作戦実行
「玖班、集合」
泉が手を叩いて集合をかける。幾重にも積まれたベッドから白装束の信者たちが起き上がった。男女合同の集会。信者たちは相当楽しみにしていたらしく起き上がってすぐに泉の元へ寄る。
泉は腹を撫でながら茉莉へ視線をやる。茉莉が胸のあたりで鍵を握りしめ頷く。ここは茉莉に任すしかない。私は茉莉の肩をポン、と叩いて歩き出した信者に紛れ込んだ。泉が出欠をとっているが茉莉の名はそこにはない。そこに違和感を感じている信者はいないらしい。
信者は自分のことで手いっぱいだ。あんな少女の姿も名も覚えているはずがなかった。
泉もそのことにホッとしたようで歩き始めた。茉莉ならやってくれる。私も泉も、分かっている。
信者の行列は大集会場へと歩みを進め始めていた。
茉莉は信者の列が見えなくなるのを見計らい、立ち上がった。薄暗い部屋の中で靄のようなものがゆらめいている。
「ア........アア.......」
「そんなところで何燻ってるの」
歩み寄って腕を差し出す。霊が延びて腕へ絡みつく。ピリッとした痛みが腕にしみついていく。一瞬、苦痛に顔を歪ませたが慣れている。さして問題ではない。霊を纏わせ部屋を出た。
本部は階段を下って渡り廊下を渡った先。泉の描いてくれた図でなんとなくは分かる。早歩きしつつ慎重に辺りを見回す。
信者に見つかっても問題はない。気絶させればあの曼陀羅のことだし大事にはしないだろう。
問題なのは祈愛会に潜む能力者に会った場合。曼陀羅はもちろん能力者。あと能力者らしき気配を纏っているのは曼陀羅の両脇にいる男女.......
妙な殺気を感じた。もしかしたら曼陀羅より強力な能力者かもしれない。そうだとしたらこの自分が勝てるかは.......かなり怪しい。
まぁ、やるしかない。やるしかないのだ。
本部にたどり着き、壁に身を寄せる。気色の悪い絵が飾られた廊下。並んだ扉がいくつか。確か鍵の付いた部屋は。
茶色のドアノブに鍵を何度か差し込む。二つ目の鍵。ヒット。恐る恐る入ってみる。
あの接待室に比べると地味、という印象か。色のくすんだ本棚がいくつか並んでいる。敷かれた絨毯は擦り切れているし部屋中埃っぽい。見たところ魂も《影》もありそうになかった。ハズレか?
一応背を伸ばして本棚を眺めてみる。背表紙は異国語で埋め尽くされていてよくわからない。ダメか.......そう思った時、ふとつま先がゴキリ、と音を立てた。
「いっっっ」
バランスを崩し本棚へもたれかかった。足首が悲鳴を上げている。なぜこうもヘマをやらかすのか。そう思った時、あることに気づく。本棚が少しずれていて空洞を覗かせていた。
「こりゃ.......」
もしや。本棚をそのまま押していく。ずるずると音をたて本棚が引き離される。
本棚が会った場所には、小さなドアが露わになっていた。
息を呑んでドアノブに手をかけた。キィ、と嫌な音をたてドアが開く。
広がったのは狭い階段だった。闇に閉ざされたその空間。奥は近づかないと見えそうになかった。
慎重に階段を一段ずつ降りていく。一段の高さはそこそこ高い。踏み外さないように注意しながら降りていくと床にたどり着いた。壁に指を当て電気を探り当てる。暗闇の中で蛍光灯が幾度か点滅して辺りを照らした。妙な寒気を感じ肌を擦る。
コンクリートの灰色の床に死体が並んでいた。そこまで広くはない部屋に何体あるだろうか。白装束の骸はドライアイスに囲まれ眠っていた。寒気の正体はこれか。先ほどとは別物の寒気を感じる。
この死体が祈愛会の信者のものであるのは一目瞭然だった。大抵の信者は目立った外傷は見られなかったが、一部の死体は腹を抉られていたり身体の一部が切られていた。見るも無惨だ。ありえない量の血が床にも壁にも飛び散っている。一体、なんのために。
茉莉は顔を顰めつつ足を進める。
死体の中にぽつりと在る木の棚へ手を伸ばす。ガラス越しに黒い塊がいくつか見えている。拳ほどのサイズ。どす黒い闇が光を吸収して輝いている。
確か、売買されている魂はこんな形をしていたはずだ。硲から聞いた情報を記憶の底から呼び覚ます。
『ソレが魂。死体とくっつけると《影》ができる』
『魂......って。これは宝石じゃありませんこと?確かに気配は感じますけれど人の念が詰まった宝石なら珍しくなくってよ』
『俺も例の燕くんもこれを魂だと判断してるけどね』
そう、手に取るまでは信じられなかったのだ。ガラスの戸を人差し指で開いて塊を取り出す。ずっしりとした重さを感じ思わず手を離しそうになる。魂の重さは21グラム、そう聞いたことはあったが。
指先で塊を支え目の前に持ってくる。むっとした穢れが眼前に迫ってくる。そして滲み出る負の感情。そう、これこそが魂だ。
『茉莉ちゃんならその人格も見えてくるんじゃない?』
見える。今なら見える。感覚を研ぎ澄まし魂に耳を傾ける。蛍光灯の灯のもと、透けた少女がゆらめいていた。白装束に身をやつしたロングヘアの少女が哀しげに笑う。
「あなた......」
少女は何も言わずにふわふわと床を歩いた。白い足は地面を付いていない。そうして少女が並んだ死体の一つを指さす。少女とよく顔の似た骸。
腹は何かで抉られていて腸が引っ張り出されていた。ブルリ、と体に震えが走る。少女の本体はこの骸.......
「魂と死体に離されて霊として彷徨ってしまったのね。よく出てきてくれたわ。ありがとう」
少女に近づき抱きしめる真似をする。透明な少女は最後に少しだけはにかんだ笑みを浮かべ、消えていった。残ったのは空虚な魂だけ。魂=霊ではない。波長があって少女の霊をみることができたのだろう。
実は霊と波長を合わせ、姿をみることは苦手なのだ。いつも靄として霊が見えるのは波長をうまく合わせられていないから。波長をうまく合わせられればあれほどに鮮明な霊を目視できる。
何かの偶然で波長が合った。ただの偶然とは思えない.......
魂を抱え階段を駆け上がっていく。
この任務は成功させなければ。あの少女の表情を晴れさせなければ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます