伝言と決心
大会場にはすでに男の信者たちが集まっていた。凄い人混みであの二人を探そうとも探せそうになかった。泉が大集会場の中央の方へと玖班を導く。男たちと近い。もしかして泉が便宜を図ってくれたのか?
祈りを始める信者たちに目をこらす。どいつもこいつも似たような出立ちをしやがって。しょうがないと言えばしょうがないのだが。
「つ・き・さ・ん」
ちょうど隣から声が聞こえた。ひときわ小柄な少年......いや青年。さらさらの黒髪から覗く童顔。白狛じゃないか。白狛の後ろにはやけに背の高い青年の姿。白狛と燕。お馴染みの二人を見て安堵する。
「色々な事が分かったので伝えようかと」
信者たちの祈りの声にかき消されかけた白狛の声。聞きにくいがちょうど良い。少し身を寄せ、耳を傾ける。
「《影》と魂はやっぱり祈愛会と関係があったんです。ただ黒幕は祈愛会ではないかと」
「というと」
白狛が祈る仕草をしながら曼陀羅を睨んだ。
「曼陀羅は魂や《影》を金儲けの道具としか思ってないようです。会議の口ぶりからして」
「会議......って」
会議に潜入したのか白狛。
「会議には知らない青年が参加していて。その青年が主導で《影》や魂を作り出しているみたいです。そしてその原材料は祈愛会信者の死体」
死体、と聞いて背筋がぞくりと疼く。今まで倒してきた《影》の姿が脳裏をよぎったのだ。死体からできた《影》。その死体は祈愛会の——
「黒幕はその青年って事ですか」
「さぁ。今のところは。でも妙な空気は感じました。もしかしたら、というより能力者だと思います」
やはり能力者が一枚噛んでいる。曼陀羅も祈愛会も《影》の真相の表皮だったのだろう。
ただの硲の依頼ではない。世界規模の粛清に近づきつつあるのだ。そんな気がしていた。
「今ちょうど茉莉が本部の部屋を探っています。何か出てくるかもしれない」
「そうですか。できればサンプルを」
「はい」
茉莉なら何か収穫を得てきてくれる。確信だった。
それから身を離そうとした白狛を呼び止める。
「と、仁丸さんから伝言」
「.......えっ」
白狛の表情が微かに揺れる。
「心配してるんですって。冷え性だから」
「それ.......だけですか」
「えぇ」
白狛は息をつきほんのり微笑む。こんな顔は見た事がなかった。
「よく言うよ。お前も冷え性のクセに」
白狛は小さく呟いた。
集会が終わり、私たちはいつものようにトイレの裏で落ち合った。男子たちは班長に見張られている、だとか言って行ってしまった。
「さっきの二人が仲間さん?」
少し顔色の悪い泉依子は腹に手を置く。最初に会った時と比べると腹はだいぶ大きくなってきた。
「そう、あの二人も強いんだ」
「そっか。化け物を倒すため頑張ってくれてるものね。お礼言わなきゃ」
「じゃあ祈愛会出たらみんなで打ち上げでもしよう」
「良いね、それ」
泉は能力者ではないが大切な仲間だ。あの愉快な二人や硲と喋らしたかった。ひとしきり二人で笑い合うと向こう側から茉莉がやってきた。
ツインテールを揺らしながら胸に何かを抱えている。足取りはしっかりしていた。
「おかえり。大丈夫だった?」
「月、そんな質問必要なくてよ。見なさいこれを」
茉莉が抱えていた黒い塊を私に突き出す。深い闇が閉じ込められた宝石のような物体。魂か。
「やっぱりあったんだ」
「やっぱり.......って。何か知っていますの?」
茉莉が不機嫌そうに唇を曲げる。
「さっき男子二人に会って。色々聞いてきた。それは祈愛会の信者の死体から作られてる、って」
茉莉の手の中の魂を指さしてみる。傍の泉がびくりと震えた。
「ちょうど、その証拠を見てきましてよ」
茉莉がしゃがんで指で四角形を地面へ描いた。それから線で区切って一つの囲いを指さす。見慣れた図面だ。
「この鍵のかかった部屋に隠し部屋がありましたの。本棚をずらすと階段があって.......進んでいくと魂やら死体でいっぱいの部屋がありましたの」
ゴクリと唾を飲み込む。白狛が言っていた通りだったというわけか。祈愛会の信者の死体を運び込み、魂や《影》を作り出す。そんな情景を想像するだけでゾッとする。
「じゃあこれは信者さんってこと?確かに死んで解放された信者さんはいっぱい見てきたの」
泉が声を震わせる。私たち二人はかすかに頷いた。
「人には魂がある。そして死体から魂を抜き取れるみたいなんだ。その魂は化け物を作るのにも役立っているらしくて」
祈愛会で死んだ者は解放されたと言われてきたのか。馬鹿らしい、阿呆らしい。あの曼陀羅の顔を思い浮かべると無性に腹が立ってきた。
「それで、もう情報は集まったしそろそろ脱出して良いかな、と思っている。茉莉もそれでいい?」
「良いですわよ。サンプルもしっかりとってこれたわけですし。魂を盗んだことが発覚する前に抜け出した方が得策だと思いますわ」
正直、疲れた。早く脱出したい。早くガリガリ君をかじりたい。
「脱出してから粛清の準備は整えて良いと思う。明日にでも脱出しよう」
「明日......私も一緒に逃げて良いのよね?」
不安げな顔の泉。
「もちろん。脱出といっても能力者が二人もいるんだから安心だよ」
「そうですわ、あたくしたちは強いのです」
脱出については心配していなかった。曼陀羅が能力者だといっても幻覚を見せるだけ。攻撃ができる私と茉莉に敵うはずがないのだ。それに粛清の許可はもらっているのだから最悪殺してしまっても良い。泉がいくら身重だといっても二人で助ければ良いだけの話だ。
「他の信者を助けるのは難しいかもしれないけど」
「そうね。でも脱出した後に警察に通報すれば祈愛会が崩壊するかもしれない。今は助けられなくても絶対に助けてみせるわ」
泉がふらふらしながら歩く信者を見ていた。集会後の信者はクスリでも打たれたような顔をする。刹那の幸せを噛み締めているのだ。曼陀羅の幻覚に頼らなくてもこの世には素晴らしいことがある。
泉の決心は確かなものだった。
「だったら明日の深夜に決行しよう。今日1日は脱出する気力がないだろうし」
「賛成」
「あたくしもそれが良いと思いますわ」
3人で互いに見つめ合う。苦しい日々から解き放たれようとしていた。いつかはこの日々を思い出し懐かしいと思う日が来るのだろう。
誰が言ったわけでもなく私たちは手を差し出し重ねた。
「えいえいおーじゃ幼稚かな?」
「幼稚でも良いですわよ」
茉莉がそんなことを言うなんて珍しい。そんな茉莉にあやかって私たちは声をあげた。
「えいえいおー!」
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