎた」
鳳子が自分に言い聞かせるかのようにそう言い、続ける。
「あの3人の仕業だと思うか?」
その場にいる3人とも首を横に振った。そうだろう、とは予測できていた。そんなことをする必要がないし、いくら信者の犠牲を厭わないのだとしても3人は犠牲を嫌うだろう。たかが粛清のために祈愛会に火をつけるだなんて。
「だよねぇ......仁丸さん、瞰、効きそう?」
傍で唸る仁丸へ声をかける。白狛の能力である瞰は3人の行方を知る唯一の手がかりと言ってよかった。
「結界は破けたみたいだよ。常に白狛くんの視界は共有できるようにしてるからもうすぐ見れるようになると思う......」
と仁丸は言いかけて振り向いた。急に玄関の方から音がしたのだ。一応、診療所なのでドアに鍵は閉めていないのだが。
鳳子がはいはい、言いながら玄関へ向かっていく。
「診療所なら今は」
「サンプルを持ってかえってきました」
聞き覚えのある声。鳳子の身体が一度震えたのが見えた。
「つ......き?」
玄関に立っていたのは血まみれの月だった。虚な目、前にかかった前髪、それから......抱えた生首。女性の顔をしたそれを月は必死に抱き締めていた。ゾッとする、なんてものじゃない。硲は怨霊を見たかのような気分になっていた。
駆け寄った鳳子が月を受け止めた。月が倒れ込んだのだ。
「鳳子さん......」
「どうしたんだ月。色々と聞きたいことはあるがまずは治療が先だ。今から蘇を行う。構わないか?」
月は答えずに膝から崩れ落ちた。鳳子が急いで抱え上げた。
穢れの匂いがひどく濃い。能力の反動だろうか。それとも月が背負った傷か。
『清-キヨメ-』
鳳子が月を畳に寝かせ指を組んだ。水色のオーラが湧き上がって月を囲んでいく。
「硲、私を見ておけ」
「あ、あぁ」
鳳子が畳に両手をぴったりとつけた。うっすらと場の雰囲気が変わっていくのを感じていた。
「なかなか酷い穢れだ。場合によっては月は」
鳳子は月の胸あたりに人差し指を突き立てた。夜の色をした靄がうっすらと月の身体から発せられていた。
いくら能力者といえどもこの濃い穢れに晒され無事でいられるはずがなかった。
「そこの御曹司。いくら出せる」
「僕のこと?金ならいくらでも」
「なら良し」
鳳子は一度、白衣を脱ぎ去り月に向かい合った。月の汗ばんだ額に手を当ててみる。辛そうに歪んだその顔を早く楽にしてやりたかった。
命を賭けた蘇になるのは間違いないが、自分の命を犠牲にしてでも回復させたかった。この少女には世界の均衡がかかっている。
両手で月の手首を掴み目を閉じる。絶え絶えな月の生命力が直に伝わってくる。ぞくりと鳥肌が立った。
ふぅ......と息を抜いていった。月の魂へ自らの魂が接近していく。
『蘇』
金色の光が指先から月の肌へ飛び込んでいく。力をさらに込めると月の身体が内部から光り輝いてきた。細い身体は光に飲まれてしまいそうである。それでも生命力が足りないと身体は叫んでいるらしい。鳳子の力は急激に月に吸収されていった。
「鳳子ちゃん!危ない!」
硲の声が朧げに聞こえる。しきりに理性が警鐘を鳴らしている。それなのに身体は止まらない。
「鳳子ちゃん!」
パチ、と手を打ち鳴らす音が聞こえ鳳子は月から引き離された。
夢から醒されるかのような速度で現実に舞い戻る。妙な寒気が身体を襲い身震いした。
「は.......はぁ.......」
ほつれた黒髪を耳に掛け直し自らの身を抱きしめる。先ほどとは違う安らかな顔で眠る月がそこにはいた。穢れもだいぶ薄くなったかのように感じる。とりあえず蘇は成功した、というところか。
安堵した数秒後、強烈な痛みが身体を襲ってきた。針千本、肌に突き刺されているかのような痛み。畳に身体を擦り付けてうめく。口内に血の味がして畳に流れ出していくのを他人事のように見ていた。
硲が駆けつけ肩を抱く。正直うざったかったが跳ね除ける気にもならない。頭がぼんやりしてうまく働かなかったのだ。
「わ、私は大丈夫だ。月を向こうの布団に寝かせてくれ。それからあの首を」
玄関に転がった首を指さす。赤黒い血がこびりついたそれは女性のように見えた。口から吐き出された魚卵のような黄色い粒、纏った穢れ。
この女性が誰だとしても深い事情があるのに違いなかった。
硲が月を連れていき、仁丸は首を抱え上げた。
艶のない黒髪が手にかかって、生首の目が向こうとも仁丸は嫌な顔一つしなかった。むしろ興味深そうに生首を見ている。こういうところがおかしいんだよな、この御曹司。
だからこそ小野田家があえて首を突っ込まなかった《影》の件に関わってくれたのだろう。良いことなのやら。どうなのだか。
キッチンへもたれかかり、ぬるい水道水で喉を湿らした。吐き気は少しおさまってきたようだった。
「この首どうするの?鳳子さん」
「多少の腐臭は数日は我慢してもらおう。月が目を覚ますまで冷やしておこう。冷蔵庫から保冷剤を出して首の周りに置いておいてくれ」
「はいよ」
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