Key
泉はやると決めたら行動は早い方なのだ。班長会議の際に本館の構造をざっと覚えてきたという。私にあったのは行動力だけだから、と笑っていた。
「本館にはいくつか部屋があって、二人が最初に通されたのはこの接待室」
灰色の砂の上に指で線を描く。区切られた四角を泉が指す。
幸いなことに信者はまだ便所にいるようだ。長時間の工場勤務に2度あるトイレ休憩。私たち3人はその時間を作戦会議に費やしていたのだ。
「ほとんど部屋を確認してきたの。鍵のかかっていない部屋はどれも休憩場やキッチン.......鍵のかかった部屋がいくつかあって。多分、上層部の寝泊まりする部屋だと思うの。多分、重要な情報はその部屋にあるだろうから........」
泉が背に隠していた手を私たちに見せる。シルバーのリングにぶら下がった鍵が四つ。
「それ........!」
「事務室にかかっていたのを取ってきたの。班長の権限で事務室なんて簡単に入れちゃう。できればその時、鍵を使ってみたかったんだけど曼陀羅が来ちゃった」
茉莉が嬉々として鍵を受け取る。夕暮れの光が跳ねて茉莉の頬を照らす。
「ありがとう、依子ちゃん。鍵の部屋は私が行く」
「ちょっと茉莉。私が.........」
「月には危なかっしくて任せられませんわ」
久しぶりに聞いた中二病口調だった。茉莉なりに強がって見せているのだろう。そっちこそ危なっかしい。
「あたくしの方が小ちゃいし霊を頼りにできますわ。集会の時抜け出せば気づかれないでしょうし。月は存在感がありますのよ」
茉莉が鍵を胸に抱えて鼻を鳴らす。私に譲る気は一切ない、といったところか。
少し間をあけて呆気に取られていた泉が微笑む。
「茉莉ちゃん、そっちが素だったのね。なんだ、私の前じゃその口調で喋ってくれなかったから」
それに親友なのに、と小さく呟く。
「依子ちゃんはあたくしが素の方が良いと思いますの?」
もちろん、と泉は茉莉の肩を叩く。
「隠すなんて辛いでしょ」
茉莉が一瞬、目を見開いた。その目が瞬時にいつもの茉莉に戻るのを私は見逃さなかった。この子はいつも強がるのが上手なのだ。もっと聖母に甘えて良いのに。
「ふふん、あたくしの気高さを見せつけるわけにはいきませんのよ。とにかく、あたくしは明日の集会の時間に行ってきますわ」
明日はここに来て初めての男女合同の集会だった。もしかしたら男子二人に会えるかもしれないチャンスでもあった。
「大丈夫?見つかったら」
「心配無用ですわ。あたくしは能力者。霊使いとでも呼んでくれても良いのですわ」
「わかったわ霊使い茉莉ちゃん」
茉莉がにっと口角を釣り上げ立ち上がる。便所から信者が流れ出していた。作戦会議はこれにて終了。いち早く茉莉が工場へ走っていくのを見やりながら私たちも歩き出す。
「びっくりした?茉莉のホントの口調」
泉の歩調に合わせながらゆったりと。長く伸びた影がついてきていた。
「まぁ、ちょっとは。でも私感心しちゃった」
「感心?」
うん、と泉は聖母スマイルを浮かべる。
「ああいうのって恥ずかしいことだって言われるじゃない。人前で出来る人は本当に凄いと思う」
「若干バカにしてる?」
「違う違う違う!」
泉が顔の前で手を振る。
「堂々としてるな......って思って。あの歳でもう生きる道が見えてるんだと思うの。だから絶対的な自信がある。良いなぁ。羨ましい」
「そのうち黒歴史になると思うけど?」
「茉莉ちゃんはならないんじゃない?頭の良い子だからその辺は計算のうちだと思ってる」
ひぐらしが遠くで鳴いていた。橙色に染まった砂利に二つの影が落ちた。
夏が終わりに近づこうとしていた——
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